05 知財戦略

特許は日本語で考えることが重要

2017.09.04

特許は日本語で考えることが重要

科学は日本語で考えよから発想したテーマ

 今回の潮流のタイトルは、表記のように「特許は日本語で考えることが重要」とした。
実は、筆者が講義している東京理科大学では「科学は日本語で考えることが大事」とのテーマで講義をしているが、学生にはそれなりに影響を与えている。講義の主張の展開に「眼からうろこ」という感想も聞かれる。

 今回、これをヒントに特許についてはどうか考えてみた。何人かの弁理士と話をしていて、最近、日本語のしっかりしていない発明内容を記述しているケースが多いという例にぶつかった。日本語の国語力が低下してきたからではないかという指摘も出ている。

 「日本語と科学」と「日本語と特許」は、論理的に思考する活動は似ているが、どちらかというと特許のほうが科学より日本語の論理力が問われるのではないかというところにぶつかった。
 英語は国際語になっているので大事ではあるが、それ以上に日本語の方が大事であることを今の時代に主張するべきではないか。今回のコラムは、少々ユニークなテーマになるが、整理して書いてみた。

 

白川先生のとっさのコメント

 きっかけは白川英樹先生の一言から始まった。2000年のノーベル化学賞の受賞者になった白川英樹先生は、世界で初めて電気を通すプラスチックを発明して授与された。受賞後には世界中のメディアから取材を受けたが、そのとき外国人記者から「日本人は、アジアの中でなぜノーベル賞受賞者が多いのですか?」と聞かれた。

  先生は一瞬考え「科学を日本語で学んでいるからです」ととっさに英語で答えた。そのコメントが正しかったかどうか、先生を長い間悩ませてきた。 
  しかし確信にいたるヒントは、作家の丸谷才一氏が2002年7月31日の朝日新聞文化欄に書いたコラムから出てきた。 「言語には伝達の道具という局面のほかに、思考の道具という性格がある。人間は言葉を使うことができるから、ものが考えられる。言葉が存在しなかったら、思考はあり得ない」

 この言葉に白川先生は意を強く持ち、ますます日本語の重要性を確信した。
日本人は、日本語で考えるから研究者としても新しい発見に至る。その日本語は江戸時代から先人たちが造語してきた科学用語が土台になっている。したがって日本語で物事を考えることが訓練されていないと優れた科学者にはなれない。そう考えた白川先生は、21世紀構想研究会でも講演して好評だった。 

2016年3月25日に開催された21世紀構想研究会で講演する白川英樹先生

 

相次いで出てきた日本語重視の本 

 「日本語の科学が世界を変える」(筑摩書房)という本は松尾義之先生が書いたもので2015年に刊行された。
この本には次のようなことが書かれている。

「日本語の中に科学を自由自在に理解し創造するための用語・概念・知識・思考法まで、十二分に用意されています。だから日本語で最先端のところまで勉強できるのです。日本では江戸時代から西欧の科学を移入し、先人たちが科学用語を創り、明治維新の30年前に西欧の近代化学を受け入れるようになっていました。日本語で創造的思考能力を鍛えない人は、一流の科学者にはなれません。明治時代の偉大な科学者は、すべて日本語で学んだ人たちでした」

  白川先生はこの本を読んで自分の考えと同じであることに感動し、ますます日本語の重要性を説くようになった。

 


松尾義之先生の著書「日本語の科学が世界を変える」

 

続いて刊行されたのが寺島隆吉先生の「英語で大学が亡びるとき」(明石書店、2015年)である。
寺島先生は岐阜大教授を経て国際教育総合文化研究所所長、アメリカの多数の大学の客員研究員、講師などを歴任している。

この本の主な主張点は、英語は「研究力、経済力、国際力」という神話は間違いである。求められているのは日本語で考え日本語で疑問を作り出すことである。母国語で深く思考するからこそノーベル賞業績にもたどり着くのだ。

 これらの本が刊行されたころ、京都大学の山極寿一総長が京大生に向かって「京大生よ日本語で考えよ。英語はツールでしかない」(2015年10月21日付日本経済新聞朝刊)と語ったというニュースが出た。  「重要なのは大学4年間で考える力をしっかり身につけることだ。それには日本語で考えるのが一番だ。日本の大学はこれまで高度な高等教育をし、海外のあらゆる研究成果を日本語に訳し、自国語で研究・教育を高める学術を確立した」
 このような主旨を語ったとして新聞に出たのである。

 

幕末から明治維新後までに確立された科学用語

 幕末から明治維新前後に岡山県津山藩が生み出した科学者たちの話を筆者が知ったのは、岡山県津山市の「津山洋学資料館」に行ったときである。 江戸時代、この地が生み出した宇田川玄随をはじめ、宇田川家三代の医学、化学、植物学者らは、西洋から入ってきた学問を日本語に翻訳し、今でも使用されている多くの科学用語を残した。

  例えば酸素、窒素、酸化、還元などの用語は、みなこの時代に岡山藩の科学者たちが作った日本語である。

 

     

 津山洋学資料館の入り口に立つ偉人たちのブロンズ像。
「知は海より来る」として多くの科学用語を作り出した。

 


 さらに物理や数学の用語と概念は、明治11年から3年間に東大理学部仏語物理学科を卒業した日本で初めての理学士たち21人が、欧米の専門語を翻訳して日本語として確立させたものだ。
彼らは20代の若さで理学を日本に普及させようと東京物理学校を設立した。白川先生は「日本人は大学入学までは日本語で科学を学び考えています。日本語で考えられない人が英語で考えることは無理です」とも語っている。

 

 明治26(1893)年発刊された日本で初めての物理学教科書

 

特許発明は日本語で表記できなければ権利化できない
 いま、日本では英語教育の重要性が叫ばれ、幼児から英語を習わせようとしている風潮も出ている。しかしこのテーマで何人かの弁理士たちと話し合ったところ、特許発明も日本語がしっかりしていないと成果として残らないという主張を聞いた。
  日本人の論理構成は日本語で考えることから始まる。日本語で論理がきちんと説明できなければ発明はまとまらないし、特許明細書に書き込む文言もまとまらないと弁理士は言う。
 最近、日本人の国語力が低下してきたのではないかと心配する弁理士もいる。これが特許出願数の減少とは結び付かないだろうが、論理構成が貧困になれば発明も簡単には出てこなくなる。
 日本語を重視するという発想は、科学研究などに限らず国家の産業力にも通じているように思う。

 

 


知財立国の停滞要因を指摘した国会質問~三宅伸吾議員がえぐり出した実証的課題

 このコラムは、発明通信社のコラム「潮流」にも掲載されます。 http://www.hatsumei.co.jp/column/index.php?a=column_detail&id=235

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 停滞する知財現場を実証的に指摘した質疑

  さる5月18日に開かれた参議院・財政金融委員会で、自民党政務調査会副会長の三宅伸吾議員は、小泉政権時にスタートした知財立国政策が停滞している状況を様々な観点から指摘し、政府に早急な対応を迫った。

 議事録はまだ公表されていないが、後日、次のサイトから閲覧できる。   http://kokkai.ndl.go.jp/

  IMG_5324

  日本経済新聞の編集委員として知財政策を長年カバーしていた三宅議員の質疑は実証的、体系的で、非常に中身の濃い内容だった。当日の質疑の模様を三宅議員に取材したので速報する。 

 三宅議員はまず金融庁に対し、企業の財務諸表において特許権がどのように取り扱われているのか質した。

 通常、企業が他の者から特許権を取得した場合には、取得した価格を貸借対照表に資産として計上する。また、企業が自ら研究開発を行い、特許権を取得した場合は、研究開発にかかった支出を費用として処理している。

 金融庁の答弁によると「我が国の上場企業の2015年4月から2016年3月までの連結財務諸表を見ると、特に特許権の計上額が多い企業は、住友化学が約45億円、船井電機が約33億円、デクセリアルズ社が約31億円などが計上されている」。

  特許権を担保にした融資総額の統計はない

 さらに三宅議員は、「特許権を担保にした融資がどの程度あるのか」質問した。これに対し金融庁は、「知財ビジネス評価書の作成支援、金融機関の職員を対象とした知財セミナーの開催などによる啓発運動」は展開しているとしながらも、

