09 一人一票実現運動

許しがたい「違憲状態」という保身判決  

  先の参院選岡山選挙区は、著しい一票の格差があるので「違憲、選挙無効」を訴えていた升永英俊、久保利英明、伊藤真弁護士を代理人とする一人一票実現運動訴訟に対し、広島高裁岡山支部は「違憲状態」にあるとしながらも選挙は有効という判決を出した。

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 「違憲」と言い切らずに「状態」という適当な語彙を付け加えた「違憲状態」という判決は、過去にも最高裁で出ているが、これはごまかしである。司法がここまで腐敗してきた証拠であり、文言で適当にごまかして逃げる「保身」の象徴的判決である。

 今回の判決直後、原告の弁護団が「保身判決」という旗を掲げたが、その通りである。戦後、廃墟と化した国家からはい上がり、高度経済成長を実現して先進国の一角にようやく食い込み、バブル経済を経てこの20年間、成長なき衰退する国家へと推移してきた。

 高齢化社会、少子化社会が拍車をかけたことは事実だが、十分に予想されたこのような国家の趨勢に対応できるだけの国の施策を実現できなかった国家のリーダーは、ぼんくらだったということだ。それだけの責任を担っていたはずだが、名誉と報酬を得ただけで役割を全うできなかった。

三権分離が機能していない日本の国家体制

 日本の国家体制は、立法・行政・司法の三権分立の中で民主国家が形成されるとされてきた。中学校の社会科ではそのように教えてもらった。しかし日本には三権分立は事実上ない。司法は、立法府と行政府に隷属された機関に成り下がっているからだ。40年近く新聞記者をしていたので、司法判断は常に取材テーマの中に存在していた。

 しかし様々な取材をしているうち、裁判所の判決ほどわからないものはないという確信を持つようになった。日本社会で最高のエリート集団とされる司法がこの体たらくでは、国家も国民も浮かばれない。なぜそうなったのか。

 たとえば憲法第76条第3項を読めば明らかだ。

憲法第76条第3項=すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

  ひとつつの職業の役割を憲法で規定し保障しているものは裁判官だけである。それだけ特異で強い権限を保障されているのである。国家のエリートという位置づけである。しかし現実にはこの権利は行使されずに裁判官の個人的な生き方で適当に行使されている。

 一人一票実現運動を展開する原告団が、判決直後に旗で示した「保身判決」とは、裁判官が本来行使すべき正義とはかけ離れた個人的な事情で出した判決だという意味だろう。日本の裁判所も裁判官も正義とはかけ離れた特殊な権力機関に成り下がっているのである。

司法権力の象徴として屹立する最高裁判所

 日本の行政訴訟の原告勝訴率が1割そこそこという数字が、国民感覚とはかけ離れた司法判断がまかり通っている現実を明確に示している。行政にはほぼ絶対に勝てないという意識を国民に植え付けたのが司法である。

 知財関係の訴訟でも、まず原告は勝てない。大企業優先思想、ことなかれ判断が蔓延しているような印象を与え、事の本質をうやむやにする和解が多いのも事実だ。

 今日の政治の劣化、行政の劣化、メディアの劣化に拍車をかけてきたのが司法判断だろう。司法が毅然とした正義の味方、というよりも憲法第76条第3項で規定していることをそのまま実行しているなら、日本はもっとまともでましな国家になっていたはずだ。それを台無しにしてきたのは司法の責任である。

 司法が正義にのっとり毅然とした態度で判断をし、判決を積み上げてきたなら、立法も行政も緊張感が高まり、結果的に矜持ある国家になっていたはずだ。同時に司法判断は国民に多大な影響を与え、民主主義国家を意識する国民へと誘導しただろう。

 エリート裁判官として務め上げ、いま大学に転じて司法の問題点を赤裸々に告発している瀬木比呂志・明治大学教授は、間もなく刊行する「黒い巨頭 最高裁判所」(講談社)で、司法・最高裁のインチキぶりを小説という形で世に告発するという。

「黒い巨頭 最高裁判所」の予告編はこちらのサイトにあります。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49800

 司法の巨塔として屹立する最高裁だが、その内実は保身の固まりとして出来上がった巨大な黒い機関であることを瀬木教授の小説は語っている。

 一票の格差訴訟の「違憲状態」判決は、現在の司法の暗部と実態を象徴的に表現した「名判決」である。


自己保身のため法理より詭弁を優先させる最高裁判事  朝日新聞に掲載された意見広告で明解に解説

  2015年8月6日、朝日新聞朝刊に掲載された一人一票実現国民会議の意見広告は、「違憲状態」という法理にない言葉を使い、選挙は合憲という詭弁を弄している病根を明解に解説しています。

 升永英俊、久保利英明、伊藤真の3弁護士(文責)によると、「選挙は違憲状態。しかし選挙は合憲」という判決は、詭弁以外のなにものでもないとしています。法律家でない私たち一般国民にとっても、こんなに人をバカにした言い方はないと感じています。

 ここでの主張は、憲法56条第2項、憲法1条、憲法前文第1文前段によって、憲法は人口比例選挙を要請しています。民主主義の根幹は多数決で物事を決するものです。国民主権は国会議員に託していますが、その国会議員は正当に選出されていないので、現在は少数の有権者選んだ多数の国会議員が多数決の原理で物事を決めています。

 つまり少数の議員の思惑で国を治めているものであり、およそ民主主義国家とは程遠い状況になっています。そのことが分かっている最高裁の多くの判事は「違憲状態」という詭弁で逃げを打ち、結果的に国民を愚弄しているのです。

 なぜそのような愚弄が生じたのか。意見広告の主張は、最高裁の判事の指名の仕組みが違憲という行為の中で昭和21年から既得権化してきたものであり、その既得権を失うことを回避するために詭弁判決になっているというものです。

 最高裁は、意見広告の主張する法理に対し、合理的に反論し「違憲状態でも選挙は合憲」と言いくるめることは不可能でしょう。正義にしたがって「違憲、選挙は無効」と言い渡し、人口比例選挙の選挙区割で正当な選挙をすれば、初めて日本は民主国家を確立したことになります。

 意見広告では、選挙無効と判決すると、社会的混乱が生じるのではないかとの危惧に対する否定論を実に簡潔に説明しています。混乱などするわけがないというのは筆者の私も同感です。

 いま私たち国民が取るべき行動は、一人一票実現のために世論を喚起することです。小学生が聞いても詭弁だと思うに違いない最高裁判決は直ちに廃棄し、来たるべき一人一票実現運動の最高裁判決では毅然として「違憲、選挙無効」と言い渡したなら、日本国民はどれだけ目覚め、自覚と勇気を持ち、国家作りに真摯に取り組もうとするでしょう。

 最高裁判事の英断を期待しています。

 

 

 

 

 


立憲国家を否定する政権は「独裁亡国」国家である

国民主権を無視する政権運営は国家ではない

 日本経済、読売、毎日、朝日新聞、NHKの各世論調査で、「安保法案の今国会成立に反対」「国会審議は不十分」が圧倒的多数になっているのに、それを無視して法案を衆院で可決しようとしています。
 世論調査は、どの報道機関もランダムサンプリング理論に基づいて、偏りのない調査相手を選ぶようにしており、調査結果は国民の総意の反映と言って間違いありません。
 その証拠の一つに、選挙前の世論調査結果と選挙の結果はかなり高い相関関係になっていることがあげられます。
 そのような重要な国民の意向にお構いなしに、時の政治権力と議員の思惑だけで勝手に民意を無視して議員多数決で法案を成立させようとすることは、国民主権を無視したもので、もはや国家ではありません。
 歴史に残る暴挙と思います。

 

 世論調査にみる国民の総意

 上の二つの表は、日本を代表するメディアの世論調査の結果です。これを見れば一目瞭然、安保法案は憲法違反であり、今国会での成立に反対する意見が圧倒的多数を占めています。世論調査で 60パーセント以上の支持を集めることは圧倒的支持と言っていいでしょう。

 このように世論調査に示された国民の総意を無視して、国会議員、政府与党は多数決で可決成立させようとしています。これは憲法で保障している国民主権を無視したものであり、到底許されません。

 政治家は、世論調査結果が有権者の意向を反映していることをよく知っています。選挙のときの事前調査の支持率は、非常に重要視しており、過敏なほどに反応しています。それは、過去の選挙での事前の調査結果と選挙結果が高い相関関係で出ているからです。

 したがって、今回のメディアの世論調査結果に対しても、政権与党は民意を反映していることを十分に承知していることは間違いないでしょう。都合のいいときだけ世論調査結果を参考にしたり利用し、都合の悪いときには無視するその態度は、幼児性の成熟しない政治手法であり、民主主義国家とは程遠い政権運営と言わざるを得ません。

 


国民の考えと大きく違う安倍政権の安保法制化と国会運営

 読売新聞の世論調査でも惨憺たる数字

読売新聞世論調査

 上の表は、2015年7月6日付け、読売新聞に掲載された世論調査の結果を表にしたものである。この数字は、先に掲載された日本経済新聞の世論調査結果とほぼ同じである。

 この2つの世論調査によって、いま国会で論議されている安保関連法案対する国民の考えがはっきりと出ており、安倍政権が目指すものとは大きな違いがある。

 自民党・公明党の政権与党は、大幅な国会延長を決め、安保法制を何が何でも国会で成立させようとしている。一方で国民は、安保法制に反対であり、政府の説明は不十分であり、この国会で成立することにも反対だ。

 日本は国民主権であり国会議員は、正当な選挙で当選した代議員であるはずだ。しかし現行選挙制度は、少数の国民が過半数の議員を選出するようになっており、正当な代議員制度にはなっていない。

 憲法は、一人一票、つまり人口比例選挙を要請しており、今の選挙制度は「違憲状態」と最高裁は判決している。

 世論調査は、国民の声を凝縮した形で出ている数字であり、国会の議員は少数有権者が過半数議員を選出したいびつな選挙区で選出された人々である。国民総意ともいうべき世論調査結果と国会議員の思惑は、当然違うものになる。

 憲法は国民主権であるとしているが、現行の日本は議員主権になっている。メディアの報道が議員たちの思惑と違うものであったり、反対するものがあれば「懲らしめたやる」と吠えている政治家である。

 このような政治家を選出する有権者にも大いなる責任がある。日本は、立憲国家として真の民主主義を確立し、国民主権国家を実現しなければ、いつまでたっても後発国、途上国スタイルの国家運営から脱却できないだろう。

 そこから抜け出るのは、国民の自覚にかかっている。

 

 

 

 

 

 



正当性のない政治家が世論を無視する異常な政権与党

日経世論調査結果

 この表は、2015年6月29日付け、日本経済新聞の世論調査結果の報道である。

 いま国会で緊張状態になっている安保関連法案に関する国民の考えは、採決を強行しようとする政権与党の考えを真っ向から否定している数字が並んでいる。筆者は長年、読売新聞記者をしてきたが、世論調査でこんな数字が並んだことは見たことがない。

