自民党の知的財産戦略調査会の小委員会で陳述する
2016/03/09
3月8日、自民党本部で開催された知的財産戦略調査会(会長・保岡興治衆院議員)産業活性化に関する小委員会に呼ばれて、産学連携についての意見を陳述する機会があった。
筆者に対するテーマは、特にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生が1973年にメルク社と交わした産学連携の内容について、そのいきさつと内容を説明し、研究現場の参考にしようという目的である。準備していったレジメをもとに当時の契約の内容と、大村先生の研究哲学について説明した。
当日のレジメは次の通りである。
独自の契約で250億円の研究費を獲得した
大村智博士(2015年ノーベル生理学・医学賞受賞)の産学連携戦略
馬場錬成(特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長、元東京理科大学知財専門職大学院教授、元読売新聞論説委員)
大村方式(オオムラ・メソッド)が生まれた背景
大村智先生の研究哲学
- 大学の研究者は学術研究だけで満足するのでは社会貢献したことにならない。研究成果が世の中の役に立たなければ研究している価値がない。
- 学術的な研究成果を企業に提供して実用化に役立て、その代償として研究費を提供してもらう。
1971年 アメリカのウエスレーヤン大学に客員教授として留学。
1973年 帰国する際に、メルク社と交渉。
アメリカの「バイドール法」(大学で生まれた技術を企業に容易に移転する仕組みの法律)が成立したのは1980年。その7年前の1973年に大村先生は、いまでいう産学連携の仕組みを考え、アメリカのメルク社と契約を結んだ。
メルク社との契約要旨
1 北里研究所とメルク社は、動物に適合する抗生物質、酵素阻害剤、および汎用の抗生物質の研究・開発で協力関係を結ぶ。
2 北里研究所のスクリーニングおよび化学物質の研究に対し、メルク社は年間8万ドル(1ドル=360円、約2880万円)を向こう3年間支払う。
3 研究成果として出てきた特許案件は、メルク社が排他的に権利を保持し、二次的な特許権利についても保持する。
4 ただし、メルク社が特許を必要としなくなり北里研究所が必要とする場合は、メルク社はその権利を放棄する。
5 特許による製品販売が実現した場合は、正味の売上高に対し世界の一般的な特許ロイヤリティ・レートで、メルク社は北里研究所にロイヤリティを支払う。
この方式はアメリカの研究現場でも話題になり「オオムラ・メソッド」と呼ばれるようになる。
リスクを分け合った両者
メルク社のリスク
多額の研究助成金を出しても、何も成果が出ない可能性がある。
大村先生のリスク
研究成果に見るべきものがなければ、メルク社と世間の信用を失い、研究者としての生命がなくなる。
大村先生の頭を常に離れなかった言葉
- 「実学」(理論ではなく実践で成果をあげること。北里柴三郎の遺訓)
- 「人に役立つことをしなさい」(幼少のころ教育を受けた祖母の言葉)
大村先生は、研究過程で進路に迷ったとき、どっちへ向かった方がより人に役立つ研究になるかと考えるキーワードにしていた。
- 至誠天に通ず(孟子の言葉。努力をすれば必ず報われる)
- 一期一会(利休の教え。Tea ceremony の教えのOne encounter, one chanc。どのような出会いでも一生に一度の出会いと思って接してきた。微生物との出会いも同じことだ。「研究で特別なことをやったわけではない。茶道の教えを常に守り、研究を続けてきた」とノーベル賞記念講演でこれを語り、会場を揺るがすような万雷の拍手を浴び、世界中の科学者に感銘を与えた)
土壌1グラムの中には、1億個以上のバクテリアが生息している。
このバクテリアの産生する化学物質の中から創薬につながるものが必ずあるはずだ。
効率よくその化学物質を探索(スクリーニング)する研究体制を構築しよう。
- 微生物の分離・培養・育種・保存
- 化合物の分離・精製・構造決定・活性評価
- 有機合成・化学修飾
この3つの研究グループを作り、チームワークで効率よく探索する体制を作った。このようにチームを組んで1つの目的を追求するのは日本人に向いている。
日本全国から土壌を採取。年間2000種以上のバクテリアの菌株を分離し、バクテリアの産生する有用な化学物質を探した。
大村先生の研究成果
バクテリアの産生する化学物質 400種以上を抽出
有用な化学物質 32種類を分離
ノーベル賞に結びついたオンコセルカ症(河川盲目症)の特効薬につながったイベルメクチンもその1つ。静岡県伊東市川奈のゴルフ場付近から採取した土壌に生息していたバクテリアが産生していた。
このほかにもセルレニン(脂質阻害剤)、ラクタシスチン(タンパク質分解の特異的な阻害剤)、スタウロスポリン(リン酸化酵素の阻害剤、抗がん剤の開発などで利用)など、世界中の研究室で使われている試薬を多数発見した。
大村先生は、ノーベル化学賞を再び受賞するチャンスがあるだろう。
大村先生の研究勘
- 人間の抗生物質の研究では勝ち目が薄い。動物抗生物質なら未開拓だ。
動物に効く薬剤を開発すれば、必ず人間にも効くはずだ。
- ロイヤルティにこだわる
メルク社は、エバーメクチンが家畜動物に効くことを確認した後、特許を一括3億円で買いたいと提案。大村先生は乗らなかった。
- メルク社からだけで総額215億円。その他の企業から35億円のロイヤルティを獲得
使い道:研究資金、奨学資金。埼玉県北本市に北里大学メディカルセンター病院を建設。韮崎大村美術館建設。山梨科学アカデミーの創設。
ノーベル賞の賞金からすでに東京理科大学、山梨大学に各1千万円を寄付。
大村先生の研究人生から得られた教訓
- 研究費を獲得するには、リスクを背負う覚悟が必要。本気度の勝負だ。
- リスクを背負うとは失敗を恐れない。失敗の先には必ず成果が待っている。
- 企業が何を要求しているかを正確に見定める。
- 企業の先にいる消費者、国民が何を求めているかを常に見ている。
- 研究を経営するとは、人材を育てることだ。やる気のある人を引き上げる。
高卒の研究補助員を認めて博士学位を取らせ、最後は教授、学会会長になる。(高橋洋子先生の例)
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これまでの取材体験、東大TLO社長・山本貴史氏からの取材から得られた産学連携推進戦略に関する若干の提言
- 地域イノベーション戦略で産学の役割が「地域輿し」にとどまっているテーマがある。地域輿しの産学連携と真のイノベーション振興の産学連携とは違うので峻別して政府は支援するべき。
- 産学連携の評価基準は①共同研究、②受託研究、③ライセンス件数、④ロイヤルティ金額、⑤ベンチャーの起業数などを重視するべき。従来は、組織の在り方、特許出願件数、論文数、全体の売上額などになっている。
- エンジェル税制の拡充(法人適用)
企業が、ベンチャー投資した額に対して税金の控除枠(例えば5億円を上限)を設定する。一時的な減税ではあるが、投資を受けたベンチャーが成功すれば結果として税収は増える可能性がある。(山本貴史氏の提言)
- 技術移転、産学連携を先導する人材の育成が急務。
世界に認められる技術移転のプロの養成が急務。RTTP(Registered Technology Transfer Professional)という技術移転プロの認定制度も生まれており、日本は乗り遅れてはならない。従来の日本は、企業や大学や行政のOB,OGが多い。年配者が支配。若い専門職を育てる必要がある。
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