「特許権を担保とした融資の全体像は把握していない」と答弁した。

 特許権担保融資について金融庁はセミナー開催などの取組みの現状を説明するにとどまり、特許を担保にした融資総額の統計はないことが分かった。

 三宅議員はこうした実態に対し「民間企業が莫大な研究開発投資をして特許権になっても、実際どの程度アウトプットを生み出しているのか実はよく分からないというのが実態ではないか」と指摘した。

  日本の特許権侵害の賠償額はケタが小さすぎる

 そして「知財立国を標榜しながら、実は我が国では知的財産の資産、特に特許権の資産デフレが続いているのではないか」と問題提起したうえ、この10年間で特許権侵害訴訟の最高の損害賠償金額を麻生太郎金融担当大臣に聞いた。大臣からは「最高額は20億を行ったことはない、私の記憶では、何だ、こんなものかと思った記憶があります」との答弁。

 三宅議員は最高裁が調べたデータを引用し、この10年間の特許権侵害訴訟の最高損害賠償額が約18億円だったことを明らかにした。これはアメリカの侵害訴訟の損害賠償額に比較しても2ケタも低い金額であると指摘した。このような実態から日本の特許は資産デフレではないかとの見解を述べた。

 しかし、日本の知財裁判は和解が多いので一概に言えないという反論もあろう。こうした批判を想定してのことだろうか、「和解の交渉の判断の物差しは、万が一判決になったらどうなるんだろうということを双方の代理人弁護士は念頭に置いて、当然当事者も念頭に置いて和解交渉に臨む」。紛争になる前の任意の交渉でも、「交渉が決裂をして裁判になったらどうなるんだろうということを考えるわけで、判決の認容額は特許権資産評価の重要なバロメーター」であると三宅議員は述べた。

  IMG_5335 (1)

 特許権侵害罪は絵に描いた餅であり罪にも問われない現状

 続いて、三宅議員は「特許権侵害で手錠を掛けられて裁判になり、刑務所に行った人がいるか」と法務省に質した。これに対し法務省は、「特許法196条(注)の特許権侵害の罪に限定した起訴人員等についての統計はない。特許法違反の罪全体の起訴人員は過去20年間2名である」と答弁した。

 (注)特許法196条(侵害の罪)=特許権又は専用実施権を侵害した者(第101条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

  それでは直近の起訴はいつだったかとの質問に、法務省は「平成14年に略式命令請求があった」と答弁。

 これを受け、三宅議員は、平成15年以降、特許権侵害で起訴された人がいない(正確には特許権侵害を含め、特許法違反での起訴例が一切無い)事実を確認した。著作権侵害については刑事司法が対応するときもあるが、特許権侵害については平成15年以降、刑事司法は機能していなかったこととなる。

 特許権の保護策は、その侵害行為に対し、民事の損害賠償と刑事罰の執行とが車の両輪となって機能することを本来、前提として制度設計されている。しかし現実には、刑事司法は絵に描いた餅状態。そのうえ、民事救済手続きも不十分であるなら、侵害のし得になりかねない。

 金融商品取引法などの分野では、被害者の民事裁判による損害の回復の手続き、また東京地検特捜部等による刑事の執行、それに加えて行政上の課徴金という仕組みがある。民事・刑事・行政という3つの法制度から、投資家等を保護する仕組みができている。

 独禁法違反行為に対する措置でも課徴金制度があり、労働分野の賃金未払い問題では付加金の制度があるなど、様々な対応、救済制度が準備されている。このような実態を引き合いに出しながら三宅議員は、「特許権侵害については政策が総動員されていないのではないか」との見解を述べ、政府の施策が不十分であることを浮き彫りにした。

  特許の資産デフレから脱却すべき

 ベンチャー企業が銀行に融資を申し入れても、権利侵害された場合の損害賠償額が小さい現状では担保にとってくれないのは当然。特許を資産として経営に役立てる社会になっていないことを三宅議員は強調した。これでは有力なベンチャー企業は日本では育たないことになる。現に、アメリカ、中国に比べても我が国では産業の新陳代謝が遅れている。

 三宅議員は特許の資産デフレを脱却するには、最先端の技術分野を警察、検察官が理解するのがなかなか難しい現状を考えれば、「民事分野において、一般予防効果のあるように、積極的加害意思のある、いわゆる本当に悪質な侵害であることが立証できれば、そういう侵害者に対しては民事上、ガツンといくということが必要ではなかろうか」と民事救済制度の改革を求めた。

 最後に三宅議員は「我が国が本当に研究開発そしてその成果の知的財産権をうまく使って国を豊かにしよう、海外からどんどんロイヤリティー収入も得ましょう、それから技術開発の成果を権利で保護し、それをテコにしてベンチャー企業が多数出てきて、産業の新陳代謝を通じて元気に国をしましょうとするためには、特許権の侵害のし得だと言われるような悪評が我が国にずっと付いて回るのは甚だ遺憾である」と語り、この課題を政府や社会、企業が共有し、早急に解決に対応する必要性を説いた。

 

 三宅議員の質問は、知財立国と言われている日本で特許を取得しても、司法の民事、刑事で適正に守られず、行政でも具体的な知財保護は機能しているようには見えないという見解を強調した点で、これまでにない国会での論議となった。

 

 企業が莫大な開発費を投入し、特許権を取得してもそれを担保にして資金を調達できる制度も仕組みもなく、侵害されると救済する民事判決は期待できない。刑事摘発はゼロに近いとなれば、侵害し得であり、なんのために特許権を取得するのか意味がなくなってしまう。

 ベンチャー企業が生まれにくい仕組みが放置されているのではないか。そのような状況がこの10年ほどずっと続いていることを三宅議員は指摘したものであり、危機感を持って政府側に迫ったものだ。

 

 中国では知財訴訟が日本の約20倍の件数であり、損害賠償金額も日本を追い抜いて行き、近々、懲罰的損害賠償制度を導入することが決まっている。そのような世界の流れの中で日本が停滞している制度上の欠陥を三宅議員は、政府側の答弁から実証的に引き出し、早急な政府の対応を迫ったものであった。

 

 なお、本国会質疑に関連し、三宅議員が座長を務める、自民党政務調査会傘下の検討会が提言をまとめている。是非、一読をお薦めする。

提言「イノベーション促進のための知財司法改革 --特許資産デフレからの脱却を目指して-- 」2017425日 http://www.miyakeshingo.net/index.php

 


中国アップルがスマホ意匠権で勝訴

  発明通信社のコラム「潮流」(http://www.hatsumei.co.jp/column/index.php?a=column_detail&id=231)の2016年8月18日付けで、中国アップルが中国で販売していたiPhone6、iPhone6-Plusの意匠は、シンセン市佰利営销服務有限公司(以下、佰利=バイリ=)の持っている意匠権を侵害しているとして販売差し止めを求められた紛争を紹介した。

  もしこれが認められると、中国の大市場で中国アップルのスマホが撤退することになりので、世界中の知財関係者から注目を集めていた。これは同時に、中国の司法を含めた知財制度が、国際的に受け入れられるかどうかを見極めることにつながるという思惑もあった。

  ともすれば、中国は自国有利の司法判断が出るという危惧を従来から抱かせていたからだ。特に地方保護主義という考えが根強くあるからでもある。

  結果は、中国アップルの言い分が認められ、中国の知財司法制度と判断は、先進国並みになっていることを示したことになった。

  今回の訴訟結果についても前回と同様、北京銘碩国際特許法律事務所(http://www.mingsure.com/Japanese/about.asp)の金光軍弁理士の解説をもとに紹介してみる。

 これまでの経過をおさらいする

  この紛争の経過を一覧表にしたものが、下の表である。

  シンセン市佰利営销服務有限公司(以下、佰利=バイリ)が2015年1月に、自社の持っている意匠権をもとに、アップルコンピュータ貿易(上海)有限公司(中国アップル)が中国で販売しているiPhone6、iPhone6 Plusは、意匠権を侵害しているとして販売差し止めを求めて北京市知的財産局に訴えたのが発端になっている。