 しかもこれらの法制は憲法違反の中で進んでいることは、歴代の法制局長官が表明している。東京新聞の報道が次のサイトで閲覧できる。

 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015062002000118.html

  それではなぜ、この法案の成立に気が狂ったように熱心なのか。いま何か日本にとってどうしても必要な法案として迫られている事情があるのか。誰に聞いても「ない」という回答だ。それは、この世論調査結果の数字によく出ている。緊迫した状況があれば、数字は違うものになる。

 いまの政治家、政権に与えられているテーマは、経済回復、産業競争力、知財強化制度の取り組み、少子化対策、科学技術創造立国の取り組み、教育制度の課題解決など身近な問題が山積している。それらのテーマに必死に取り組まないで、なぜ緊迫していない安全保障法制に血道をあげているのか。

 同じ日経新聞の世論調査で、景気回復を「実感せず」という回答が75パーセントを占めている。これは絶望的な数字であり、これを受けて政治は必死に対応策に取り組むべきである。

 安保法制は、安倍晋三氏の個人的な思い入れを実現しようとする思惑にあるに違いないといういくつもの証拠が出ている。憲法改正の発言もよく聞くが、憲法問題を言うなら最高裁が「違憲状態」と判決している選挙制度を真っ先に解決して、日本に真の民主主義を導入し、正当な選挙による多数決で政策を目指すべきである。

 安倍氏は、若い人たちとの討論の場で「はっきりいってみっともない憲法だ」と明言している。当時の連合国から押し付けられた憲法という主張である。しかし現憲法を読むと国民主権の民主国家であるべき条文であり、不戦の誓いが条文として明確に出ているのは世界で例がない憲法である。これこそ日本国家の真髄であり誇るべきであって否定することはない。

 それを都合の悪いことには取り組まず、喫緊の国民的な仮題にも取り組まず、個人的な政治的思惑を最優先させて必死の形相で強行しようとしている。

 自民党、公明党の政権与党の大半の議員も情けない。安倍氏の歓心を買うように、自分たちに都合の悪い報道をする「メディアは懲らしめる」という発言が出ている。都合の悪いものには強権力で押さえつけようとする発想は政治家ではなく幼児の発想である。

 憲法で要請されているのは、一人一票実現による正当な国会議員であり、国民主権である。そのような根本的な問題を解決しないで政治ごっこをやっている場合ではない。政権をチェックするメディアの生ぬるい報道はどうしたことか。これにも大いなる責任がある。筆者から見てまともなのは、東京新聞、講談社などいくつかのメディアだけである。

 このような政権運営とメディアの態度を許すわけにいかない。一人一票実現運動を主導する升永英俊弁護士の言う市民になって断固として闘うよりない。

 

 

 


一人一票実現運動の記録

最高裁の「夜郎自大」法理に立ちはだかった升永理論

 夜郎自大=自分の力量を知らずにいばること。また、そのさま。(大辞泉)

 画期的な主張を盛り込んだ準備書面

一人一票実現運動を展開している弁護士グループは、先の衆院総選挙は憲法違反で選挙は無効として全国の8高裁、6高裁支部に提訴しているが、この訴訟のリーダーになっている升永英俊弁護士らは1月16日、全高等裁裁判所に第2準備書面を提出した。

その準備書面を読み、升永弁護士の新発見に接して感動した。

一人一票実現訴訟では、これまで50個の高裁判決と4個の最高裁大法廷判決が出ている。その結果は、広島高裁岡山支部の片野悟好裁判長の2つの判決(平成23年3月26日、平成25年11月28日)以外、ことごとく「主権者の多数意見」及び憲法56条2項の出席議員の「多数決」のいずれについても言及することなく、「憲法はできる限り人口比例選挙を要求している」旨の結論を導いている。

つまり肝心かなめの法理を回避したことを次の理由によって喝破したのである。

国民主権をうたった憲法の定めと、憲法第56条2項(両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。)を回避した判断をしたのである。

これは、民主主義の根幹であるの「国民主権による多数決の議会」、「国民主権による多数決の原理」という法理を故意に避けて、国家の権力構造の歯車の中で「さじ加減」の判決文を書いていたことを明確に指摘したものだ。

「結論先にありき」の判決法理

最高裁判決と、最高裁の「判例」という縛りを意識した高裁判決は、大半が「違憲状態であるが選挙は有効」とする判決を出した。これを事情判決とも言っているが、国民主権の立場から言うとまったく意味がない。

司法判断の本音を最高裁に代わって言えば、次のようになるだろう。 「政権与党及び全国会議員の皆さん、選挙は憲法違反ですよ。しかし諸般の事情を考えて選挙は有効としますからできるだけ早く選挙制度の改定をお願いします」 事情判決は、この結論をまず先に出し、それに沿うようにレトリックを駆使して書き連ねた「作文」でしかない。

事情判決についての「法理」はあるが、ここでは意味がないから深入りしない。 升永弁護士はしかし、この「法理」についても鋭く切り込んで、無意味な法理であることの論拠をあげて主張している。

簡単に言えば、文字通りなにがしかの事情があるから法理を曲げても構わないとする誠に都合のいい「法理」である。この「法理」に従えば、憲法などあってもなくてもいいことになる。 日本は法治国家を標榜しているが、「事情判決」によって都合よく法理を捻じ曲げることができるのであるから「法治国家を装っている国家」に過ぎない。

規範を放棄した裁判官

  最高裁を頂点とする日本の司法権は、憲法に基づいた法理で司法権力を護り行使しているのではない。時の政治権力に配慮し自らの身分と立場を護るために国民主権をもないがしろにしている司法権の行使であると言わざるを得ない。

その理由を、升永弁護士は発見した。その法理に従えば、憲法第99条に明確に違反しているということである 憲法第99条=天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

升永理論は、参院選の選挙無効の訴えを裁いた昭和51年の最高裁大法廷判決の法理をはじめ、その後の最高裁大法廷や高裁判決は、ことごとく憲法98条1項(この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。)に違反を承知していながら、憲法99条(天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。)の規範を忠実に行使していないことになるという。

これは明らかに裁判官の憲法違反である。

憲法第99条それ自体が憲法の規範である

升永弁護士は、憲法第99条は憲法そのものの規範であることを発見した。裁判官は、憲法第99条に書いてある規範によって、憲法前文から始まる憲法の103条までの合計104個の条規のすべての規範を尊重して擁護する義務を負っていると主張した。

立憲国家が憲法を護らないならば、それは国家ではない。司法権は三権分立の中の一方の権力を行使する権力機関でありながら、政治権力におもねるさじ加減の判断を出すなら、法治国家は崩れることになる。

戦後、日本は社会発展の過程の中で多くの行政訴訟を抱え、多くの司法判断にすがってきた。しかし社会の弱者の最後のよりどころとした裁判所は、法理や事実認定をも捻じ曲げて多くのさじ加減判決と権力におもねる判決を書いてきたことは間違いない。

筆者は新聞記者として多くの裁判事件を見て、その理不尽さを感じたことが少なくなかった。 日本の司法が三権の一方を標榜するならば、憲法を遵守した民主国家の司法を構築しなければならない。

最高裁は、憲法と法理にしたがって国民主権を確立する権利を持っていながら、政治判断に堕落したままにある。 現行の最高裁が変わらなければ、日本の国家の衰退に拍車をかける役割になるだろう。

 

 違憲・違憲状態を連発する高裁判決

 違憲・違憲状態を連発する高裁判決

 先の参院選は違憲であり選挙無効であると提訴されていた事件の判決が、12月16日に名古屋高裁金沢支部と高松高裁で言い渡されました。 
 それぞれ「違憲状態」であり、投票価値の不平等を明確に認める判決でした。

 これまで3つの高裁判決は次の通りです。
広島高裁・岡山支部 11月28日(木) 違憲・選挙無効
名古屋高裁・金沢支部12月16日(月) 違憲状態・投票価値の著しい不平等
高松高裁 12月16日(月) 違憲状態・投票価値の不平等が顕著

「違憲状態」としながらも、先の最高裁判決を踏襲して、国会での裁量期間を認めたものです。しかしその国会では、投票価値平等へ取り組む具体的な動きは見えず、違憲状態で選ばれた国会議員が、次々と立法行為をしていることは紛れもなく議員主権です。

 升永英俊弁護士が「発見」した憲法前文、憲法第1条、憲法第56条2項による人口比例選挙こそ憲法の要請であるとする法理は、依然として放置されています。

 しかしこの法理は、いずれ認めざるを得ないものです。時間がかかっても必ず、それが認められるでしょう。決定まで時間を要する日本の司法・立法・行政に歯止めをかけないと世界の潮流に遅れることになります。

 日本は多くのことで、当たり前のことを決定するのに時間を要します。最後は結局、その当たり前を認めることになるのですが、それまで空転して損害を受けたものへの責任はいつも誰もとりません。
 判断する時間を要するのではなく、単に「休むに似た時間の空費」と言わざるを得ません。

 参院選の選挙無効を訴えた事件の高裁判決は、これからも11高裁で言い渡しがあります。
 いずれも違憲もしくは違憲状態という判決でしょう。それでもなお、まだ長い「休むに似た時間の空費」が続くのです。

 

国民主権をおき去りにし「法の番人」を放棄した最高裁

 一人一票実現訴訟に対する11月20日の最高大法廷の判決は、国民主権をおき去りし「法の番人」としての権力を自ら放棄した歴史に残る判決でした。

 日本国憲法は、国民主権と自由を保障する三権分立の原則に立って条文を定めています。立法(国会)、行政(内閣)、司法(裁判所)の3つの独立した国家機関が三角形の3つの頂点に位置し、その三角形の内側の中心に国民主権が位置しているものです。

 この3つの権力が相互に牽制し合い、バランスを保つことで権力の濫用を防止して国民主権を実現するように憲法は定めてあります。ところが今回の最高裁判決は、憲法の条文を根拠に主張している原告側の提示には一言も判断せず、国会の思惑に迎合しながら法理とは無関係の裁量判断をしたものでした。

 最高裁は、法の番人とも標榜されてきました。 法の番人とは英訳すると「Keeper of the Constitution」と表記されるように、「憲法の番人」とされているのです。違憲立法審査権を持っている唯一の機関であり、国民にとっては立法府や行政府のチェック機能を持っている機関としてその役割を期待してきました。

 憲法第81条=最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する最終裁判所である。

 憲法第76条3項=すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

 この2つの憲法の条文を読めば明らかなように、最高裁には「サジ加減」や「裁量」などの役割はなく、「憲法に適合するかしないか」の事実関係を「裁判官の良心に従い、独立して職権を行う」ことが義務付けられているのです。

 しかし今回の判決では、原告側が国会議員を選出する1票の格差は法のもとの平等に違反しているとして憲法の条文を根拠に訴えているにも関わらず、法理による論拠を示しませんでした。そればかりか、国会が明らかに課題先送りの拙速法案として成立させた「0増5減」は一定の前進であり、「合理的期間内に是正されなかったとは言えない」などという判断で選挙無効をしりぞけたのは裁量判断の何ものでもありませんでした。

