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停滞する知財現場を実証的に指摘した質疑
さる5月18日に開かれた参議院・財政金融委員会で、自民党政務調査会副会長の三宅伸吾議員は、小泉政権時にスタートした知財立国政策が停滞している状況を様々な観点から指摘し、政府に早急な対応を迫った。
議事録はまだ公表されていないが、後日、次のサイトから閲覧できる。 http://kokkai.ndl.go.jp/
日本経済新聞の編集委員として知財政策を長年カバーしていた三宅議員の質疑は実証的、体系的で、非常に中身の濃い内容だった。当日の質疑の模様を三宅議員に取材したので速報する。
三宅議員はまず金融庁に対し、企業の財務諸表において特許権がどのように取り扱われているのか質した。
通常、企業が他の者から特許権を取得した場合には、取得した価格を貸借対照表に資産として計上する。また、企業が自ら研究開発を行い、特許権を取得した場合は、研究開発にかかった支出を費用として処理している。
金融庁の答弁によると「我が国の上場企業の2015年4月から2016年3月までの連結財務諸表を見ると、特に特許権の計上額が多い企業は、住友化学が約45億円、船井電機が約33億円、デクセリアルズ社が約31億円などが計上されている」。
特許権を担保にした融資総額の統計はない
さらに三宅議員は、「特許権を担保にした融資がどの程度あるのか」質問した。これに対し金融庁は、「知財ビジネス評価書の作成支援、金融機関の職員を対象とした知財セミナーの開催などによる啓発運動」は展開しているとしながらも、
「特許権を担保とした融資の全体像は把握していない」と答弁した。
特許権担保融資について金融庁はセミナー開催などの取組みの現状を説明するにとどまり、特許を担保にした融資総額の統計はないことが分かった。
三宅議員はこうした実態に対し「民間企業が莫大な研究開発投資をして特許権になっても、実際どの程度アウトプットを生み出しているのか実はよく分からないというのが実態ではないか」と指摘した。
日本の特許権侵害の賠償額はケタが小さすぎる
そして「知財立国を標榜しながら、実は我が国では知的財産の資産、特に特許権の資産デフレが続いているのではないか」と問題提起したうえ、この10年間で特許権侵害訴訟の最高の損害賠償金額を麻生太郎金融担当大臣に聞いた。大臣からは「最高額は20億を行ったことはない、私の記憶では、何だ、こんなものかと思った記憶があります」との答弁。
三宅議員は最高裁が調べたデータを引用し、この10年間の特許権侵害訴訟の最高損害賠償額が約18億円だったことを明らかにした。これはアメリカの侵害訴訟の損害賠償額に比較しても2ケタも低い金額であると指摘した。このような実態から日本の特許は資産デフレではないかとの見解を述べた。
しかし、日本の知財裁判は和解が多いので一概に言えないという反論もあろう。こうした批判を想定してのことだろうか、「和解の交渉の判断の物差しは、万が一判決になったらどうなるんだろうということを双方の代理人弁護士は念頭に置いて、当然当事者も念頭に置いて和解交渉に臨む」。紛争になる前の任意の交渉でも、「交渉が決裂をして裁判になったらどうなるんだろうということを考えるわけで、判決の認容額は特許権資産評価の重要なバロメーター」であると三宅議員は述べた。
特許権侵害罪は絵に描いた餅であり罪にも問われない現状
続いて、三宅議員は「特許権侵害で手錠を掛けられて裁判になり、刑務所に行った人がいるか」と法務省に質した。これに対し法務省は、「特許法196条(注)の特許権侵害の罪に限定した起訴人員等についての統計はない。特許法違反の罪全体の起訴人員は過去20年間2名である」と答弁した。
(注)特許法196条(侵害の罪)=特許権又は専用実施権を侵害した者(第101条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
それでは直近の起訴はいつだったかとの質問に、法務省は「平成14年に略式命令請求があった」と答弁。