 バイリが取得した意匠権は、同年1月13日に出願された「ZL201430009113.9」などであり、同年7月9日に登録公告された。なお、iPhone6 PlusとiPhone6は、サイズだけ異なるスマホである。

 中国アップルのスマホの意匠をめぐる係争の経過

 

  この紛争は、行政では侵害と認めたが、中国アップルはこれを不服として司法判断に訴えた。

  今回、この訴えに対し北京知的財産法院は、行政側の侵害判断をいずれも認めず、結果として販売差し止めを認めないとする判断になった。

  金光軍弁理士によると、今回の判決の全文が公開されていないので、今の時点では同法院が発表したメッセージから判断を読み取ったとしている。金光軍弁理士は、整理して次の3点をあげている。

  1、北京市知的財産局の決定は、係争意匠と被疑侵害意匠の間の区別意匠特徴の認定において、遺漏(手落ち)がある。

  2、被告(北京市知的財産局)は、自分が確認した係争意匠と被疑侵害意匠の間の五つの区別意匠特徴を機能的意匠特徴と認定したが、この認定は事実及び法律的根拠がない。

  3、係争意匠の携帯電話の側面の弧度は非対称設計で、その弧度及び曲率に関する意匠特徴は従来意匠と区別される意匠要点であるが、被疑侵害意匠は対称している弧度設計を採用している。(対比図面の赤枠部分

 
北京銘碩国際特許法律事務所のニュースレター(2017年3月号)から転載

  この区別は全体の視覚効果に顕著な影響がある。これに関する被告の認定は誤っている。また、係争意匠と被疑侵害意匠の間には一般消費者が容易に観察できる明らかな他の区別もある。従って、被疑侵害意匠と係争意匠は同一意匠でも類似意匠でもないので、被疑侵害意匠は係争意匠専利の保護範囲に属しない。

  このように金光軍弁理士は整理したうえで、この判決について「係争意匠とiPhone6、iPhone6 Plus はいろんな区別があるので、通常の消費者でも両者を区別できると思う。したがって、iPhone6、iPhone6 Plus が係争意匠専利を侵害したと判断したのは、無理があると思う」と語っている。

  この係争は通常の3人の裁判官による合議体ではなく重要案件として5人の裁判官の合議体を形成した。それだけ中国でも難しい重要な案件とみたわけだ。

  金光軍弁理士は「北京知的財産法院が北京市知的財産局の結論を全て覆したので、上訴の可能性が高いと思われる」としている。もし、被告が上訴した場合は北京市高級人民法院で二審が行われることになる。

 

 


日本企業の特許戦略は大丈夫なのか

  世界の企業の盛衰を占う特許登録動向

世界の企業の特許戦略の動向を見るときに、最も注目されている指標の一つがアメリカ特許商標庁(USPTO)が毎年年頭に発表する企業別特許登録件数である。先ごろ2016年に取得した企業の登録件数が発表された。

アメリカの特許関連調査会社のIFIクレイムズ・パテント・サービス(IFI Claims Patent Services)は、毎年、登録企業の件数のランキングを発表している。今年のランキングを見ながら考察してみたい。

まず、特許取得上位50位までのランキングは、次の表のとおりである。

順位

企業

2016

2015

増減率

前年順位

1

IBM

アメリカ

8,088

7,355

9.97%

1

2

サムスン電子

韓国

5,518

5,072

8.79%

2

3

キヤノン

日本

3,665

4,134

-11.34%

3

4

クアルコム

アメリカ

2,897

2,900

-0.10%

4

5

グーグル

アメリカ

2,835

2,835

0.00%

5

6

インテル

アメリカ

2,784

2,048

35.94%

9

7

LG

韓国

2,428

2,242

8.30%

8

8

マイクロソフト

アメリカ

2,398

1,956

22.60%

10

9

TSMC

台湾

2,288

1,774

28.97%

13

10

ソニー

日本

2,181

2,455

-11.16%

7

11

アップル

アメリカ

2,102

1,938

8.46%

11

12

サムスンディスプレイ

韓国

2,023

1,838

10.07%

12

13

東芝

日本

1,954

2,627

-25.62%

6

14

アマゾン

アメリカ

1,662

1,136

46.30%

26

15

セイコーエプソン

日本

1,647

1,620

1.67%

16

16

GE

アメリカ

1,646

1,757

-6.32%

14

17

富士通

日本

1,568

1,467

6.88%

19

18

エリクソン

スウェーデン

1,552

1,407

10.31%

20

19

フォード

アメリカ

1,524

1,185

28.61%

24

20

トヨタ

日本

1,417

1,581

-10.37%

17

21

リコー

日本

1,412

1,627

-13.21%

15

22

グローバルファウンドリーズ

アメリカ

1,407

609

131.03%

60

23

パナソニック

日本

1,400

1,474

-5.02%

18

24

ボッシュ

ドイツ

1,207

1,142

5.69%

25

25

Huawei

中国

1,202

800

50.25%

44

26

SKハイニックス

韓国

1,125

891

26.26%

39

27

GM

アメリカ

1,123

1,315

-14.60%

21

28

フィリップス

オランダ

1,069

923

15.82%

37

29

半導体エネルギー研究所

日本

1,054

1,129

-6.64%

27

30

ボーイング

アメリカ

1,053

976

7.89%

34

31

ヒュンダイ

韓国

1,035

744

39.11%

50

32

三菱電機

日本

1,016

896

13.39%

38

33

シーメンス

ドイツ

984

1,011

-2.67%

32

34

シスコ技術

アメリカ

978

960

1.88%

36

35

ブラザー

日本

926

1,187

-21.99%

23

36

ホンダ

日本

922

1,031

-10.57%

31

37

AT&T

アメリカ

921

885

4.07%

40

38

NEC Corp

日本

890

792

12.37%

45

39

TI

アメリカ

887

808

9.78%

43

40

BOE Technology Group

中国

870

285

205.26%

122

41

マイクロン

アメリカ

863

961

-10.20%

35

42

シャープ

日本

829

997

-16.85%

33

43

ブロードコム

アメリカ

823

1,085

-24.15%

28

44

鴻海精密工業

台湾

803

1,083

-25.85%

29

45

ブラックベリー

カナダ

771

1,071

-28.01%

30

46

デンソー

日本

756

778

-2.83%

46

47

京セラ

日本

742

692

7.23%

52

48

富士フィルム

日本

699

747

-6.43%

47

49

ノキア

フィンランド

695

400

73.75%

88

50

ハネウエル

アメリカ

672

746

-9.92%

48

出典:IFI Claims Patent Services

http://www.ificlaims.com/index.php?page=misc_top_50_2016

トップのIBMは、8088件で過去24年連続トップを維持している。人工知能(AI)関連の特許が1100件を超えており、次世代の産業発展のカギとなると言われるAI分野で、IBMは世界のリーダーになることを予感させるような特許活動である。

上位5位までは、昨年と同じランキングだが、6位から9位までの4社はインテル、韓国のLG電子,マイクロソフト、世界最大の台湾半導体メーカーのTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Co., Ltd)があがってきた。

トップ10から陥落した企業は東芝(前年6位)であり、ソニーがかろうじて7位から10位まで下がったが踏ん張った。東芝の経営危機問題は、連日、メディアでも取り上げられているが、アメリカでの特許動向を見ても、東芝の衰退に影を落としているのではないかとの印象が強い。かつての東芝の復活を期待したい。

 勢いを感じさせる企業

トップ50の中で、対前年比で著しく増加させた企業は勢いを感じる。たった1年間で2倍以上の登録数を出したのは、中国の液晶パネル製造のトップメーカーのBOE Technology Groupである。世界中のスマホの5台に1台、タブレット端末の約3台に1台は、BOE社の液晶パネルが使用されているという。急激に特許取得数を増やしたのは、研究開発で意欲的に取り組んでいるからである。この分野の韓国、アメリカメーカーとライバル関係になったとみていいだろう。