 ただ、裁判官の個別意見で4人が明確に「違憲」だと判示したことは、画期的でした。鬼丸かおる、大谷剛彦、大橋正春、木内道祥裁判官です。この4人の裁判官は、それぞれの理由で「違憲」とする意見を述べたものであり、憲法で定める投票価値の平等や違憲状態を放置してきた国会の責務を厳しく指摘しました。

 今回の判決は、14人の裁判官の多数決で「違憲状態」としながらも「選挙は有効」とする裁量判断を出したものでした。つまり14人の裁判官は一人一票としてカウントされた多数決で、一人一票になっていない選挙区割りの是非を判断するというまことにおかしな裁判を行ったことになります。

 14人の裁判官それぞれに、たとえば住所差別で0.5票にしたり、0.8票にしたり、1票にしてカウントすれば、多数意見と少数意見の比重が変わり、また違った主文になったかもしれません。 一人一票になっていない理屈に合わない国政選挙は不当だと訴えている訴訟に対し、一人一票を厳然と守っている裁判官の合議体によって判決されたのです。

 今回のように「サジ加減」や「裁量」による裁判をすることは、司法が自ら矜持、つまり権力者としての誇りを放棄したものであり、立法府の「従僕」に成り下がったとしか思えません。裁判官の任命権や最高裁長官の指名権が、司法の独立した権力よりも上回ったと言うことでしょうか。

 裁判官の知性を失った判決のように筆者には思えました。

 

政治家を喜ばせた最高裁の「一人一票実現訴訟」の判決

 最高裁の判決は肩透かしだった。主文を読み上げる竹崎博允・最高裁長官の声が、見上げる天井を貫いた大空間にむなしく響き渡った。ペンを握って固唾をのんでいた筆者は、一瞬、呆然となった。

 11月20日午後3時から開かれた最高裁大法廷は、昨年暮れの衆議院選挙は違憲であり選挙無効とする訴えに対し、「違憲状態であった」と認めておきながら、法の下の平等に違反していないとする、理解しがたい判決内容だった。

 主文は「・・・憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものであるが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、これらの規定が憲法第14条1項(筆者注:国民は法の下の平等である)等の憲法の規定に違反するものということはできない」と言い渡した。

 この意味が分かる人はほとんどいないのではないか。つまり「合理的期間内に是正・・・」と言っているが、この「合理的期間」とは誰が決めるのか。まさか裁判所が決めるものではないだろう。まして 政治家が決めるものでもないだろう。じゃあ、誰が決めるのだろうか。

 原告弁護士グループを主導する升永英俊弁護士らは、憲法の条文に基づいた法理を構築し、その法理に基づいた弁論を展開した。原告側が主張した法理は、憲法前文、憲法第1条、憲法第56条2項を根拠に、「憲法は人口比例選挙を要請している」ことを明確に示した。 小学生でも分かるような明快な法理を展開した。

 ところが最高裁は、この法理に対する判断は一言もなく、筆者には理解できない法理と文言で「現行選挙制度は憲法違反だが、当選した国会議員は憲法違反とは言えない」としか解釈のしようがない、不思議な判決を言い渡した。このようないい加減な司法判断をする国に生まれ、生きて活動してきたことを心から無念に思う。

 これは間違いないく、自分たちの立場に都合のいい「裁量判決」でお茶を濁したものであり、課題を先送りをしてきた政治家が最も喜ぶ判決であった。三権分立を標榜する日本国家の限界を示した司法判断であり、このような対応をする限り、日本が真の民主主義国家を実現することは道遠しであると感じた。

 

 
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写真撮影を禁止されている最高裁大法廷は、抽選であたった人の傍聴券だけが存在意義があるようだ。この傍聴券を後生大事に保管せよという当局側の言い分がこの紙片ににじみ出ている。

「発見」という概念を法学に持ち込んだ「升永法理」

 最高裁大法廷はどのように判断するのか

 11月20日に行われる「衆院選の違憲・選挙無効」に対する最高裁大法廷の判決は、国民主権について司法がどのような判断をするか真価が問われているものだ。先に実施された衆院議員選挙が、国民主権、法のもとの平等であったのかどうか、これを真っ向から判断するのか回避するのか、はたまた肩透かし判決で収束しようとするのか。

 日本の現行選挙制度は、日本全体の過半数に満たない有権者が過半数を超える議員を選出するようになっている。国民の声を代弁するような制度ではなく、単に行政区域で選挙区割りをしたものであり、投票価値という観点から見ると、まったくのデタラメな選挙区になっている。

 日本の国会議員は、戦後営々と選挙区の代表者という役割を期待されることが多く、政治家も地元への利益誘導政策に動くことを最大の目的にしてきた。あるいは、選挙の支持母体を考えた業界団体代表という役割で政治活動を行ってきた。

 しかし、IT産業革命のように高度・専門的な技術革新がグローバルに起こり、情報を共有できる時代になったとき、政治でも経済でも社会的にも迅速な対応をしなければ競争力を失ってしまう。旧態依然の政治活動では世界のなかで取り残されていく。国民の意識も能力も成熟した時代になっているときに、政治の場に国民の意思が的確に反映されなければ日本全体が地盤沈下を起こすだろう。

 そのような時代認識を捉えて最高裁がこの訴訟の判断をしなければ、日本は後発国へと後退していくだろう。

 法学に「発見」の概念を持ち込んだ「升永法理」

 今回の上告審の原告弁護士のリーダーになっている升永英俊弁護士は、原告の弁論の中で「人口比例選挙を憲法が要請していることを発見」したとしている。

 法律の条文という文言や言葉による主張を根拠に、すべてを決着しようとしている法律の世界に、自然科学の発見という概念を持ち込んだ点でかつてない法理である。「升永法理」の根拠は、きわめて簡潔明快である。憲法で保障されている次の4つの条文から「発見」を導き出している。

 ① 憲法前文の第1文冒頭=日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・

 ② 憲法前文第1文の後段=・・主権が国民に存することを宣言し・・・・

 ③ 憲法第1条の後段=・・・主権の存する日本国民・・

 ④ 憲法第56条第2項=両議院の議事は・・・出席議員の過半数でこれを決し・・

 この4つの憲法の条文は、①主権は国民にあること、②国会議員は国民の代表者であること、③その代表者を通じて国民は行動すること、④議事は過半数で決することーを明確に定めている。

 司法判断もレトリックではなく真理の発見が決め手になる

  法律の世界は、文言が支配している。法律の世界は全て、過去の「調べものの学問」であるように見える。過去に起こった事象を文言によって論証し、それを幾重にも積み重ねて論拠を求めている学問である。このような分野に「真理の発見」などという概念を持ち込むと相当なるアレルギーを起こすことは間違いないだろう。

 法律の世界はレトリックの世界でもある。レトリックとは「修辞法」とも訳されているが、平たく言えば「言語表現の技術」ということだろう。法廷で争われる民事裁判は、「レトリック勝負」でもある。筆者が研究している知的財産権をめぐる訴訟でも、技術的な真理ではなくレトリックを駆使して相手を「言い負かした」方が勝つことが珍しくない。 現実はそれで勝敗が決着している。

 「発見」とは覆い隠していたことを白日にさらすことだ

 世界大百科事典の解説によると 「発見」とは、英語ではdiscoverフランス語ではdecouvre,ドイツ語ではentdeckenと表記することからきているという。この語源は、英語で分かるように、「覆い隠している覆いを取り除いた」という考えからきているものだ。

 そこに存在していた事実や法則は客観的に実在しているものだが、その実在を覆い隠していたものを除去して白日の天下にさらしたものを発見とするとしている。

 この解説に従えば、日本国憲法で保障していた人口比例選挙を、升永英俊弁護士は4つの憲法条文によって覆いを取り除き白日の天下にさらしてくれたものであり、まさに発見である。日本国憲法が公布された昭和21年(1946年)11月3日からこれまで、誰もこの「隠された覆い」を取り除いてこなかった。

 そのような事実に照らせば、11月20日の最高裁大法廷の判決がこの発見を認めた判決を出すのかどうか、日本の司法判断、強いては法学の世界観に革命をもたらすものかどうか真価が問われていることになる。

 

一人一票実現運動訴訟の東京高裁弁論

 69年間、誰ひとり気が付かなかった法理  

 先に実施された参院選は「憲法違反であり無効である」と提訴している訴訟の口頭弁論が、2013年10月28日に東京高裁で開かれました。

 原告代理人の升永英俊弁護士らは、日本国憲法は明確に「人口比例選挙を保証している」との法理を簡潔に述べて弁論は終了しました。判決言い渡しは、12月20日午後2時からとなりました。

 弁論の中で升永弁護士は、要旨次のように主張しました。「憲法前文、憲法第56条第2項によれば、日本国憲法は、国民主権と人口比例選挙を保証しているものであり、その法理に過去69年間、誰も気が付かなかった。我々はその法理を発見したものであり、最高裁で審理をしてこの法理が正しいのかどうか結論を出すことを求めている」

  憲法前文=日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。 憲法第56条2項=両議院の議事は、この憲法の特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところとなる。 

 この憲法前文と条文から人口比例に従って代議員(国会議員)を選出し、その代議員を通じて国民主権を行使することになるが、現状の日本はそうはなっていない。

 久保利英明弁護士は、多数の有権者が少数の議員しか選出できない現行選挙制度の不条理を訴え、伊藤真弁護士は、国会議員があたかも主権者のごとくふるまっているが、この裁判は国民が主権者であることを取り戻す裁判であると訴えました。 

 先の国会で「0増5減の選挙区割り改定案」を成立させ、一票の格差を2倍未満にし、これであたかも違憲状態を解消したかのような対応策を立法府は取りましたが、これは小手先の対応策であり人口比例とはほど遠いものでした。 

 「1票の格差」が最大2・43倍だった昨年12月の衆院選の選挙無効(やり直し)を求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は11月20日に判決を言い渡します。

 「違憲、選挙は無効」という歴史的判断を示すと筆者は確信しています。 

 

 
口頭弁論後に司法記者クラブでの会見

国側の詭弁に失望した最高裁大法廷の弁論

 最高裁大法廷で「国会の経過説明」に終始した国側の弁論

  昨年12月の衆院選の定数配分は憲法違反だとして、升永英俊弁護士ら弁護士グループが選挙の無効を求めた訴訟の上告審弁論が、2013年10月23日、最高裁大法廷(竹崎博允・最高裁長官)で開かれました。

 筆者は、原告・被告の弁論を聞くために最高裁大法廷弁論の傍聴に行きました。写真はその傍聴券です。

 

 原告側の升永英俊、久保利英明、伊藤真弁護士の弁論は、約1時間にわたって日本国憲法の前文、憲法第47条、憲法第56条第2項、昭和51年最高裁大法廷判決、昭和60年最高裁大法廷判決などをもとに、国民主権の在り方を主張し、法理と条理を尽くして「人口比例選挙」のあるべき姿を主張した弁論でした。

 これに対し国側は、憲法判断や国民主権については一切触れず、たった7分程度の陳述で国会の動きを時系列で解説し、「憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったわけではない」などと語って、憲法違反にあたらないと主張しました。