これを受け、三宅議員は、平成15年以降、特許権侵害で起訴された人がいない(正確には特許権侵害を含め、特許法違反での起訴例が一切無い)事実を確認した。著作権侵害については刑事司法が対応するときもあるが、特許権侵害については平成15年以降、刑事司法は機能していなかったこととなる。
特許権の保護策は、その侵害行為に対し、民事の損害賠償と刑事罰の執行とが車の両輪となって機能することを本来、前提として制度設計されている。しかし現実には、刑事司法は絵に描いた餅状態。そのうえ、民事救済手続きも不十分であるなら、侵害のし得になりかねない。
金融商品取引法などの分野では、被害者の民事裁判による損害の回復の手続き、また東京地検特捜部等による刑事の執行、それに加えて行政上の課徴金という仕組みがある。民事・刑事・行政という3つの法制度から、投資家等を保護する仕組みができている。
独禁法違反行為に対する措置でも課徴金制度があり、労働分野の賃金未払い問題では付加金の制度があるなど、様々な対応、救済制度が準備されている。このような実態を引き合いに出しながら三宅議員は、「特許権侵害については政策が総動員されていないのではないか」との見解を述べ、政府の施策が不十分であることを浮き彫りにした。
特許の資産デフレから脱却すべき
ベンチャー企業が銀行に融資を申し入れても、権利侵害された場合の損害賠償額が小さい現状では担保にとってくれないのは当然。特許を資産として経営に役立てる社会になっていないことを三宅議員は強調した。これでは有力なベンチャー企業は日本では育たないことになる。現に、アメリカ、中国に比べても我が国では産業の新陳代謝が遅れている。
三宅議員は特許の資産デフレを脱却するには、最先端の技術分野を警察、検察官が理解するのがなかなか難しい現状を考えれば、「民事分野において、一般予防効果のあるように、積極的加害意思のある、いわゆる本当に悪質な侵害であることが立証できれば、そういう侵害者に対しては民事上、ガツンといくということが必要ではなかろうか」と民事救済制度の改革を求めた。
最後に三宅議員は「我が国が本当に研究開発そしてその成果の知的財産権をうまく使って国を豊かにしよう、海外からどんどんロイヤリティー収入も得ましょう、それから技術開発の成果を権利で保護し、それをテコにしてベンチャー企業が多数出てきて、産業の新陳代謝を通じて元気に国をしましょうとするためには、特許権の侵害のし得だと言われるような悪評が我が国にずっと付いて回るのは甚だ遺憾である」と語り、この課題を政府や社会、企業が共有し、早急に解決に対応する必要性を説いた。
三宅議員の質問は、知財立国と言われている日本で特許を取得しても、司法の民事、刑事で適正に守られず、行政でも具体的な知財保護は機能しているようには見えないという見解を強調した点で、これまでにない国会での論議となった。
企業が莫大な開発費を投入し、特許権を取得してもそれを担保にして資金を調達できる制度も仕組みもなく、侵害されると救済する民事判決は期待できない。刑事摘発はゼロに近いとなれば、侵害し得であり、なんのために特許権を取得するのか意味がなくなってしまう。
ベンチャー企業が生まれにくい仕組みが放置されているのではないか。そのような状況がこの10年ほどずっと続いていることを三宅議員は指摘したものであり、危機感を持って政府側に迫ったものだ。
中国では知財訴訟が日本の約20倍の件数であり、損害賠償金額も日本を追い抜いて行き、近々、懲罰的損害賠償制度を導入することが決まっている。そのような世界の流れの中で日本が停滞している制度上の欠陥を三宅議員は、政府側の答弁から実証的に引き出し、早急な政府の対応を迫ったものであった。
なお、本国会質疑に関連し、三宅議員が座長を務める、自民党政務調査会傘下の検討会が提言をまとめている。是非、一読をお薦めする。
提言「イノベーション促進のための知財司法改革 --特許資産デフレからの脱却を目指して-- 」2017年4月25日 http://www.miyakeshingo.net/index.php