アメリカの半導体メーカーのグローバルファウンドリーズも1年間で2倍以上の件数を登録した。この企業は台湾のTSMCに次いで世界第2位の半導体メーカーであり、IBMの半導体事業を買収したりアブダビ首長国からの投資を引き出したり経営面での積極性は、技術開発でも活発であることを裏付けている。

液晶パネル、半導体共に日本が技術面でリードしていた分野である。それが今や見る影もないくらい存在感が薄くなっている。日本企業は技術開発だけでなく、経営戦略でも世界の潮流に後れを取っているのではないか。

このほか上位50の中でかなり件数を伸ばした企業は、6位のインテル、14位のアマゾン、中国の通信機器メーカーで25位のHuawei(華為)、韓国の自動車メーカーで31位のヒュンダイ、49位のフィンランドのノキアである。世界トップクラスの通信機器メーカーにのし上がったHuaweiは、中国での特許出願件数は減少に転じているが、外国出願は増やしている。これについてHuaweiは、「特許の量より質という国家の方針にも共鳴し、質の高い特許出願を行っている」とコメントしている。特許戦略の一環なのだろう。

フィンランドのノキアは、携帯電話端末機であっという間に世界トップになり、世界中をあっと言わせた。ところが、その後、サムスン、アップルなどの追随を許し、下降線をたどり始めるとすかさず携帯電話事業をマイクロソフト社に売却し、シーメンス社の通信設備事業と合弁して新たなノキアとして再出発した。携帯電話から総合通信機器メーカーへと転進したのである。

順位 企業 2016年
1 IBM 8,088
2 サムスン電子 5,518
3 キヤノン 3,665
4 クアルコム 2,897
5 グーグル 2,835
6 インテル 2,784
7 LG 2,428
8 マイクロソフト 2,398
9 TSMC 2,288
10 ソニー 2,181
11 アップル 2,102
12 サムスンディスプレイ 2,023
13 東芝 1,954
14 アマゾン 1,662
15 セイコーエプソン 1,647
16 GE 1,646
17 富士通 1,568
18 エリクソン 1,552
19 フォード 1,524
20 トヨタ 1,417

IFI Claims Patent Servicesの発表ランキングから作成

国籍別に見た企業の増減動向

企業の国籍別に対前年比登録数の増減を見たのが次の表である。対前年比の増減を対比すると、アメリカは12対6で対前年増加が2倍、韓国は5対0で完勝、中国も2対0で同じだが、日本は5対12でダブルスコア以上の衰退である。

対前年比で増加した企業数

 

アメリカ

12

日本

5

韓国

5

台湾

1

中国

2

ドイツ

1

オランダ

1

フィンランド

1

スウェーデン

1

 合計

29

 対前年比で減少した企業数

アメリカ

6

日本

12

台湾

1

ドイツ

1

カナダ

1

 合計

21

 

推移を見ると時代の先端を走る特許技術が見える

個別の企業の特許動向を見るために 2001年、2010年、2016年の特許登録件数のトップ20の推移を調べたものが次の表である。

 

順位

2001

2010

2016年

1

IBM

IBM

IBM

2

NEC

サムスン電子

サムスン電子

3

キヤノン

マイクロソフト

キヤノン

4

マイクロンテクノロジー

キヤノン

クアルコム

5

サムスン電子

パナソニック

グーグル

6

パナソニック

東芝

インテル

7

ソニー

ソニー

LG

8

日立

インテル

マイクロソフト

9

三菱電機

LG

TSMC

10

富士通

ヒューレットパッカード

ソニー

11

東芝

日立(日本)

アップル

12

ルーセントテクノロジー

セイコーエプソン

サムスンディスプレイ

13

GE

ホンハイ精密工業

東芝

14

アドヴァンスト・マイクロ・デバイス

富士通

アマゾン

15

ヒューレットパッカード

GE

セイコーエプソン

16

インテル

リコー

GE

17

テキサス・インスツルメンツ

シスコテクノロジー

富士通

18

シーメンス

ホンダ

エリクソン

19

モトローラ

富士フィルム(日本)

フォード

20

コダック

ハイニックス半導体

トヨタ

IFI Claims Patent Servicesの発表ランキングから作成 

トップ20の同向を見ると、産業構造の変革と個別企業の消長を見ることができる。コンピューター時代を築いた巨人・IBMは、この24年間トップを譲らないのは、IT産業革命に入っても産業現場の覇権を握っているアメリカ産業の強さの象徴であろう。

このIBMを除いた2001年から2016年までの企業別消長を見ると、次のように分析できる。

まず韓国のサムスン電子だが、5→2→2位と同社の業績拡大と歩調を合わせるように件数が増加している。またキヤノンも3→4→3位と上位を維持して堅調であり、日本を代表する特許企業になっている。

また、アメリカの半導体産業のリーダーになっているインテルが、着実に件数を伸ばし、16→8→6位となっている。日本の半導体企業が衰退の一途をたどったことを見ていると、経営戦略の違いを見せつけられるようだ。

代わって2016年からぐーぐル、アマゾンという新顔がトップ20に出てきた。グーグルは、自動運転の電気自動車の開発で、にわかに自動車分野で存在感を出してきた。アマゾンも、ワンクリック特許の期限が切れたのと交代するように、「予期的配送」という野心的な特許を取得するなど新たな産業開発を予期させる動向だ。この特許は、顧客が注文する前にこれまでの注文実績などをもとに、顧客が望むと予想した商品を、注文がある前に箱詰めして出荷するという特許だという。

また「室内でさまざまな物体に映像を表示できるコンピューター制御のプロジェクターと画像化システム」に関する特許出願も行っている。部屋の中でユーザーが映像や物体と組み合わせて空間デザインを考えるために有効ではないかという。

そんなことが事業として成り立つのかと思わせるような特許技術だが、開発するには世界を変えようとする野心があるのだろう。

アマゾンは、このほかにも空に浮かべた飛行船の巨大倉庫から小型無人機「ドローン」で顧客に商品を届けるビジネスを実現するための一連の特許を出願しており、ドローンを使った実際の配送も初めて成功している。中国でもドローン配送の開発に取り組んでいるようだ。


下降線たどる日本企業の特許活動

日本企業はどのような動向なの可。2001年、2010年、2016年の推移を見た個別企業の順位を列挙してみた。参考までアメリカのGEも調べた。


日本企業とGEの順位の推移

企業

2001

2010

2016

セイコーエプソン

21位以下

12

15

パナソニック

6

5

23

ソニー 

7

7

10

日立

8

11

51位以下(注)

三菱電機

9

37

32

富士通

11

14

17

東芝

11

6

13

NEC

39

38

 

GE

13

15

16

(注)日立は分社化して特許出願をしたため、これまでの「日立」が分散したものとみられる。 

これを見るとかつて特許出願・取得で、日米で存在感のあった日本企業の衰退ぶりは明らかである。先に述べたキヤノンを除くと軒並み下降線か横ばいになっている。

これに対し、エジソンが創業したGEは、時代と共に電機関係の巨大メーカーとして君臨し、金融・保険事業まで拡大している。特許取得でもしぶとく生き残っており、3Dプリンターを利用した大胆な製造工場を実現するなど時代の変革に合わせた企業に衣替えしてきた。

日本企業も国際的な企業戦略を展開し、技術開発でもアメリカ、中国、韓国に負けずに復活してほしい。 

 


技術貿易は黒字だがこれでいいのか日本

 発明通信社のコラム「潮流」に投稿したコラムを転載しました。

総務省統計では大幅黒字

 先ごろ総務省が発表した科学技術研究調査によると、日本の技術貿易の 2015年度は、技術輸出(受取額)が技術輸入(支払額)を大幅に超える黒字で、金額で3兆3472億円のプラスとなった。

 グラフは、諸外国・地域から受け取った額と支払った額の収支総計の経年推移だが、2006年からずっと黒字になっている。

(総務省・科学技術研究調査:http://www.stat.go.jp/data/kagaku/kekka/kekkagai/pdf/28ke_gai.pdf)

 技術貿易とはモノの貿易ではなく、特許、商標、意匠、ノウハウ(企業秘密)などの知的財産権のロイヤルティの支払額と受取額を表すものだ。技術を輸出すればロイヤルティを受取り、輸入すればロイヤルティを支払うことになる。