 これは明らかに詭弁です。原告の主張に対し真正面から反論しないで、まるで議員たちがやってきた手法をそのまま正当化したような言い分であり、「成り立たない法理」の主張と思いました。国側の主張を聴いて、「この程度の国だったのか」と情けない気持ちでした。

  この日の弁論で印象の残ったのは、升永弁護士が語った「フェルマーの定理」を引合いに出した主張でした。「フェルマーの定理」とは、数学の世界で長年証明ができなかった定理ですが、360年後にアンドリュー・ワイルズによってこの定理は完全に証明されました。

 この歴史的事例を引合いに出し、升永弁護士たちが「発見」した「人口比例選挙」の法理が、法の世界で「発見」にあたるものかどうか最高裁で判断してもらいたいという主張でした。数学界の革命的事件であった「フェルマーの定理」を引合いに出して主張した最高裁大法廷の弁論は、歴史上初めてです。

  いま、私たちが生きているこの時代は、IT(情報科学)産業革命の時代であり、政治・経済の仕組みはもとより、産業現場も、社会制度も、ものごとの価値観も、犯罪も、すべて変わろうとしています。このような時代を明確に認識し、国の仕組みも社会の制度も世の中の価値観も国民自らの手で変革していかなければ、私たちのこの国は未来永劫、浮かばれないでしょう。

 その歯止めをかける橋頭堡は、第一に私たちの行動にあるのですが、同時に司法の判断もまた大きな第一歩になることを実感しながら、あの巨大な最高裁の建物を見上げました。  

 

憲法第98条1項の法理を明解に示した意見広告

 2013年9月7日付け朝日新聞朝刊の3面ぶち抜き意見広告は、憲法第98条1項の法理を小学生でもわかる論法で解説した歴史的な意見広告だった。

  憲法第98条1項=この憲法は、国の最高法規であって、その条項に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 この憲法の条文をみても明らかなように、違憲状態で「当選」した国会議員は、立法に関与する資格のない人である。そのよってきたる法理を諄々と説いて示した升永英俊弁護士の論述を読んで第1に感じたことは、日本の憲法学者をはじめとする法律学者は、これまでいったい何を論じてきたのかという感想である。

  違憲国会議員だとしておきながら、立法裁量期間を有するとし、その期間に選挙区割りを合憲にするように見直せとする判決の法理を升永弁護士は「憲法破壊の法理」と言明した。

 
                                                                                            . 

 升永弁護士の主張は、小学生でもわかる論理である。このような法理をこの意見広告でも述べているように過去37年間、憲法学者も法律家も誰も気が付かなかったという事実は驚きである。憲法改正どころの話ではない。憲法とは何か。どのように法規は守られてきたものか。その検証もしないで改正などと言うのはお笑いものであると筆者は感じた。

 今回の意見広告では、「合理的期間の法理」が憲法の上位に位置し、憲法を破壊する法理であることだけではなく、国民主権を実現するためには一人一票を実現する人口比例選挙の実施が必要であることを明解に説いたものである。

 「升永法理」の構築は、「数学の証明に並ぶ」と自身も漏らしているように、論理をきちんと積み上げた結果を論述しているものである。だから小学生でも分かる理論である。升永弁護士は、東大法学部を卒業後に銀行員になり、弁護士資格を取得後に東大工学部も卒業した人である。

 つまり法学一辺倒ではなく、理系知識、思考もできる稀有の弁護士として活動している人である。文系・理系の思考を併せ持つ弁護士であり、升永弁護士の主張を身近にきいていて、理系思考を感じることがある。論理性のある主張を積み上げていく思考過程に、このような素養が大きな影響を与えているのかもしれない。

 

 

 

7月21日実施の参院選の都道府県選挙区選挙は憲法違反・選挙無効で提訴

 

 

 7月21日に実施された参院選の47都道府県の選挙区選挙は、憲法違反であり選挙無効とする訴えを、升永英俊弁護士らのグループが全国14の高裁・高裁支部に提訴した。 直ちに司法記者クラブで記者会見して提訴の理由を説明した(写真)。

 このような訴訟は史上初めてである。原告団の主張する法理は、想定される不都合な判決法理を隙間なく埋め込んで主張しているものであり、裁判所も認めざるを得ないだろう。戦後の混乱期から、営々と継続されてきた「日本型民主主義」の国のカタチが、いま音を立てて崩れようとしている。

 今回の提訴の最大の法理論は、「事情判決」を切り崩し、違憲・違法で選挙無効を勝ち取るための提訴である。2012年に実施された衆院選の一人一票実現裁判では、17の高裁判決で違憲・違法が13、違憲状態が2、違憲・無効が2つだった。

 しかし多くの判決は事情判決を採用し、選挙は有効としてきた。事情判決とは、選挙無効とした場合、その選挙区から選出された議員が存在しない状態で議員定数配分規定の改正が行われるという「憲法上の予定しない状態が現出する」という不都合を主な理由にしていた。

 今回原告団の主張では、事情判決の法理は憲法98条1項の違反であるとしている。

 憲法第98条1項=この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 国の最高法規がこのように定めているにもかかわらず、憲法の下位に位置づけられる「事情判決の法理」が、あたかも憲法の上位に位置しているかのような法理は成り立たない。

 違憲違反で選出された国会議員が、選挙は有効とする「事情判決法理」によって次回選挙まで立法に関与することは国民主権を踏みにじるものであるとしている。

 さらに判決を下す裁判官は、憲法によって次のように規定されている。

 憲法第76条3項=すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

 憲法第99条=天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。

 このように裁判官は、憲法を最高法規とする法体系の中で裁かなければならないが、事情判決は憲法をも凌駕する法規として位置付けており、これは認められないとしている。

 このほかにも原告団は、過去の大法廷判決で示された判断に基づきながら、「その他諸般の事情の総合考察」を打破し、選挙管理委員会がこの選挙の有効性を立証することは不可能であるとする理論も展開している。

 そして仮に今回の選挙区選挙で当選した73人の違憲参院議員が最高裁で違憲・選挙無効となって失格しても、参院は比例代表で選出された議員が96人おり、これが憲法の定める定数81人(242人の3分の1)を満たしていることから、参院は立法府として機能することまで言及している。

 今回の選挙で当選した議員らは、TV放映の中で決まったように「万歳」で勝利を祝い、さらに選出された都道府県など地域のために頑張るとするコメントを発しているが、参院議員は地方の代表者として活動するのではないことは言うまでもない。

 しかし戦後の日本の選挙風土及び政治現場では、衆参両議員ともに選挙区、地元のための利益誘導議員としての役割を強調し、それが当然のように認められてきた。しかし時代は変わったのである。

 もはや地方の利益誘導だけを考えて活動する議員が跋扈すれば、国家としての存在が脆弱になっていくことを産業競争力の現場を見ても明らかである。これは地方の衰退とは別の問題であり、一人一票実現運動は、地方と過疎地の切り捨て運動のように誤解している人がいるがこれは明らかに間違いである。

 いまこそ日本国民は国民主権と真の民主主義を実現し、新しい国家像を構築しなければならない。憲法改正の論議が、憲法違反で選出された議員によって論議されるようなことがあってはならない。国家の在り方を今こそ国民主権者が構築しなければならない。

 戦後、営々と継続されてきた日本型の選挙、政治、そして都合よく使われてきた日本型民主主義は、時代の要請によってまさに音を立てて崩れようとしている。一部の有権者の主張によって崩れるのではなく、歴史の中で必然的に崩れていくことをしっかりと認識したい。

 それが筆者の言う、時代認識である。

 

1票の格差1.998倍は明確な憲法違反で不平等

 2倍未満を目指した弥縫策

 衆院選挙区画定審議会(区割り審)が安倍首相に勧告した「0増5減の選挙区割り改定案」(「0増5減案」)は、憲法の要請に反する馬鹿げた案です。この案は、1票の格差が2倍未満を目指しただけのものであり、不平等を認める改定案です。

 たとえて言えば、国民の住んでいる場所によって、税金の支払いを1の人と1.9倍の人を認めるようなものです。政府与党はこれを国会に提出し、法案成立を目指す構えですが、議員主権で進める一時逃れの取り繕いでごまかす弥縫策であることは明らかです。

  3月31日にNHKの番組で自民党の石破茂幹事長は、「憲法上の要請は何よりも優先する」と語り、「0増5減案」に最優先で取り組むことを主張しました。

  石破幹事長の言葉は、まるで「0増5減案」は憲法の要請を満たしているかのような発言です。その直後に語った「法の下の平等」を実現するかのような発言と合わせると、あたかも「0増5減案」で法改正すれば、憲法の要求している一人一票が実現し、憲法第14条の「すべて国民は、法の下に平等である」をも満たすものと錯覚させる発言であり、国民をミスリードする許しがたい発言です。

 16高裁で憲法違反もしくは違反状態

 先の衆院選は、一人一票による選挙区割りではなく憲法に違反するとして升永英俊弁護士ら2つの弁護士グループが全国16の高裁に、選挙無効の訴訟を起こしました。

 その判決結果は、違憲と判決したものが14高裁、違憲状態が2高裁であり、選挙無効を言い渡したのは2高裁でありました。 

判決日 高裁 判 断
3月6日 東京高裁 違憲 事情判決
3月7日 札幌高裁 違憲 事情判決
3月14日 仙台高裁 違憲 事情判決
名古屋高裁 違憲状態 事情判決
3月18日 名古屋高裁金沢支部 違憲 事情判決
福岡高裁 違憲状態 事情判決
3月22日 高松高裁 違憲 事情判決
3月25日 広島高裁岡山支部 違憲 選挙無効
3月26日 広島高裁 違憲 事情判決
福岡高裁那覇支部 違憲 事情判決
広島高裁松江支部 違憲 事情判決
大阪高裁 違憲 事情判決
広島高裁岡山支部 違憲 選挙無効
福岡高裁宮崎支部 違憲 事情判決
福岡高裁那覇支部 違憲 事情判決
3月27日 仙台高裁秋田支部 違憲 事情判決

 

  日本国民として、このようなデタラメな選挙区割りで国政選挙が実施され、すべての国策が国会の多数決で決められていく状況は到底許されません。

 これでは違憲選挙で選出された違憲議員であり、そのような議員が憲法改正を持ち出していることは、もはや国の体裁をしていません。

  3月18日に判決のあった福岡高裁(西謙二裁判長)で、西裁判長が次のように判じています。

 「議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とするとの趣旨は、憲法上、人口比例に基づく選挙を原則とし、できる限り投票価値の平等を確保しようとすることにあり、その志向するところは、人口比例選挙の保障に通ずるものとも解される」

  これは「憲法は人口比例選挙を要求している」と明言した歴史的判決であり、「国民はすべて法の下の平等」を要請したものであり、国民主権を認めたものです。

  先のNHKの番組で石破幹事長は、「高裁判決の判断をきちっと読んで対応するべき」との発言を繰り返していましたが、福岡高裁の判決を読めば、「0増5減案」が憲法の要請に著しく反していることは明らかです。  また国会ではこの問題と絡めて、定数削減案の論議を始めていますが、それ自体は筆者も賛成ですが、一人一票問題と定数削減とはまったく異なった課題であり、ごちゃ混ぜで論議するのは意味がありません。

