05 知財戦略

 ノンアルコールビール侵害訴訟で分かるサントリーの本気度

  サントリーがアサヒを特許侵害で提訴 

 ノンアルコールビール(以下ノンアルと略称)の製造をめぐってサントリーホールディングスがアサヒビールを特許侵害で東京地裁に提訴した。

  アサヒのノンアル「ドライゼロ」は、サントリーのノンアル「オールフリー」の製法特許を侵害しているとして、アサヒに製造・販売の差し止めと在庫の廃棄を求めたものだ。最近、売り上げを伸ばし熾烈なシェア争いになっているノンアルをめぐる大手ビールメーカーの知財紛争であり、訴えたサントリーがどこまで本気でこの訴訟に取り組むのか知財関係者の耳目が集まっている。

DSC_0371

  サントリーが侵害されたという特許は、「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」(特許第5382754号)である。発端は2013年7月である。サントリーからアサヒに対し、ドライゼロは登録予定の製法特許を侵害しているおそれがあるとして、説明を求めてきた。

  アサヒは、当該特許は無効理由があると主張、これに対しサントリーが反論し、ドライゼロの製法変更を含めた和解協議を提案したという。しかしアサヒはこれを拒否した。(「サントリーとアサヒ、訴訟前の熾烈な"抗争" ノンアルコールビールの製法特許を巡り火花 東洋経済2015年3月20日 田嶌ななみ編集局記者」)

  結局、両社の話し合いは不調に終わりサントリーが提訴に踏み切った。この訴訟には多くの注目点がある。

 損害賠償請求よりも製造販売の差止 

 まず第1に、損害賠償請求をしないで、製造・販売差し止めだけにしたことだ。製造・販売差し止めが実現できれば、確かに相手側に与える打撃は大きいが、食品業界関係者の感想を聞いてみると、次のような推測が返ってきた。

 損賠額は数十億円から数百億円になるだろうが、請求賠償金額が巨額になると印紙代も多額になる。たとえ勝訴しても、日本の裁判所の判決では損賠額が低い。そこで損賠請求よりも心理的打撃を与える製造・販売差し止めに絞ったのではないかという。

  アサヒの対抗措置の無効審判はどうなる

 第2の注目点は、アサヒが対抗措置として出してくる当該特許の無効審判の行方である。特許の請求項が63あり一般的にはかなり多い方だ。弁理士に聞いてみると生物、バイオ系ではこの程度の請求項の数はよく見られるし、製法の発明を請求項にして従属クレームを付けるとこのくらいになるという解説だった。
 

 請求項の多寡と無効かどうかは関係ないが、このような大型案件の審判には、特許庁も相当なる気合いを入れて審判をしてほしい。知財高裁や最高裁を見習って審判部長が参加するとか大合議制の5人の審判官で審理するなど審判の仕組みを改革する機会ととらえてもいいのではないか。

  審決の内容によっては、特許庁に対する社会的な評価が低くなり、特許庁の存在価値が薄くなってしまうからだ。

  裁判所の訴訟指揮はどうなるのか

 第3の注目点は裁判所の訴訟指揮である。サントリーは製法確認のためアサヒに資料請求をすることは必至と思われる。しかしこれに対しアサヒは、営業秘密だとして応じないだろう。そのとき、裁判長が文書提出命令を出すかどうか。

 日本の知財裁判では、このような訴訟指揮をすることはほとんどない。書面による判断が主流であり、実態がよくわからないまま判決を迎えることは珍しくない。

  和解で決着するなら訴訟の意味がない

 第4の注目点は、和解で決着するのではないかという「危惧」である。「危惧」と言ったのは、日本の裁判所の和解では知財訴訟の司法の役割が実質的に機能せず、当事者間のあいまいな決着でお茶を濁したようになるからである。

  日本の裁判は、世界の中でも和解が多いことで知られている。アメリカの裁判所は和解には介入しないというが、日本の裁判所は、むしろ積極的に和解に介入する。和解を強要・押し付けするケースも少なくない。

 このような実態は、日本の裁判所の問題点を余すところなく実証的に論述した「絶望の裁判所」(瀬木比呂志、講談社現代新書)の133ページから書かれている。

  特許の侵害をめぐる訴訟では、技術的に高度で専門性の高い内容を判断しなければならないので、裁判官はできたら判決を書きたくないという思惑が働くのではないか。裁判官のそのような意図を感じ取る当事者も少なくない。

  和解で決着すると、原告・被告・双方の代理人・特許庁など関係者はどこも傷がつかずに終わる。和解条項は、ほとんどは公表しないので当事者間だけの問題になり、世間は曖昧のままに決着したと理解したくなる。

  知財立国が問われる侵害訴訟を注目しよう

 特許紛争は当事者だけの問題ではなく、権利が生じているだけに多くの利害関係者が注目する司法判断である。世間に対して明確に示せるような解決方法が出せないなら、最初から提訴などしない方がいい。

  原告のサントリーは特許の権利をしっかりと主張し、司法も厳正に判断した判決を出すことをしなければ、日本の知財立国は存在感がなくなり、国際社会から取り残されていくだろう。

  特許を守らない国には、特許の出願をしないと外国の有力企業は明言している。日本の業界のムラ社会の知財権利なら特許を取得する意味がなくなる。そのような社会には有力なベンチャー企業は生まれないし産業技術の国際競争力は減退していくだろう。

 サントリーの毅然とした対応を期待する。

 

 