アメリカからの受取が断トツ

 知財のロイヤルティ収益をどの国や地域から日本は受け取っているのか。ロイヤルティをどの国に支払っているのか。それを示したのが次のグラフである。

 これで見るように圧倒的にアメリカから得ている収益が多い。アメリカから特許などに代表される知的財産権の権利使用料の収益がそんなにあるのだろうか。

 受取額の総額は、3兆9498億円に上っているが、そのうちの約41パーセント、約1兆6000億円をアメリカから受け取っている。

総務省・科学技術研究調査から作成

 一方、特許などのロイヤルティを日本が支払っている国・地域はどこか。これが次のグラフである。

総務省・科学技術研究調査から作成

 アメリカへの支払いが約71パーセントの断トツである。その支払額は総額6026億円の約71%なので約4300億円になる。アメリカとの技術貿易は圧倒的黒字になっており、支払いと受取りの差額は、約1兆1700億円となり、巨額の黒字である。


 つまり特許などのロイヤルティ収支を日米で見ると、圧倒的に日本がアメリカから特許ロイヤルティをもらっていることになる。

 新聞などのメディアや政治・経済界は、日本の技術貿易は年々巨額の黒字を出しているのであたかも日本は技術立国であり、この先も技術で世界を先導するかのような印象を与えている。
 
自動車産業の親子のやり取りが大半
 技術貿易のやり取り、つまり特許ロイヤルティのやり取りをこのように中身を分析してみると、日本産業界と知的財産権の実像が見えてくる。 巨額の受取額の大半は自動車産業であり、その内訳を見るとその約75%が親子間での収支になっている。つまりトヨタ、ホンダなどアメリカで工場を操業しているアメリカの子会社から、日本の親会社に支払っている特許、ノウハウなどのロイヤルティが大半になっている。

総務省・科学技術研究調査から作成

 ロイヤルティの内訳をみると、日本の本社が開発して知財権を取得した技術、車体の設計図、製造技術ノウハウなどをアメリカで操業する企業・工場に貸与することで得られるロイヤルティということになる。

 確かに立派な収益である。言い換えると、同族企業の内部でやり取りする収益の分配にも見える。これでは本当のロイヤルティ収益と言えるのかという疑問がどうしても出てくる。もちろんこれは知財収益ではあるが、ここで欲が出てくる。

独創的な知財で稼ぐイノベーションが必要

 欲がでるという言い方は、独自の技術開発でロイヤルティを取りたいという欲である。つまり系列の親子間でのロイヤルティのやり取りではなく、独自の技術のロイヤルティで系列外の企業から稼ぐことである。

 技術輸出で稼いだ額のかなりの部分が、親子間の知財収支で得た額に占められているというのはいかにも寂しい。しかしこの状況には、日本企業全体が気が付いているのではないだろうか。

 来たるべき知財立国への踊り場にあるのかもしれない。そう考えないと、日本の長期停滞への序奏ということになりかねない。そういうことを考えさせる総務省の発表データであった。

 

 


着実に変革する中国 ~知財現場の様変わりに驚く~

 知財制度改革から見えてきた中国の先進性

 1999年に中国に初めて渡った筆者は、中国の発展ぶりに驚き、それ以来毎年、頻繁に中国に行ってその変革ぶりを見てきた。特に筆者の注目する点は、洪水のように出回っていたニセモノだった。本物と良く似ているニセモノ製造技術を見てすっかり魅了され、「中国ニセモノ商品」(中公新書ラクレ)という本まで出したほどである。

  この本は、中国でニセモノが出てきた産業技術の必然性、日本がかつて西欧を模倣して国家形成をしてきた歴史的な解釈をしたつもりだった。しかしほどなく、中国の企業現場の技術力を様々な現場を見てそれを評価し、知財制度についても違った眼で中国を追うようになった。

 10月31日から、科学技術振興機構のミッションで中国の国家知識産権局(中国特許庁)など民間知財機関や先端企業などを駆け足で視察した。これまで筆者が取材していた対象は、地方政府の知財管轄部署、ニセモノ関連業者や機関、特許事務所や調査会社など限られた箇所であり、その取材を通して中国の様変わりを肌で感じているに過ぎなかった。

 今回は、荒井寿光団長のもとに、「中央政府機関と先端民間機関・企業」を視察する機会があった。そこで見た中国の様変わりの現場は、非常に新鮮に映った。これまで断片的に感じていた光景がにわかに鮮明な映像となって眼前に映し出されて来た。

   

無題


1CIMG5017

ベンチャー企業創業を推進するカフェが集結する一角 

 国ぐるみで認識して実施した知財重視の政策

 21世紀は知財を制するものが産業界を制するものだ。これは筆者が確固として持っている認識であり、これを筆者は「時代認識」と語っている。中国・国家知識産権局を訪問し、中国が知財重視国家へと変転していった歴史的な経緯を再認識した。中国政府の根幹にある国務院で「知財強国」の政策を打ち出すまでには、関係者の努力があったことを知った。そこで策定される知財政策は、いまや日本を超えている。中国政府の政策立案と実施は、着実に展開されていることは、科学技術政策でもよく知っている。沖村憲樹氏が声を大にして語っている中国の変革である。

 知財現場では、制度改革だけでなく実施にも力を入れていることが分かった。たとえば、知財保護制度の中に民間からの保険制度を導入して特許侵害の被害者・加害者の救済制度を構築した。民間業者に任せていることが、実効性を担保している。それが中国政府のいいところだ。

 中国の司法で見る知財の透明性

 今回のミッションに参加して最も衝撃だったのは、中国の裁判所の制度が透明性、公開性では日本を追い抜いていることだった。荒井団長が元裁判官にインタビューした内容によると、「人民陪審制度」が着実に実行されており、裁判所での法廷の模様が、インターネットで実況中継されていることだった。法廷では口頭弁論が展開されており、弁論の場にPCやモニターを持ち込んで原告・被告が論述することも行っていた。ほとんどアメリカ型と言ってもいいだろう。知財の実務レベルでも、中国の政府機関とアメリカの政府機関は緊密に交流していると語っている。

 また民間のシンクタンク業者を訪問すると、北京知財裁判所の判決、裁判官、原告・被告の当事者情報、その代理人の詳細な情報をデータバンクにして公開・販売している業者を訪問した。これは日本にはないし、これを日本で実現するのはかなり難しそうだ。

 大学・研究機関・企業などで出てきた特許技術を移転する準公的機関も訪問した。ここでも欧米との連携が進んでいたが、日本は「蚊帳の外」という印象を受けた。

2CIMG5121特許技術を企業に移転する半民間機関の大掲示板には、売り出し中の技術リストが掲示されていた

 Huaweiに見る先進企業の躍進

 通信技術開発と製品製造で世界トップグループに立っているHuawei社のゲストハウスも訪問した。筆者が北京でHuawei社のスタッフから取材してから8年経っている。今回、北京市郊外のゲストハウスを訪問して、度肝を抜かれた。製品のショールームは豪華絢爛であり、いかにも中国風だし広大な敷地に建てられた大理石のヨーロッパ風の建築物も先端企業の意気込みを感じさせる。

 このゲストハウスは、日本では真似ができない規模である。Huaweiの勢いとエネルギーを感じさせるものであり、知財の世界でも世界の先端に躍り出た中国の力を実感した体験だった。

3CIMG5210Huaweiのショールームには先進技術製品と近未来社会が展示されている

 中国の先端の実態を報道しない日本のメデア

 日ごろから日本のメディアは、中国の遅れている面、悪い事象などを重点的に報道しているように筆者は感じている。中国政府・政権に関することも、権力闘争とか中国共産党政権のいわば「政局」報道だけに偏っているような気がする。中国共産党の一党独裁政権を日本人が批判しても意味がない。

 中国の政権が日本に及ぼす悪い影響があれば、批判する対象になるし大いに中国政府に発言していい。いま、中国と友好関係を築いて、何か日本にとって不都合なことがあるのだろうか。