  何も変わっていない「0増5減案」

 先の衆院選では、最大人口選挙区と最小選挙区とは29万1016人も差がありました。「0増5減案」によるとこの差は29万574人となり、442人減っただけです。これはもはや、何も改定されていないことと同じです。


 アメリカの人口に比例した選挙区は、その格差がたった1人であり、奇跡的な数字に見えます。しかしコンピューター時代の区割りは、このようなことが簡単にできるのです。一人一票実現運動は、まだゴールが見えていないと言わざるを得ません。 

 

福岡高裁の「人口比例選挙は憲法の要請」と画期的な判断だが裁量判決は肩透かしだ

  一人一票実現運動を展開している弁護士らが提訴している先の衆院選は無効とする裁判の判決が、3月18日、福岡高裁(西謙二裁判長)で言い渡しがあり、違憲状態を認めたが投票価値の平等は「唯一、絶対の基準になるものでなく、国会の裁量権が認めているものである」として選挙無効をしりぞけた。

 この判決文を読むと、裁判所の判断の前半は「議員1人当たりの選挙人数又は人口が、できる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とするとの趣旨は、憲法上、人口比例に基づく選挙を原則とし、できる限り投票価値の平等を確保しようとすることにあり、その志向するところは、人口比例選挙の保障に通ずるものとも解される」とした。

 このように「人口比例選挙の保障」とまで言及した判断は画期的だった。

 そして福岡高裁は、「選挙制度の具体的な仕組みにおいて投票価値の不平等の結果が生じている場合には被告において、上記仕組みの決定において考慮された政策目的ないしは理由が投票価値の不平等という結果をもたらしていることに対して合理性を有することを基礎付ける事実を主張立証しなければならない」とたたみかけた。

 一人一票実現訴訟を提訴している原告代理人の升永英俊弁護士は、この判断を99点としている。それほど原告の主張を反映した裁判所の判断なのである。  

 しかし選挙無効判断に及ぶと、その判断の根拠が「国会の裁量」にまで広がり、結局は腰砕けに終わったと言わざるを得ない。

  まず、先の最高裁大法廷判決から選挙実施までに十分な時間があったかどうかの判断に対しては、「高度に政治的な事柄について検討を要するもの」として、選挙制度の見直しには相応の時間がかかるとの判断を示した。 そしてそれが「憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと断定するに由ないものといわざるを得ない」とした。

 つまり1年9か月の間に、国会が是正することができなかったことで憲法違反、違法とまでは言えないとの判断を下したことになる。

 さらに追い打ちをかけるように「投票価値の平等をもって最も重要かつ基本的な基準とする一方、これが唯一、絶対の基準となるものではなく、国会に裁量権を認めているのであり、原告らの主張する可能な限りの平等という趣旨が、これに反するものであれば、採用することができない」として原告側の主張をしりぞけた。

 この判決は、前半では人口比例選挙が憲法の要請であることを司法が初めて言及したものとして画期的と評価しても、後半はいわゆる統治行為論の判断であり、一人一票実現訴訟を支持する筆者としては、もろ手をあげて賛成できる判決とまではいかないと思った。  

 

歴史的判決に汚点を残した裁量判断

 先に実施された衆院選挙は違憲であり違法であるとした3月6日の東京高裁の判決は、1票の格差の不合理を裁判所が認めた歴史的な判決であった。

 しかし選挙無効については、「弊害」「不都合」「諸般の事情」などを勘案して、選挙無効としないで「主文で選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当」とした。

 これは裁判所の「思い上がり」である。なぜ厳密な法の解釈と結論を明示しないで「宣言」などと言うのか。国民は裁判所に「宣言」など期待していない。裁判所は法の番人であり、法が求めている規範にしたがって厳正な判決をする場と理解している。

 歴史的な判決でありながら、立法府に配慮した裁量判断だったと言わざるを得ない。選挙無効として選挙のやり直しを命じるくらいの司法でなければ、新しい時代の国を創造していくことはできない。そのような時代認識を欠いた判決であった。

 東京高裁は、このように腰が引けた判断に至った基盤には、厳格な投票価値の平等である「人口比例選挙」を認めなかったことにある。その理由として高裁は「憲法が両院議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねていると解すべき」とし、「国民主権の原理及び代表民主制の統治機構上の理念から」、原告の主張する人口比例選挙を認めなかった。

 しかしこの法理論を通せば、「国会の裁量にゆだねる」という帰結にならざるを得ず、これでは三権分立の機能が成り立たないことに繋がる。

 ただ、東京高裁判決では、「国会が決定する具体的な選挙制度において、現実に投票価値の不平等が生じる場合には、これを合理的に基礎づける事実を立証するべき」とした点では評価する。さらに前回の最高裁大法廷判決の「違憲状態」の判断から、1年9か月を経過した時点で総選挙が実施されたことを取り上げ、憲法上要求される「合理的期間が経過していないとは認められない」として被告側の主張をしりぞけた。

 また「訴訟費用は、被告の負担とする」とした主文で、本件判断が原告、つまり国民の側に立っていることを示唆するものと受け止めたい。

 判決文を精査した感想を言えば、違憲・違法を明確に語った判決としては、歴史に残るものであろう。しかしそこまで判断しておきながら、選挙無効、選挙やり直しを命じることができなかったことは評価できない。そのくらいのことをすることによって、国民の政治意識は覚醒され日本の次の世代へと繋がっていくのである。

 

 衆院選挙は違憲・違法であるー東京高裁が歴史的判決

 

 一票の格差を是正しないままに実施された先の衆院選挙は無効であるとして全国の14の高裁・同支部に選挙やり直しを求めていた訴訟の最初の判決言い渡しが、3月6日午後2時半から東京高裁(難波孝一裁判長)で開かれ、難波裁判長は「衆院選挙は違憲であり違法である」と言い渡した。

 選挙無効については、「事情判決の法理」にしたがい、実際に選挙を無効とした場合の影響の大きさを考慮して選挙は有効とした。

 この訴訟は、升永英俊弁護士らが代理人となって先の衆院選の東京1区について選挙無効を求めた訴訟である。ただし全国に300ある選挙区はすべて1票の格差を放置された選挙区であり、デタラメな選挙区割りである。これまで最高裁でも、違憲状態として立法府に是正を求めてきたが、十分な時間があるにも関わらずほとんど何も手を付けなかった。

 今回の判決で東京高裁は、東京1区だけでなく、全国300の小選挙区で選出された衆院議員は、正当性のない選挙法で選出されたものであり、国会議員として国家権力を行使する資格がないことを明確に言い切った点で日本の歴史のターニングポイントとも言える判決だった。

 今後、この一連の訴訟の判決が全国各地で言い渡されるが、おそらく違憲・違法だったとする判決が続出するだろう。すべて上告されて最高裁での判断になるが、早ければ7月の参院選挙の前に最高裁大法廷が開かれて「違憲・違法」判決が言い渡される可能性が高い。

 しかし選挙やり直しまで言い渡さなければ実質的な意味がなくなるだけに、最高裁としてどのような判断に傾くか大いに注目したい。

 

 

 

一斉に始まる1票の格差訴訟の高裁判決

 

  昨年12月に実施された衆院選挙は違憲であるとして、全国の14の高裁と高裁支部に訴えられている訴訟の判決が、3月に一斉に全国で出される。

 判決は、違憲状態から明確な違憲になる可能性が高くなっており、一人一票実現運動がようやく初期の目的に近づいてきている。その運動を盛り上げるために、3月1日にJR新橋駅前でキャンペーンのチラシとティッシュ配布を行った。

 朝8時からの活動だが、これまでも山手線の全駅で展開した活動で慣れているものの、配布する意気込みがなんとなく違う。それは3月6日に東京高裁での判決言い渡しを皮切りに7日に札幌高裁、14日に仙台、高松高裁、18日に福岡高裁、金沢支部と続いているからである。

 今回の一連の判決はすべて上告されることは間違いなく、いずれ最高裁大法廷で一票の格差についての判断が出る。違憲状態ではなく、明確な違憲、選挙やり直しの判決が出る可能性もある。そうなれば日本人に真の民主主義を意識させる司法判断になる。

 日本は立法、司法、行政の三権分立によって国体を構成しているが、その中でも最も遅れているのが司法だと思ってきた。しかしいま、司法が最も国民意識に近い判断をするという論評も出ており、これから始まる1票の格差訴訟の判決は大いに注視したい。

 

 

 

一人一票実現運動地元総括忘年会の開催

 

  一人一票実現運動を展開し、先の総選挙では罷免を求める票数が過去の記録にないほど多数を占めたが、地元・門前仲町でこの運動に理解を示してきた近所の人々が集まって忘年会を開催した。

 ライブコーヒーの富沢ご夫妻らで、お互いに手料理を持ち寄り、「羽黒花味噌」によるちゃんこで楽しい歓談を行った。飛び入りで東大に留学にしてきている中国人のパン・ユアンと杜潔弁理士も駆けつけ、この一年を振り返りながら来年からの健闘を誓い合った。

 一人一票実現運動では、筆者が選挙期間中毎日、地下鉄・門前仲町駅頭でティッシュ配布を行ったが、これを目撃した人々から支援するとの声がかかった。また途中で石井洋子さんが応援に駆け付け、石井さんの手製の資料配布も行ってもらい効果があった。

 一人一票実現運動は、まだこれからも続けて行かなければならず、今回の選挙無効の提訴の判決も予想以上に早く出る可能性が高く、運動は次への段階へとステップをあげていくことになる。

 

最高裁裁判官を全員バッテン(×)で投票

 昨日、12月12日、選挙の期日前投票を行ってきた。総選挙に東京都知事選が重なり、しかも最高裁裁判官の国民審査。衆院選は、小選挙区と比例選とがあるので全部で4つの投票を行った。

 この中で最も思い入れをして投票したのが、最高裁裁判官の国民審査である。前回の国民審査では、2人の判事にバッテン(×)を付けたが、今回は10人の判事、全員に×を付けた。

 言うまでもなく一人一票実現運動をしている筆者としては、一人一票を認めていない裁判官は×である。日本国憲法が求める民主主義は、「一人一票」の選挙権を持つ有権者の多数決によって国会が構成され、政府が運営されることである。

 しかし国民が一人一票を求めた最高裁の判決では、「違憲状態」というあいまいな言い方で、現行の公職選挙法を違憲・違法と認定しなかった。これは国民主権をないがしろにしている判断である。

 私たち国民は、主権のありようを最高裁裁判官などに裁量してもらいたくない。憲法に書かれている文言にしたがって判断してもらわなければ、司法の役割を放棄していることになる。司法は三権分立にのっとり、法の番人として確固たる判断を示せば、日本は民主主義国家として引き締まった国になっていくはずである。