自民党の知財戦略調査会で知財改革について陳述

自民党知財戦略調査会で、これからの知財戦略について陳述しました。

 荒井寿光氏と筆者は、4月1日午前8時から、自民党知的財産戦略調査会に招かれ「これからの知財戦略について」のタイトルで第二次知財改革の必要性を訴えました。

 冒頭、荒井氏が用意してきたテキストをもとに営業秘密保護制度の活用、特許裁判の改革、地方創生のための中小企業の知財武装を支援、地方創生のための大学の知財戦略、海外ニセモノ対策の進化、国内知財戦略から地球知財戦略へなど6テーマについて解説と政策提言を行いました。

 関連で意見を求められた筆者は、「制度改革が遅々として進まないのは日本の伝統。これを打破するのは政治の力しかない。知財改革では、経済界のリーダー、社会的地位の高い年配の人、大学人からの意見は決して聞かないでほしい。聞いても国際性に欠け、自社や業界のことしか考えていない。国益、時代の要請という視点に欠けている」との見解を述べ、政治家の主導で知財改革をリードしてほしいと訴えました。

  また、国際標準化の重要性をあげてその対応策について意見を求められたので、「第一義的に国際標準化は、企業・産業界が取り組むべきテーマである。経団連や経済界は、職務発明の改正などに血道をあげているのではなく、国際標準化に取り組むことこそ重要である」と述べ、ここでも時代の要請、国際性に欠けている産業界のリーダーを批判しました。

自民党知財戦略調査会


トヨタはなぜ特許開放も英断に踏み切ったのか

トヨタはなぜ特許開放も英断に踏み切ったのか

びっくり仰天させたトヨタの特許開放戦略

2015年の冒頭、アメリカからビックニュースが伝わってきた。トヨタ自動車が単独で保有する燃料電池車関連の特許約5680件をすべて無 償で提供すると発表したのである。

特許のオープン・クローズ戦略は、近年の世界の流れであるが、IT関連企業には見られても製造業、 それもトヨタのように自動車企業の世界トップが踏み切るとはだれも予想していなかった。

 トヨタが開放するのは燃料電池に関する 特許約1970件、燃料電池を制御するシステムに関する特許約3350件、高圧水素タンク関連特許が約290件、水素ステーション関連特許が約70件 である。

 いずれもトヨタが単独で保有している特許であり、開放は2020年までの期限付としている。ただし、水素の生産や供給など 水素ステーションに関する特許には開放期限は設けていない。ここからもトヨタの戦略が見えてくる。

 日本企業の知財部門のスタッ フにコメントを求めたら、ある人は「これはトラップ開放だ」と言った。トラップとは、ワナとか落とし穴という意味だからただごとではない。つまり2020 年までは開放するので無料だが、その後はロイヤリティをいただきますよということだという。

 確かに第一報を聞いた限りでは、ま ず甘い誘いでひきつけておいて、後でしっかりとロイヤリティをいただきますよという仕掛けにも見える。しかしトヨタがそんな見え透いた戦略をする わけがない。これはそれなりの戦略を練ったうえでの発表ではないかと思った。

 

特許開放はテスラ・モーターズが先行

今回のトヨタの特許開放のニュースを聞いてすぐに思い当たったのは、アメリカの電気自動車メーカーのベンチャー企業、テスラ・モーター ズ(以下、テスラと呼称)の特許開放である。

 テスラは2014年6月、保有する約200件の特許をすべて開放すると発表したのである。 テスラは、シリコンバレー発の電気自動車製造のベンチャー企業である。創業者のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、カリスマ性のある人 物として知られている。

 同社は特許開放によって、外部の電気自動車の開発技術者や部品メーカーなどに開発を促し、電気自動 車の普及を促進しようとしたものだ。マスク最高経営責任者(CEO)は、「特許は大企業が自社を防御する道具になっており、技術革新の妨げとなっ ている」との見解を示し、「特許を開放して、電気自動車の普及と関連技術の進化を促進させたい」と表明した。

 しかしここで思い当 たるのは、トヨタとテスラとは数年前には蜜月時代にあったことだ。2010年5月にトヨタ・テスラは電気自動車の分野で共同開発・販売を行う業務提 携を結んだ仲である。

 トヨタは、テスラから自社が開発したスポーツ型多目的電気自動車「RAV4 EV」用のバッテリー、充電システ ム、インバーター、モーターなどを購入すると発表した。この提携で両社はともに未来の電気自動車の普及を目指して技術開発や製造技術で蜜月 関係を結んだように見えた。

 ところが提携発表から4年後の2014年5月、テスラは「RAV4 EV」に関するトヨタとの共同プログラムは 、2014年内に終了すると発表した。そしてその直後に、テスラの電気自動車の特許の全面開放の発表である。

  「RAV4 EV」車

 両社の技術者の間で電気自動車の技術開発を巡って主張が食い違ったとか、「RAV4 EV」の販売台数が計画より下回っていたこ となどから提携解消になったとの憶測を呼んだが、真相はわからない。

 電気と電池の双方に弱点がある

c水素を反応させて電気を起こしてモーターを駆動させて走らせるのはいいが、水素を 簡単に車に補充することができるのかどうか。

 つまり電気自動車と電池自動車の長所と欠点がそれぞれあげられており、そのど ちらが世界の自動車市場を制するか、正念場に差し掛かっている。

 トヨタは、世界初の量産燃料電池車として「MIRAI(ミライ)」を 2014年12月15日に発売すると発表した。車両本体価格は723万6000円(税込み)と高価だが、水しか出さない環境にやさしい量産型自動車として市 場に投入してきた。

  

 一方のテスラも強気で世界制覇を狙っている。世界最大の自動車メーカーのトヨタ対自動車製造ベンチャー企業のテスラの闘いでもある。

 しかし筆者の見方は、どちらも補完しあって将来は一緒になるのではないかという予想である。一緒になるとは、企業が合体する のではなく技術的に相互補完する相手になるという意味である。

 トヨタとテスラがWIN・WINになる。それは2020年である。そのよう に予想してみたい。