 日中の長い歴史を見ると、主義信条や政治的な形態を超えて両国には密度の濃い文化の交流があった。しかし明治政府以来、日本が中国に対してとってきた「上から目線」の意識と侵略政策は、明らかに間違いだった。これを総括して反省し、終止符を打つ時代になっている。それは遅すぎるほどである。

 中国と日本は近未来どうするのか。中国人と日本人は顔も似ているし、中国大陸から入ってきた中国文化は日本の隅々までいきわたっている。中国人の考え方と日本人のそれとは明らかに違うことが多いが、それくらいの違いがあったほうが日中交流にはいい。

 中国のすべてがいいとは思わない。中国には日本と同じ比率で悪い人々がいる。人口比で言えば、日本の10倍いるから目立つだけだ。しかしそんなことはどうでもいいことだ。お互いにいい面を触発し合って発展することが大事ではないか。そのような感慨をさらに強めたミッションへの参加であった。

 

 


ぶっちぎりで単独受賞した大隅良典先生のノーベル賞受賞

基礎的研究成果と単独受賞が意味するもの

 大隅良典先生(東工大栄誉教授)がノーベル生理学・医学賞を受賞した 。3年連続ノーベル賞受賞者を出したことは、日本の科学研究レベルの国際的な高さを証明したものであり大変嬉しい。

 大隅先生の受賞業績で特筆されるのは、生命現象の真理の発見と単独受賞である。1987年に「多様な抗体を生成する遺伝的原理の解明」で、単独受賞した利根川進先生の快挙を思い出させた。

 マラソンレースに例えれば、終始トップを走っていた大隅先生が、後方を走ってくる2位、3位の姿などまったく見えない独走態勢でゴールを駆け抜けて行った光景であろう。

大隅

 利根川先生の受賞を発表したカロリンスカ研究所・選考委員会事務局長のヤン・リンドステン博士(カロリンスカ研究所教授・附属病院長)が語った「ドクター・トネガワは10年あまり、他の研究者の追随を許さず独走した」というコメントを思い出させた。

 大隅先生の発見は、生命科学の研究の歴史の中でも特筆される業績である。まさに利根川先生の業績に匹敵する真理の発見である。細胞内で営まれているたんぱく質製造の仕組みは、20世紀最大の生物学の発見とされるワトソン・クリック博士の遺伝子構造の解明によって明らかにされ、世界中の研究者に衝撃を与えた。

 それを受け継いで抗原・抗体反応の仕組みを解き明かしたのが利根川先生であり、生物・医学界に衝撃を与えた。その衝撃と同じくらいのインパクトを与えたのが、大隅先生の発見である。

 細胞内でたんぱく質を製造していることは、それまで分かっていた。しかしそのたんぱく質を細胞内で壊してアミノ酸に分解し、今度はそれを使って新たにたんぱく質を製造(オートファジー、autophagy)することを想像した生物学者はいなかっただろう。それを大隅先生は、1988年に光学顕微鏡で見た現象からヒントを得てその現象を解明した。

 この世紀の発見で大隅先生は次々と論文を発表し、世界の研究者が追試して驚き、研究はますます発展して論文数が増加していった。

 政策研究大学院大学・科学技術イノベーション政策研究(SciREX)センターの原泰史さんが早速、大隅先生の論文・特許について分析して発表している。

原さんの素早い対応にはいつも敬服する。

 http://scirex.grips.ac.jp/topics/archive/161005_625.html

燎原の火のように燃え盛ったautophagy研究

 原さんの分析によると、autophagy がキーワードに含まれる論文公刊数の推移は、この10年間で急峻的に増えて行った。真理の発見から始まった学問の進展する勢いをこれほど感じるグラフはない。

公刊論文数の推移

Thumbnail

出典:原泰史氏の分析

 さらに驚かされるのが、大隅先生の論文の被引用数の推移である。グラフで見るように2000年からこの15年間に右肩上がりの増加である。論文が引用される回数がこんなに急増することで、近年の学問の発展の傾向を見ることができる。

年次被引用数

Thumbnail

出典:原泰史氏の分析

 いかに価値ある研究だったかを裏付けたのが、大隅先生の国際的な叙勲の数々である。2012年からでも下記のような国際的に知られる叙勲に輝いている。

  • 2012年11月(平成24年) 京都賞
  • 2013年9月(平成25年) トムソンロイター引用栄誉賞
  • 2015年4月(平成27年) 日本内分泌学会マイスター賞
  • 2015年10月(平成27年) ガードナー国際賞
  • 2015年11月(平成27年) 文化功労者
  • 2015年11月(平成27年) 慶應医学賞
  • 2015年11月(平成27年) Shizhang Bei Award
  • 2015年12月(平成27年) 国際生物学賞
  • 2016年4月(平成28年) Rosenstiel Award
  • 2016年4月(平成28年) Wiley Prize
  • 2016年6月(平成28年) The Dr. Paul Janssen Award 2016

 特に2015年からの叙勲ラッシュは異常である。そのアンカーにノーベル賞が待ち構えていたことは当然であった。「ノーベル賞当選確実」だったのだ。

 特許にはほとんど無関係だった大隅先生の研究成果

 大隅先生の生命現象の維持に必要な細胞・遺伝子レベルの真理の発見は、最近になってパーキンソン病などの神経変性疾患やがんの治療に役立つのではないかとして、世界的に実用化の研究が広がっている。

 原泰史さんの追跡によると、大隅先生が発明者になっている特許出願は、次の2件になっている。

①  【公開日】平成12年2月29日(2000.2.29)、特開2000-60574(P2000-60574A)【発明の名称】オートファジーに必須なAPG12遺伝子、その検出法、その遺伝子配列に基づくリコンビナント蛋白の作製法、それに対する抗体の作製法、それに対する抗体を用いたApg12蛋白の検出法。②  【公開日】平成14年12月4日(2002.12.4)、特開2002-348298(P2002-348298A)

【発明の名称】蛋白質とホスファチジルエタノールアミンの結合体

 結果は2件とも、特許には結びつかなかった。

①  は、審査請求されず、②は拒絶査定されていたからだ。

 これは特許出願の失敗ではない。大隅先生の研究成果が、いかに真理の発見そのものの基礎研究であり、特許とは無関係だったかという証拠ではないだろうか。

 むろん今後、世界中で展開される病気の治療に役立つ発明があれば特許は出願されるだろう。実用化の研究競争は、これからが熾烈なものになるだろう。

 大隅先生の基礎研究でリードした優位を日本の研究陣は実用研究の競争でどこまで健闘できるのか。すでに中国の研究陣はこのテーマで多くの論文を出し始めている。それはいいことであり、日本にとって刺激になる。

ノーベル賞の先に次のノーベル賞がある。実用研究ですでにオートファジーの国際競争が始まっているのである。

 頑張れニッポンの研究陣!である。


平和国家を捨てようとする日本なのか 終戦記念日に想う

 戦争か平和かに両極化した歴史

 江戸時代以降から現代に至る日本の歴史を見ると、平和に徹するか戦争を起こすか、そのどちらかに両極化していることに気が付いたのは、10年ほど前である。

 1603年の徳川家康の天下統一から明治維新まで平和国家を維持

  江戸時代の265年間、日本は内乱が収まり鎖国で外国との交流を絶ち、ひたすら平和国家を維持した。

 暗い戦争の時代

  1868年明治維新以降、それまで中国から移入していた文化をすべて捨て、西欧文化一辺倒になった。

  明治27年の日清戦争から昭和20年8月の太平洋戦争終結までの46年間、日本は外地で戦争を起こすか、ひたすら外地を侵略する戦争に明け暮れた。

 日清戦争1894年(明治27年)8月~1895年(明治28年)3月

 日露戦争1904年(明治37年)2月~1905年(明治38年)9月
 
 日中戦争1937年(昭和12年)7月~1945年(昭和20年)8月
 
 太平洋戦争1941年(昭和16年)12月~1945年(昭和20年8月)
 
 この時代に暗殺された総理大臣は5人にのぼる。戦争責任を問われて絞首刑となった総理大臣は2人、戦争責任から自殺した総理大臣は1人である。
 
 このような歴史を持っている国は稀有ではないか。そのような事実を私たちは、きちんと学校で習った覚えはない。断片的に記述されている教科書や本は読んでいても、長期的俯瞰で歴史を学ぶことはなかった。
 