 戦後の司法判断の中には、どう見ても立法、行政の追認機関としか思われないような判断・判決もあった。政治学者によると、今の司法は戦後、最も国民の目線に近いもっとも強い司法になっているという。ならば違憲立法審査権を行使して、明確に違憲・違法であり選挙は無効との判決を出すべきだったが、今年10月の最高裁大法廷の判決ではそうはならなかった。

 そのような過去の「実績」を国民審査で評価することになるのだから、当然、全員が×である。今回の国民審査の結果ではかつてない不信任の票が出て、大きな話題になっていくだろう。罷免することで一人一票が実現したら、日本は民主主義国家として確固たる位置に立つことができるだろう。

 

一人一票実現のキャンペーンを展開

 

  選挙の投票まで残り1週間となった。この日は、午前8時半から渋谷で一人一票実現会議の運営委員会が開かれ、これまでの活動報告と総選挙後に予定されている、選挙無効を訴える裁判についての方針が示された。

 引き続いて東京・新橋のJR新橋駅SL広場で、一人一票実現国民会議のキャンペーンが始まった。広場を行く人々に最高裁裁判官の国民審査で、一人一票を認めていない最高裁判事にバッテン(×)を付けて不支持の表明をするように訴えた。

 自分の選挙区がどのくらい1票の格差があるかPCで確認するコーナーも設け、違憲状態で実施される選挙の理不尽さを訴えた。
 

 

 

 

日本の国会議員はすべて違憲状態で選出という異常事態

 

 違憲状態と断じた歴史的判決 

 2010年7月に実施された参院選挙は違憲だとして選挙無効(やり直し)を求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は10月17日、「違憲状態」とする歴史的な判決を言い渡した。

 2009年の最高裁大法廷判決では、一票の格差を合憲としたものの選挙制度の見直しを求めたにも関わらず、なんら是正されずに選挙が行われてきた。この日の判決ではこの点にも言及し、「違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態に至っていた」と断じた。

 さらに現状の区割りを維持して格差を是正することは「もはや著しく困難」とし、「都道府県単位の選挙区で定数を設定する方式を改めるなど、現行制度を見直す立法的措置を講じるべきだ」とした。現行の都道府県単位の選挙区割りは、憲法の要請によるものではないので区割りの見直しを要求したものである。

  昨年3月には衆院選挙の小選挙区の区割りを違憲状態と判断しており、日本の国会議員は衆参とも違憲状態で選出されているという異常な事態となった。

  15人の裁判官のうち、竹崎長官ら12人が「違憲状態」との判断を下し、弁護士出身の3人の裁判官は明確に「違憲」とする意見だった。 

 これで法治国家と言えるのか 

 これは法治国家としては異常な事態である。日本の国家、社会をはじめあらゆる活動は憲法で定めている国民主権ではなく、憲法に違反している「国会議員主権」になっていることを司法が明確に打ち出したことになる。 

 私たちは、国会議員が活動している状況を日常的に見ている。そこは「永田町の論理」と揶揄されるように、政局主導の党利党略活動が主体であって国民の意識からかい離しているのではないかと頻繁に感じることが少なくない。 

 国会議員自身が、国民主権による代議員制度の立法府と明確に意識しているとは思えず、バッチをつけることに最大の目標を置いてきたと言わざるを得ない。衆院選は違憲状態という最高裁判断が出ているにも関わらず、今になっても「0増5減」とか「4増4減」などという小手先でごまかそうとしている。これだけでも政治家は、国民の立場に立っていないことは明らかだ。

 「違憲状態」がまかり通る異常国家 

 大体、衆参ともに違憲状態で選出された議員であらゆる法律が立法化され、国会手続きのあらゆることで社会が動いていることを考えると、この異常時代はもはや法治国家とは言い難いでのはないか。 そもそも国会議員が違憲状態で選出されていることは、内閣も大臣も違憲状態にあることになる。

 この日の大法廷で「違憲状態」と判断した15人の最高裁判所判事は、違憲状態にある内閣が任命した裁判官であるから、「違憲裁判官」であることになる。これはもはや「漫画」である。 

 このような国家の体をなしていない状態を一刻も早く解消し、国民主権を取り戻さなければならない。そのためには国民が意識改革をしなければ何も進まない。 デタラメな選挙区割りであるため、有権者の33パーセント人々が過半数の国会議員を選出し、その国会議員が多数決であらゆる法案を成立させている。

 衆参ねじれ国会などと言っているが、単に国会議員の数の上だけの話であり、国民からかい離した架空の立法府であると言わざるを得ない。 

 これに終止府を打つために一人一票実現への行動をさらに推進する必要がある。

 

 

 

JR新橋駅前SL広場で一人一票実現運動を展開

 

 9月4日にJR新橋駅SL広場前で展開された一人一票実現運動のイベントには、多数の人々の関心を集めて丸一日の長丁場の活動だった。

 筆者は、その日のうちに活動の速報をフェイスブックに投稿したが、無意識の操作の中で「非公開」を設定したため、自分のPC画面だけでしか見られない画面になっていた。誰も見ていないのだから反響もない。その状況を知らない筆者は、しばらくこのままにしていた。

 しかしいくらたっても、誰からも「いいね」の反響もなく、おかしいと思いながら何らかの不都合が起きると困ると思って削除してしまった。その後、「公開」に切り替えれば、回復することを知ったが、大分時間が経ってしまったが、遅まきながら報告しておきたい。

 写真は、その日に「一人一票」浴衣をお披露目した鶴本圭子さんである。その斬新なデザインの浴衣にはびっくりした。この日は、一人一票実現の歌を作ったサンプラザ中野君とのコンビでSL広場の耳目を独占し、一人一票実現運動を盛り上げた。

 あいにく筆者は夕方から会議があって、そのイベントを見ることができなかった。しかし午後の2時間ほど、ティッシュ配布と選挙区の一人一票検証を呼びかけた。通行人の反応は、間違いなく前回よりも関心を高めていると実感した。

 これからも地元の門前仲町を中心に地道にこの運動を広げていきたい。

 

 

 

 

全国駅活・甲府駅の活動を報告

 

 全国駅活の甲府駅キャンペーンが、6月2日正午から行われ、鶴本圭子さん、田上純さんが駆け参じて一人一票実現運動を訴えた。

 甲府駅前は、広々としたバスターミナルになっており、半円形に歩道が取り巻いている。デパート前には人通りが絶えないが、それほど大勢の通行人がいるわけでもない。地方都市の駅前にしては、むしろ人の量は少ない方だろう。

 しかしカード入りティッシュの配布を始めると、そんな不安を吹き飛ばした。受け取り反応が非常によく、配布の効率がいい。それだけではなく、激励の声を掛けていくご婦人もいるし紳士もいた。

 ちょうど呼応するように、みんなの党の永井武さん(次期衆院選山梨1区から出馬予定)の活動カーが来て、アピールを始めた。その中で永井さんは一人一票実現の重要性を訴え、ついでに鶴本圭子さんが縫いぐるみに扮しているクマちゃんの活躍にエールを送るなど「共闘体制」をとってくれた。

 こんなキャンペーンがよかったのか、長い間見物してたタクシーの運転手さんたちも、笑顔でティッシュを受け取ってくれた。若い世代の人たちも、どことなく親近感がある。総じてこの運動に対する反応がよく、甲府での活動は非常に励みになった。

 

 

 

小雪混じりの札幌駅前で一人一票実現運動を展開

 

 
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  一人一票実現を全国の主要都市で訴えるの全国駅前活動が展開されているが、3月31日正午からは、札幌駅前で行われた。この日は、北海道でジャーナリストとして活動をしている浅利圭一郎さんも応援に駆け付け、東京から行った支援仲間と共に一人一票実現を呼びかけるカード入りティッシュを配布した。

 この日の札幌地方は、小雪混じりの強風が吹きつける荒れた天気であり、傘も吹き飛ばされそうになるほど。市民は地下街にもぐってしまい、路上を行きかう人は非常に少ない。それでもチラシとティッシュを受け取ってくれる率は多く、かじかむ手をこすりながら運動の主旨を訴えた。

 全国の主要都市での駅前活動は、これで一区切りがついた。しかし、甲府市で活動する永井武さんから「甲府でも是非」という要望が寄せられ、来る6月2日(土)正午から、甲府駅前で展開することが内定した。いずれ正式に決定し、番外駅活として広報する予定である。

 

 

一人一票実現運動の仙台活動を展開

 

  一人一票実現運動で全国の主要都市でのキャンペーンが展開されているが、3月20日正午からは、仙台市の青葉通りと一番町アーケードの交差する地点で行われた。この日は、東北大学金属材料研究所M1、吉田和樹君も応援に駆け付け、支援仲間と共に一人一票実現を呼びかけるカード入りティッシュを2000個配布した。

 この日の仙台は、時折、みぞれがぱらつく冷え込んだ天候だったが、道行く人の反応はよく、この運動を知っていて支援する声も聞かれた。また鶴本圭子さんの紛争するクマ君が相変わらずの人気者で、子どもたちの関心を集め、楽しいキャンペーンだった。

 また、田上さんのアピール演説もいよいよ磨きがかかり、多くの通行人の関心を集めていた。この全国キャンペーンは、今週末が高松、今月末には札幌で行われる。

 

 

 

 

 

中国にもいた一人一票おじさん

 

 上海の有名な服飾市場に行った。ここの周辺には偽物のブランド品を扱う怪しげな商店があるので有名な市場である。警備員のおじさんは非常に愛想がいい。思わずカメラを向けて一人一票サインをしたら、すかさず一票サインを返してきた。

 

 

一人一票実現運動に下町のパワー立ち上がる

 

 一人一票実現に呼応して下町パワーが立ち上がった。家庭料理で楽しい時間を作ってくれる「家庭料理・小美」が一人一票実現運動に賛同して、お店でも積極的にこの運動を広げようとしています。

 お店のカウンターに、一人一票実現運動のチラシとティシュペーパーを置いて、お店にくる常連客から周辺の人々に輪を広げようとしています。このような草の根運動が、やがて日本を真の民主主義国家へと変貌させるでしょう。

 住む場所によって1票の価値が違うデタラメな選挙区割りを一日も早く解消しましょう。政治家は自分のことだけしか考えていないので、何も期待できません。これを是正できるのは司法だけです。その司法で、一人一票実現に否定的な最高裁裁判官を罷免しましょう

 総選挙のときに最高裁裁判官を審査する国民審査で、罷免しましょう。主権は裁判官でもなく政治家でもなく国民です。これを実現しない限り、日本はいい国なりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

「略奪大国」で一人一票でない日本を糾弾

 先日、このブログの「本の紹介」のコーナーで、ジェームス・スキナー著「略奪大国」を紹介しました。この本は、現代日本の政治、行政の病根を分かり易く検証して示してくれた名著です。

 親日家、知日家のアメリカ人の筆致さばきで目を開かせられた思いです。

 この本の224ページに「日本に民主主義はない」とあります。その部分を紹介します。

 通常、民主主義国家では、略奪はやりにくいと言われています。なぜなら、略奪の規模が大きくなると、大衆が立ち上がり新しい政権を誕生させるからです。

 その前提にあるのはひとり一票の制度になっているということです。しかし現代の日本では、そうなっていません。国会議員を選ぶに当たって、都会に住む人の1票に対して、農業地帯に住む人は3票のウエイトを持っています。国会の選挙が人口比例になるまでは、民主主義とはいうことはできません

