滝鼻卓雄「記者と権力」(早川書房)
2017/05/20
いま世間の耳目を集めている森友事件と加計学園問題。どちらも権力側にあるとされる文書の確認や権力側の恣意的な対応の有無をめぐって国会を舞台に激しい攻防戦が展開されている。メディアは、事の経過を報道するだけでなく、自身の調査報道の力量が問われていると思うのだが、決定的な特ダネも出てこない。
そのような時代に新聞記者のたたずまい、行動力の在り方を示唆する本が上梓された。著者は元読売新聞東京本社社長、会長、そして日本記者クラブ理事長まで務めた人である。いわば新聞記者として栄達を極めた人であり、普通はこのような本は書かない。が、著者には記者魂がまだくすぶっていたようだ。
書いてあることは、著者の手がけた事件の情報収集から原稿作成までの過程を振り返りながら、権力から情報を入手する際の行動規範、ありていに言えばニュースソースの秘匿であり取材手段のルールを踏みながら、真相に近づく有様を語っている。
静岡県清水市で発生した猟銃射殺事件(金嬉老事件)を皮切りに、東大紛争、ロッキード事件、外務省秘密電信漏えい事件など現場の取材体験をもとに新聞記者の活動の在り方を示唆している点で、記者教育の教材にもなるだろう。
著者は、記者時代の大半を司法記者として活動した。検察、裁判所など権力と立ち向かい権力の扉をこじ開けてネタを取ってくる記者魂が書かれているが、その行動を通じて権力側の人物との交流も語られている。つまり激越な取材活動の中にあっても、人間としての付き合い、信用度を築き上げなければ真相に近づくことはできないことを読み取ることができる。
有名事件の裏面史的な性格もあるので楽しく読んだ。
著者との偶然の出会い
本の紹介にと言ってカメラを向けたら、往時と変わらぬ精悍な顔つきになった滝鼻さん
この本を読み終える直前、所用があって日本記者クラブに行った。レストランで昼食を取っていたら、滝鼻さんが入ってきた。読売新聞社会部時代に同僚だった時期があった。と言っても滝鼻さんは花形の司法記者、筆者はサツ周り(警察回り)と警視庁記者クラブ、そしてぺいぺいの遊軍記者だった時代であり、ほどなく科学部へ転出した。
さっそく著者へのインタビューという気持ちで滝鼻さんから話を聞いたが、どうしても往時の思い出話に近い話題になってしまった。しかし長沼ナイキ訴訟控訴審、スモン訴訟や環境権訴訟など一連の公害・薬害事件など筆者も札幌の司法記者として担当した体験もあるので、共通する話題もあった。
そして小保方晴子氏のスタップ細胞をめぐる取材についても相当なる関心があったようで、関係者への取材を試みたが難航した「秘話」も聞かされ、滝鼻さんの行動力には脱帽した。
滝鼻さんがこの本を書くにあたり、日比谷図書館に通って自身の執筆した記事を探し当ててコピーにとって苦労した話を聞きながら、やはり滝鼻さんは「生涯一記者」になる人だと思った。本の紹介のおまけとして書いた。
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