 暗殺された総理大臣を列挙してみる

  • 伊藤博文 1909年(明治42年)0月月26日、ハルビン駅頭で暗殺
  • 原 敬   1921年(大正10年)11月4日、東京駅頭で暗殺された。
  • 犬養 毅  1932年(昭和7年)5月15日、515事件で暗殺された。
  • 高橋是清 1936年(昭和11年)2月26日、226事件で暗殺された。
  • 斎藤 実  1936年(昭和11年)2月26日、226事件で暗殺された。

 戦争責任によって死亡した総理大臣

  • 近衛文麿 1945年(昭和20年)12月16日、自宅で服毒自殺。
  • 東条英機 1948年(昭和23年)12月23日、巣鴨拘置所内で死刑執行
  • 広田弘毅 1948年(昭和23年)12月23日、巣鴨拘置所内で死刑執行
 515事件と226事件は、失敗に終わった軍事クーデターである。ドラマなどでは「憂国の青年将校らの決起」などと美化するような表現も見かけるが、要するに軍部のテロであった。この2つの事件についても、学校時代に歴史できちんと習ったことはなかった。
 誰がおこし、どのような責任をとったものか。今ではネット情報でたどるよりない。
 
 初代総理大臣の伊藤博文から戦争の時代の最後の鈴木貫太郎まで42代の総理大臣がいるが、そのうち延べ13代(全体の31%)は、暗殺か戦争責任で死亡した総理大臣になる。
 
 この時代、日本の指導者、政治家は血塗られた歴史の中で活動したということだ。このような暗い史実を持っている国はないだろう。私たち日本は、そのような歴史をたどってきたという事実を国民の共通認識として持つべきである。その上に立って、自分たちの国の在り方を考える必要がある。

 このような歴史の反動から、1945年以降の戦後、延々と平和を守ろうとするうねりが続いていた。戦前の軍国主義の流れをくんだ一群の強固な政治勢力はあったが、平和憲法を必死に守ることは、過去の暗い戦争の時代から逃れようとした国民の想いであったはずだ。平和主義に徹したのは、過去の過ちから逃れたいとする日本国民の想いであったはずだ。

 ところが、そのような流れを止めようとする政治的な動きが顕著になってきたのは安倍政権からである。憲法解釈を閣議で勝手に変え、安保法案を成立させ、これから憲法改正を実現しようとしている。軍事力を保持することを正当化するような改正をしようとしているように見える。

 自民党の改憲案を見ると、言論の自由は実質的に認めない条文になっている。恐ろしい政権である。55年体制以降、一時期を除いてほとんど政権を握ってきた自民党であったが、過去の党内事情では左派の言動を許していたし、またそのような党内左派の力を温存することでバランスの取れた政権運営を行ってきた。

 いま政権与党に、反主流派、非主流派というようなかつて自民党に存在した勢力は見られない。自民党にすり寄っているだけの公明党はもとより、そのような勢力は皆無である。官邸にたてつくような議員は、選挙で不利に立たされるという恐怖感を植え付けている。

 アメリカのワシントンポスト紙が、「オバマ大統領の核先制不使用の方針に安倍総理が反対することを米軍幹部に伝えていた」とするスクープを報道している。安倍首相の本音と思想がこの言動に出ている。

 中国を敵視するような時代錯誤の政権

 筆者は、これまで60回ほど中国に渡航し、主として中国の産業現場と知的財産、特に模倣品についての取材を精力的に続けてきた。またJSTの中国総合研究交流センターのスタッフの一員として、2006年の創設以来、中国のあらゆる動向を見てきた。

 中国は共産党一党独裁国家でありながら、自由主義経済を認める一国二制度のような特異な国である。長所もあれば短所もある。短所を見れば限りなくおかしな国に見えるが、長所を見ると驚くほど効率のいい国家体制に見える。そういうアンバランスの国家体制にありながら、中国は着実に先進国をキャッチアップし、経済力をつけてきた。

 筆者の観点を言えば、中国の科学技術は日本と肩を並べ、部分的に追い抜いて行く分野も間もなく出てくるだろう。たとえば宇宙技術はすでに日本を追い抜いて行った。知的財産の制度も、多くの点で日本を追い抜いているように見える。制度だけでなく、実効性がどの程度あるかいま精査しているが、日本はいずれ抜かれるだろう。

 そのような中国を敵視するような政策をとって何を得するのか。遣唐使の時代から日本ほど中国の文化を移入し、恩恵をもらった国はないだろう。皇室に子が誕生したり改元すれば、その名を中国の哲学書の文字からもらうことが普通だった。中国人は、その事実を半ば誇りにしていたと筆者は思う。

 上海博物館に展示されている漢字文化の地図を見ると、日本は漢字文化の「少数民族」と位置付けられていた。中国から見ると私たちは、漢字文化の少数民族だったのだ。そういう中国人の歴史観をみて、筆者はむしろ嬉しくなった。日本語は紛れもなく中国5千年の歴史と文化を踏襲したものである。

 そのような国の歴史と民族的つながりを見れば、中国と協調する政策をとるのが普通である。日本のメディアを含めて政治家も企業人も一般社会人も、中国と中国人を見下すような視点に立っているように見える。遅れている中国という思いがどこかにある。中国は賄賂の国であり、ビジネス社会に倫理観は乏しいという指摘はあたっている。

 しかし日本はどうか。中国に負けないほどの驚くほど馬鹿げたことが今なおまかり通っている。東芝の不正会計、三菱自動車の捏造データなどは、世界的に知られている日本を代表するブランド企業の信じられないような不正である。恥ずかしくて外国人に説明できない。東芝や三菱がやっているのだから、日本は普通にこのような不正や理不尽なことをやっているのだろうと外国人は思うだろう。

  高齢者らから嘘をついてカネを巻き上げる「振り込み詐欺」「おれおれ詐欺」などは、「日本人だからできる詐欺だ」と外国人から指摘されたことがある。他人を簡単に信用する日本人の性善説思考、電話一本で手の込んだ架空話で信用させる手口を指しているようだ。この犯罪は、中国、韓国にも伝播していると聞く。犯罪を輸出するまでになったのだ。

 日本と日本人は、近代日本の歴史をもう一度総括し、今の時代に取るべき「時代認識」を明確に持つべきだ。日本人は対外的にもっと謙虚に考え行動を起こすことが大事なのである。

 中国や朝鮮半島を侵略したのは、資源と領土をほしかっただけであり、そのほかの理由は見つからない。そのようなことを外国や外国人から指摘されるまでもなく、日本人として総括することが必要だ。理不尽だったことを認め日本人としての矜持を示すことで外国からも日本と日本人を再認識してもらう機会になる。

 終戦記念日を挟んで考えを巡らせたことを書いた。

 

 

 

 

 

 

中国アップルのiPhone6の意匠権侵害をめぐる熾烈な争い

中国アップルのiPhone6の意匠権侵害をめぐる熾烈な争い|潮流コラム一覧|特許検索の発明通信社

このコラムは発明通信社のHPの馬場錬成のコラム「潮流」から転載しました。

  中国でiPhone6、iPhone6 Plusを販売している中国現地法人のアップルコンピュータ貿易(上海)有限公司(以下、中国アップル)は、北京知的財産法院に対し、北京市知的財産局の判断を取り消すように行政訴訟を起こしていたが、同法院はこれを受理したとこのほど発表した。

 これによって中国でのiPhone6、iPhone6 Plusの意匠権をめぐる争いが、また振り出しに戻ったのではないかとの観測が流れるなど、知財業界の注目を集めている。

 この紛争について、北京銘碩国際特許法律事務所(http://www.mingsure.com/Japanese/about.asp)の金光軍弁理士らの解説をもとに紹介してみる。

紛争になっている意匠権について

 シンセン市佰利営销服務有限公司(以下、佰利=バイリ=公司)は、2014年12月、中国アップルが売り出したiPhone6、iPhone6 Plusがそれぞれ自社の意匠専利を侵害したと主張し、北京市知的財産局に二つのスマートフォンの販売の差し止めを命じるよう求めた。