 さらに続けて「日本はひとり1票を実現するまで民主主義とは言えません」としています。

 日本の現行選挙制度では、確かに都会と農村地域の票のウエイトは違いますが、この著者が言うように農業地域のウエイトが重く、都会は軽いという画一的なものではありません。同じ農村地域でも軽い地域もあります。つまり今の選挙制度は、民意を正確に反映できるような選挙区割りではなく、単に地域を区切っただけであり、住んでいる場所によって1票の重みが違うということです。つまりデタラメだということです。

 日本は議会制民主主義国家と言いますが、それを構成する代議員がデタラメな選挙制度によって選ばれているのですから、民主主義は破たんしているのです。外国人にまで指摘されている現状を放置しているのは、恥ずべきことです。

一人一票実現国民会議第3回サポーター大会の開催

 

  一人一票実現国民会議の第3回サポーター大会が、12月3日午後2時から、東京・渋谷の伊藤塾で開催され、多くのサポーター参加者が出席して熱心に報告・討論を行った。筆者は前日からの風邪で発熱して最後まで同席できなかったが、インターネットでの中継録画を見て、素晴らしい大会だったと感じた。

 筆者が出席しているときの活動報告などの感想を言うと、共同代表の升永英俊弁護士が「一票の差別というよりも住所差別である」という言い方に共感した。単純に住所差別という言い方は、分かり易い。久保利英明代表が語った「このままでは日本は3年後につぶれる」という見解も一人一票実現運動と関連させて訴えられると思った。

 活動の報告では、TWITTERを使ったツイ活、駅頭でのアピールの駅活、自宅やオフィスのデスクの上からラジオ、TV,ブログ、HPなどへの投稿や働きかけをする卓活、FACEBOOKを利用したF活、0.6票君のデザインしたTシャツを着て練り歩くシャツ活、意見広告への募金をする寄付活、自主ビデオや絵本を作るArt活、友人・学校などで運動を展開する友活、年賀状で訴える年賀状活などがあることが分かった。

 このように並べて言われると、やり方が非常に幅広くできることを改めて認識して非常に参考になった。筆者が展開している隣近所から広げているのは、友活の一種であるしこれからもっとやるべきことは卓活かなとも思う。

 自分にできることをどのように工夫するか。21世紀構想研究会のメンバーへの働きかけと共闘を通じてまた新たな展開へと進みたい。

 

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の29日目の有楽町駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現運動の29日目で最終日の11月29日、有楽町駅でアピール演説とティッシュ・ カード配布を行い、山手線一周駅伝活動を終えた。

 この日は、一人一票実現国民会議ののぼりの竿を紛失し、やむなく手持ちでかざすなど工夫を凝らしてのアピールとなった。思えば11月1日、大改装の真っ最中の東京駅を振り出しにして29駅を回ってきた。まるでマラソンランナーのゴールのような気分になったが、運動そのものは今後も続く。

 この草の根運動の1つを見て、体験して感じたことをいくつかあげてみたい。まず、この駅伝アピールの先導役をした田上純さん、さらにサポートしながら同志として活動をした山下頼行さんには、心から敬意を表したい。 さらに週末になると繰り出して一緒に活動をした同志の皆さんと、ティシュカードの準備やマイク・スピーカーの提供をして後方支援をした伊藤塾とそのスタッフの皆さんにも敬意を表したい。

 一人一票実現運動を始めた升永英俊氏が語っているが、この運動は草の根運動であり、草の根運動とは苦しみを伴う行動であるとしている。山手線一周アピール運動は、まさに草の根運動の1つであり、その実践には堅い信念と辛抱強い行動力が要求される。

 毎朝、8時から駅頭に立ち、マイクを手に一人一票実現のアピールを行い、ティッシュ・カード配りをする行動力は、この運動の成果を信じなければ出来ない。 筆者は途中で出張があって6日間は休んだが、残りの23日間は通いつめてティシュカード配布を手伝った。その行動を通じて、多くの国民にこの運動の意義を浸透させることは並大抵のことではないという思いの一方で、呼びかければ関心を持ってくれる人々がいることも実感として味わった。

 これから不特定多数の人々に関心をもってもらうためには、この運動の効率性も考える必要があるだろう。みんなの党が一人一票実現運動を重要政策遂行の一つに挙げてくれたことは大変なことであり、同党の活動を支持していきたい。また駅頭でのティッシュカード配布運動にしても、大きなターミナル駅でやるほうが効率性という点では意味がある。

 さらに重点日を決めて、全国一斉アピール日を設定して運動することも大変意味がある。草の根運動も全国の同志が呼応してこそ意味が出てくる。これからの展開を同志と話し合いながらさらに波及させていくことを誓いたい。

 

 
ジャンボ宝くじの売り出しキャンペーンではありません。一人一票実現運動の呼びかけアピール演説はいつもそれなりの注目をひいていた。

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の28日目の新橋駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現運動の28日目は、11月28日、新橋駅のSL広場で行われ、アピール演説とティッシュ・ カード配布を行った。 新橋駅は、駅頭での活動発祥の駅でもある。SL広場は人の流れが多く、年末を控えて飲食店などのチラシ配布も目立つ。いわばライバル多数の中での活動となった。

 この日は田中さんが参加して3人であわただしい活動に入った。ただ、田上純さんが仕事の都合で早期に引き上げ、山下頼行さんと田中さんが予定分のテッシュを瞬く間に配布。いつものようにカードに切り替えたが、やはり苦戦したようだ。消費者金融のテッシュ配布の後に続いて配布を試みたが、受け取り非常に少なかったという。

 明日はいよいよ最終日の有楽町である。有終の美を飾りたい。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の27日目の浜松町駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現運動の27日目は、11月27日、浜松町駅で行われ、アピール演説とティッシュ・ カード配布を行った。 この日は、休日なので応援が期待されたが、高橋昭英さんが駆け付けてくれた。 浜松町駅は、モノレールがあるので旅行に出かける人が多く、山手線の中でも特色ある人の流れだった。

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の26日目の田町駅の報告

 

  山手線一周駅伝一人一票活動は、11月26日、田町駅で行われ、千葉県から駆け付けたサポーターの高橋昭英さんを加え、田上純、山下頼行さんお3人で行った。筆者はこの日から秋田、函館出張のために欠席したが、活動の様子はサポーター同士から連絡があり、ここで報告することにした。

 いつものように山下さんが用意した一人一票実現ティッシュ500個(段ボール1箱)は、週末とあって普段よりかなり多かったが、3人で配布が始まると順調にはけてしまった。週末は歩くスピードがゆっくりなので、気持ちよく良く受け取ってくれるという印象だったようだ。

 ティッシュを受け取った方も、時間的に余裕があるせいかじっくり見てくれる人が多かったようだ。27日は浜松町、28日は新橋駅と進が、いよいよ今回のごーるも見えてきた。28日には田中健太さん慶応義塾大学大学院)が参加表明しており、池袋駅に続き、今期、2回目の活動となる。

 



 

 

自民党・加藤紘一議員に一人一票実現運動を説明

 

 自民党の元幹事長で同党の重鎮の一人である衆議院議員の加藤紘一先生に、一人一票実現運動を理解してももらうため、筆者と山下頼行さんの2人は、11月25日、品川駅での駅伝活動に続いて永田町の衆議員第2議員会館を訪れて、加藤先生と会見した。

 いま国会開会中であり、スケジュールが非常にタイトな状況にありながら、この時期にわざわざ面談の時間を作ってくれた加藤先生にまず、感謝の言葉を述べた。用意した資料をもとに説明する予定だったが、加藤先生には時間もほとんどないこともあり、資料説明は割愛して20分ほどの意見交換の場となった。 

 冒頭に加藤先生から一票の格差問題は、「過去、30年間、このテーマを問うシャワーを浴びてきているので(問題の所在は)分かっている」としたうえで、次のような見解が述べられた。

 「確かに一票の格差は問題ではあるが、都会の有権者が投票に行かないことのほうが問題ではないか。投票もしない人間が一票の格差をなくせと主張するのは理解しがたい。田舎の人々は、日常的な生活の中で自分たちの生活が政治に左右されていることを実感している。したがって投票する行動で自分たちの考えを政治に反映させようとしている。

 投票行動と一人一票の格差とは、次元の違う問題ではあるが、いま自分にとって一番重要な課題は、政治の劣化である。その原因は小選挙区の弊害からきていると信じており、中選挙区に戻す必要がある。そのときに、一人一票に少しでも近づける方法をとるべきではないか」

 大略、そのような意見を述べた。これに対して、山下さんは一票の最大格差の推移とこれまでの判決の流れ、一票の重みと高齢化指数の相関関係、一票の格差と待機児童のマップなど、独自のデータを示しながら、「一人一票の格差問題と、政治の劣化や中選挙区回帰の問題は次元の違うものではないか」と食い下がった。そして、一人一票実現は、日本の民主主義と政治にとっても重要な課題であることを主張した。

 しかし、加藤先生は、「形式的な論議は意味がない。日本の政治がどうして劣化してきたかというような大きなテーマで論じたほうがいい」という見解を示し、一人一票実現運動の本質的な意味が、正確に理解してもらえなかったように感じた。

 しかし筆者は悲観はしていない。この日は、あわただしい時間で意見を出し合っただけであり、憲法論議もしながら一人一票実現運動を語れば、法学部出身の加藤先生に理解してもらえると信じている。加藤先生と筆者は、15年以上のお付き合いであり、加藤先生の人柄と政治的な器量を理解している積りなので、必ず理解してもらえると確信している。今後も時間を見つけ、このテーマで加藤先生と話を続けていきたい。

 また、この日の会見から、自民党の良識派でありリベラル派として知られる加藤先生の見解から、永田町の多くの政治家の一人一票格差問題に対する考えを類推することができ、大変参考になった。

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の25日目の品川駅の報告

 

 

 山手線一周、一人一票実現運動の25日目は、11月25日、品川駅で行われ、アピール演説とティッシュ・ カード配布を行った。品川駅は、山手線の西側にある大きなターミナル駅であり、今回、初めて早朝から立って見てその人の流れの巨大さに圧倒されてしまった。

 港南口と高輪口に二分されているが、人の波は10対1くらいの割合で、港南口に流れていく。その人波は半端な量ではなく、まるで洪水のように間断なく改札口から吐き出されて流れていく。待ち合わせ場所の不手際から、田上純さんと筆者、山下頼行さんと別れてしまったが、港南口の一角に行ってみると、早くも山下さんがアピール演説を始めていた。

 早速、田上さんと筆者とでティッシュカードの配布に取り掛かるが、手渡すのが忙しくてこちらがあわてるほどに受け取りがいいこともあって、予定の数はあっという間に、はけてしまった。この日の人の流れとティッシュ手渡しから得た収穫は、ウィークディの場合、この品川駅のように巨大な人波のあるターミナルで活動することが一番、効率がいいことが分かった。