 佰利公司が取得した意匠権は同年1月13日に出願された「ZL201430009113.9」などであり、同年7月9日に登録公告された。

 その意匠権とiPhone6、iPhone6 Plusを比較してみると次の通りである。iPhone6 PlusはiPhone6に比べて、ただサイズだけ異なるので、iPhone6 Plusと係争意匠専利の対比は省略する。

 

意匠権は維持され販売停止の命令

 意匠権侵害と訴えられた中国アップルは、2015年3月30日、国家知識財産局(SIPO)の専利復審委員会(審判部)に、佰利公司の所有する専利は無効であるとする無効審判を起こした。

 これに対し専利復審委員会は、2016年1月6日、意匠権の有効性を維持する決定を行った。

 この決定を受けて北京市知的財産局は、iPhone6、iPhone6 Plusが意匠権を侵害したと認定。中国アップルにiPhone6、iPhone6 Plusの販売を差止める決定をくだした。地方行政機関は賠償金額を決定する権限がないので、この決定に基づく賠償金支払いの命令はなかった。

紛争は振り出しに戻る

 中国アップルはこれを不服として、北京知的財産法院に対し、北京市知的財産局が認めた専利侵害紛争処理決定書を取り消し、iPhone6、iPhone6 Plusが意匠権の保護範囲に属していないことを認める行政訴訟を起こした。

 北京銘碩国際特許法律事務所の解説によると、北京市知的財産局の行政処理決定は終局の決定ではない。しかし中国アップルが行政処理決定を受領した日から15日以内に法院に提訴しなかったり、販売中止をしないと北京市知的財産局は法院に強制執行を申請できる権限があった。

 そこで中国アップルは、北京知的財産法院に行政訴訟を提起したもので、同法院は6月15日にこれを受理した。

 紛争は決着がついていないので、iPhone6及びiPhone6 Plusの販売には影響がないという。

知財法院がどう裁くか注目集まる

 ここで注目したいのは、知財専門の裁判所として中国でスタートして知財法院が独自の判断でどのような判決をくだすかである。とかく中国の裁判所や行政組織は、中国企業と外国企業が争った場合、自国や自国企業に有利な判断をくだす保護主義がまかり通ると感じていることが多かった。

 特に地方での争いでは、地方保護主義が堂々とまかり通り、外国企業には理不尽な判断や判決が下ることが珍しくなかった。

 国家知識産権局でもこうした地方保護主義があることを公式に認めたことがあり、「北京・上海には地方保護主義はない」との発言もあった。

 知財制度、政策では欧米先進国と肩を並べるまでに整ってきた中国だが、果たしてこの意匠権をめぐる紛争に知財法院がどのような判断をくだすか、中国の知財関係者も非常に注目しているようだ。

 

 

 


直近10年に見る世界7カ国の知財動向

直近10年に見る世界7カ国の知財動向|潮流コラム一覧|特許検索の発明通信社

このコラムは発明通信社のHPの馬場錬成のコラム「潮流」から転載しました。

2014年の出願データを分析すると

世界の知財動向を語る場合、2000年前まではあらゆる統計・指標は日米欧の3極という見方をしていた。この動向を見ていれば、世界の知財動向の行方はほぼ分かるという時代だった。

そこへ割るようにして存在感を見せてきたのは韓国だった。しかしそれも間もなく中国に追い抜かれていく。最近は、日米欧中韓という5カ国の動向で比較されることが多くなった。

そこで、科学技術指標などで標準的に使われている日米英独仏という主要5か国に中国と韓国を加えた主要7か国の特許・意匠・商標・実用新案・PCT出願数をWIPO(世界知的所有権機関)の統計データを整理して調べてみた。

2014年に7か国の知財出願数の一覧とグラフ

実数の表を見るとPCT出願数を除く4つの産業財産権で中国は圧倒的な数字を出している。このような実績を出すことを2000年に予想した人は、おそらく世界中で一人もいないだろう。中国の知財活動は、2002年ころから爆発的に活性化して出願数が増加していったからだ。

2014年の出願状況をグラフにしてみると、ヨーロッパ勢の英独仏の存在感がこんなに薄くなっていることに驚く。一般的な工業製品の生産地は、日中韓台の東アジア4カ国・地域が世界を席巻しているように思う。筆者がヨーロッパで見聞した体験から見ても、大衆的な製品でアメリカとヨーロッパ企業がアジア勢に勝つことは難しい時代になったと思う。

特許出願に見る動向

2005年から2014年までの10年間の特許出願など産業財産権の出願動向を調べた結果が、以下の表である。特許出願では中国が一直線に伸び、2011年にはついにアメリカを交わして世界一になる。日本はその前年の2010年に中国に抜かれていった。

このような動向には当時もびっくりしたが、中国の科学技術の研究活動と企業活動を見ていると驚くことではなかったことに気が付く。

 

日本は10年前から特許出願数が下降線をたどっており、いまだに歯止めがかかっていない。原因は、企業の特許出願案件の絞り込み、つまり無駄な出願はしないで絞り込むという方針転換と、国内出願を抑える一方で国際出願を増やしていくという方針転換の現れである。日本はいつ歯止めがかかるのか気掛かりである。

PCT出願で猛追する中国

PCT出願の出願動向を見ると、アメリカ、日本に続いて中国が3位につけている。しかし前年比の増加率は、アメリカ7%増、日本4%増に対し、中国は17%の増加率である。グラフで見るようにアメリカと同様に右肩上がりになっているが、中国はむしろこれから急上昇するのではないか。というのも、ファーウエイ(華為)、ハイアール(海爾)など国際的に売り出してきた多くの企業が、ライバルのアメリカ、日本、韓国、台湾を意識して国際出願を増加させているからだ。


中国では、通信関連企業など21世紀型の企業、軒並み国際競争力を誇示しているのもPCT出願増加に寄与している。

 

 驚異的な実用新案出願の中国

実用新案制度のないアメリカ、イギリスを除く5カ国の数字がこの表である。これを見ると中国の数字が驚異的に突出している。

 

なぜ、中国がこれほど突出しているのか。それは制度が他の国と違う点がまずあげられる。中国の実用新案は無審査登録制度であり、しかも特許出願と同一出願案件が実用新案と一緒に出願できるからだ。同一発明者や出願者が同一期日に特許と実用新案の両方に出願できるという世界唯一の制度をとっている。

さらに、出願件数が大学などの研究者の実績として評価対象になっており、これは企業でも同じである。また出願すると報奨金制度もあるから出願に精を出すことになる。年末の12月になると突然、実用新案の出願件数が急増することからも分かる。

意匠も実用新案制度と同じ無審査登録制度

意匠の出願件数も中国が突出しているが、これも実用新案と同じように無審査登録制度になっているからだ。筆者が東京理科大学知財専門職大学院教授をしていたとき、中国人院生の楊威(ヤンウエイ)さんが中国の意匠制度について研究して修士論文を書いた。

その研究は、発明通信社との共同研究であり、2010年の日本知財学会で共同発表している。そのときの中国の意匠の出願動向を見ると、日本の意匠の審査基準とはかなり違っていた。中国ではすでに権利となっている商標とデザインをたすき掛けしたような意匠案件を出願すると登録される事例があった。トラブルになって権利を主張する場合に、実効性のある権利になるとは思えなかった。


こうした出願件数もかなり入っているだろう。それにしても仏、独、英、米が微増だが増加傾向にあるのに対し、日本は漸減であるのが気にかかる。グラフで見ると中国の特異ぶりがよくわかる。

商標でも突出する中国の事情

商標出願件数は、経済活動がグローバルになるにしたがって増えていくことが予想されているが、一覧表にもその動向が出ている。どの国も着実にわずかずつだが増加傾向になっているが、グラフで見るように中国だけが突出している。ただ、中国は2013年の横ばいから14年の減少は何を意味するのか。

中国は、営業許可証を受領している企業なら誰でも商標出願ができるので、出願急増に拍車をかけてきた。それにしても年間210万件を超える出願は異常である。それが中国での知財訴訟の急増とも無関係ではない。その点については別の機会に分析してみたい。