 当たり前のことではあるが、効率という点を考えると、活動する側も、ある時には人海戦術で展開することも重要ではないかと思った。さらに週末のように出勤・通学と無関係の場合は、渋谷、新宿、上野のようなターミナル駅で、それなりに余裕をもって展開すると、受け取る人々との接点、会話の機会もあり、また違った意味があると思った。

 今後の活動の展開について考える材料が、今回の山手線駅伝活動でいくつか得られた。

 明日の26日から3日間、筆者は大学の仕事で秋田、函館に出張するので駅伝活動は欠席するが、写真と簡単な報告は引き続きこの欄で掲載する予定である。

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の24日目の大崎駅の報告

  

 山手線一周、一人一票実現運動の24日目は大崎駅で行われ、ティッシュ・ カード配布を行った。この日は、田上純、山下頼行さんと筆者の3人は、それぞれ午前中から予定があるためティッシュ配布もリレー式になった。

 このためそろった写真撮影は無理となり、独りずつの撮影。田上さんが活動準備をしたあとにあわただしく去った後、山下さんがほぼ入れ違いに現れて、あっという間に予定のティッシュを配布してしまった。大崎駅は再開発後にビル群が建ったために通勤の人波が切れ目なく押し寄せる。ティッシュ配布も人の密度に比例することを立証したような活動だった。

 12月3日のサポーター大会の資料について作成者の山下さんから簡単な説明を立ち話で聞いたが、なかなか示唆に富んだ視点のデータを盛り込んでおり、12月25日に予定されている自民党の加藤紘一議員への説明に一部使用することになった。

 

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の23日目の五反田駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現運動の23日目は五反田駅で行われ、ティッシュ・ カード配布を行った。この日は休日とあって、人の動きもゆったりした流れである。いつも感じることは、やはり休日、週末は受け取り率が高いのは、それだけ時間的に余裕があるからだろう。

 田上純さんがアピール呼び掛け、その横で山下頼行さんと筆者がティッシュカード配布をしていたが、この光景をカメラに収めている若い男性がいた。この方は、後で分かったことだが広島県から来た方で支援者の一人だった。すぐにツイッターに投稿しているので分かった。

 素早い対応ぶりに感謝、感激だった。山手線一周も最後の山場に差し掛かってきた。あと6日である。明日は大崎。頑張りたい。

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の22日目の目黒駅の報告

 

三谷英弘代議士(左)も駆けつけて、カード配布を精力的に行い、アピール演説も行った。 

 山手線一周、一人一票実現実現運動の22日目は目黒駅で行われ、ティッシュ・ カード配布を行った。 この日は、晩秋で一番の冷え込みとなり、冷たい風が吹き抜けていく。目黒駅頭は、日差しは明るく温かい雰囲気だったが、ティッシュの配布を始めるとたちまち指先の感覚が鈍くなってきた。

 田上純さんのアピール開始と同時に山下頼行さんがティッシュ配布を始めると、間もなく衆院議員でみんなの党の三谷英弘先生が加わり、やおらカード配布を始めた。こちらはコートを着た重装備だが、三谷先生はコートなしの溌剌たる姿勢で、185センチの長身を折り曲げてカードを差し出す。

 それとなく見ていると、やっぱり姿勢と熱意が伝わるのか、受け取りが多い。筆者はティッシュならまだしもカードとなると自信がない。ほどなく田上さんからマイクを受け取った三谷先生は、一人一票実現国民会議の運動を紹介しながら、一票の格差問題を分かりやすく解説しながら訴えていた。

 12月21日付け、日本経済新聞第2社会面下段の意見広告を引き合いに出しながらのアピールであったが、党名はほとんど出さずに一人一票実現国民会議の運動を前面に出してアピールする姿勢は素晴らしいと思った。この問題は、一つの党派や団体のものではなく国民全体の問題である。

 三谷先生のアピール演説は、そのような思いをにじませたものだった。 このような政治家が出てきたことを心から喜びたいと思う。

 

 
冷たい風をものともせず、一人一票実現を訴える田上さん

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の21日目恵比寿駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現実現運動の21日目は恵比寿駅で行われ、ティッシュ・ カード配布を行った。恵比寿の朝も他の駅と同じように引きも切らない人の波である。筆者はこの日、神奈川県に出張の予定があり、冒頭の15分だけティシュ配布をしたが、手渡しは上々だった。 いつものように田上純さんと山下頼行さんの奮闘に託して、恵比寿駅を後にした。 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の20日目渋谷駅の報告

 

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活動スタッフは、この後からも続々集合して今期最高の16人に膨れ上がった。
    

 山手線一周、一人一票実現運動の20日目は、首都圏の代表的なターミナルである渋谷駅で行われ、今回の「駅伝活動」最多人数の16人が参加し、アピール呼びかけとティッシュ・ カード配布を行った。

 渋谷駅での日曜日の活動とあって、石井洋子さんはじめ、山田世羅さん、藤原豊さん、21世紀構想研究会の峯島朋子さん、鶴本圭子さん、山本友紀さんら伊藤塾のスタッフが8人も駆け付け、田上純、山下頼行さんに加えた16人が、宮益坂口の駅頭で活動を開始した。

 さすがに渋谷の人の流れはすごい。とめどなくつぎから次へと人波は続く。500個のティッシュが詰まっている段ボール6個を見たときには、とても捌き切れない数に思えたが、そこは人海戦術もあって、約1時間半で3000個がすっかり「売れ切れ」となってしまった。

 宝くじボックスのおばさんに聞いたら、「そりゃすごいわねえ。私らはそんなに売れたことないから」と妙な感心をされたが、好意的なおばさんの反応には嬉しくなった。いつも思うことは、ティッシュを手渡す際の受け取る人たちの反応である。

 この日も若い青年に「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をされたときにはびっくりしたし、「ご苦労様」と若い女性に言われた際にもびっくりした。ティッシュを出した瞬間、相手が微笑みかけたのでよく見ると、一人一票実現国民会議事務局長の伊藤真先生だった。にっこりされて「これから講義がありますので」と足早に去って行った。

  

 写真右は、一人一票になっていない日本地図を見せながら説明して理解を深めてもらった。

 鶴本さんは、巨大な日本地図に一票の格差を図示したポスターを持参して広げ、格差の理不尽さを訴えていた。何人かの人々が話しかけてきたり質問をしてきた人もいて、それなりの反応があるのは、見ていて心強く感じた。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の19日目原宿駅の報告

 

 

 山手線一周、一人一票実現実現運動の19日目は原宿駅で行われ、今回の「駅伝活動」最多人数の5人が参加してティッシュ・ カード配布を行った。 この日の東京地方は朝から小雨模様になり、配布をスタートしたころには霧雨風の空模様となった。

 田上純、山下頼行さんの常連メンバーに加えて山下めぐみさんが参加、ほどなく荷物をいっぱい抱えた石井洋子さんが参加してにぎにぎしいスタートとなった。筆者は最初、集合場所を間違えて「竹下口」の駅頭にいたが、人は大勢いるが「子供」ばかりがうろうろ。どう見ても選挙権はまだという年代層だ。

 しかし活動は、表参道口と分かり、こちらに回ってみると「大人」もかなりいるのでほっと一安心。みぐみさんが転がしてきたキャリアバッグの中身は、テッシュがぎっしり。そこへ石井さんもかなりのティッシュを持参されているので「タマ」は相当にあると思っていた。

 がしかし、思いのほか受け取り反応がよく、筆者が手渡した子供風の「大人」に、「カードの中身も読んでね」と声掛けしたら「はい!」という元気な反応。これが原宿なんだ。あっという間にティッシュは「完売」となった。いつものことだが、複数で手渡しが始まると競うようにしてやるので、あっという間である。

 週末の配布は、受け取り反応がいいので、ついこちらも張り切ってしまう。明日は、渋谷。めぐみさんの話では、「タマ」も相当の数を用意するという。みんな、張り切る様子が目に見えるようだ。

  

石井さん(左の写真)と山下めぐみさんの手渡し雄姿。一人一票実現運動の

もっとも美しい街頭活動の一つの光景である。

山下頼行さんのアピール演説もそれなりに良かった。

 

石井さんが持参したお土産の葉っぱ付きみかん。

その大きさにびっくり。携帯電話と比べてみると分かる。

 

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の18日目代々木駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現実現運動の18日目は代々木駅で行われ、ティッシュ・ カード配布を行った。 この日も午前8時に駅に到着すると、早くも「先客」がのぼりを掲げて忙しく行き来する人々に訴えるている最中だった。

 見れば日本共産党の活動である。代々木は共産党の本部のある拠点であり、日本共産党のことを「代々木」というほどである。さすがにその本拠地だけあって、見ていると手慣れた感じが出ている。新聞を配る人のさばき方も参考になった。

 こちらはいつものメンバー3人でティッシュ・カードの配布を行ったが、気のせいか受け取りかたもいい感じだった。午前中には筆者の大学でミーティングがあり、その席で一人一票実現運動のカードを配って少々理解を求めた。

 昨日は、みんなの党の党員から連絡があり、一人一票実現には党をあげて取り組んでいるという。一人一票実現国民運動でも、みんなの党の一人一票実現の政策を支持しているということを改めて伝えると非常に評価してくれ、これから同じ目的の実現に向かって頑張ることで一致した。

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の17日目新宿駅の報告

 

  山手線一周、一人一票実現アピールの17日目は、首都圏最大のターミナルである新宿駅で行われ、田上純、蓼沼紘明さんが駆け付けて多くの人たちに一人一票カードの入ったティッシュを配りながら実現を訴えた。

 この日は、力強い援軍が来た。蓼沼さんである。冷たい風が吹いているので、用心して中に厚着してきましたといいながら街頭に立つと「一人一票実現運動です」といちいち声を掛けながらティッシュ配布を始めた。朝のラッシュタイムには、話を聞いてくれる人はいないが、それでも声掛けをすると注目してくれる人もいる。

 筆者はもっぱら「おはようございます」の一点張りの声掛けだが、それでも数人に一人は何らかの反応や返事を返してくれる。ときには丁寧に立ち止まってお辞儀までしてくれる人もいる。このように街頭での活動にもいろいろな対応があるので、これからもそのコツを会得することを深めていきたい。

  

 蓼沼さんの手渡し(左)と田上さんの手渡しには独特の雰囲気があって、筆者には参考になった。

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の16日目新大久保駅の報告

 

 
新大久保駅の看板は、左上にかすかに見えます。

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 山手線一周、一人一票実現実現運動の16日目は新大久保駅で行われ、 ティッシュ・カード配布を行った。 この日は、冷たい乾燥した風が強く吹いており、風邪には要注意の日である。雨よりはいいものの、やはり街頭での活動には大変だという実感で駅に降り立った。

 ところが、駅頭にはすでに「先客」がいたのでびっくりした。地元の区会議員が、コートも着ないで辻立ちの演説をやっている。感心して見ていると、これが大変的を得た内容であり、心情的に応援したくなった。ともかくもこちらも、いつものように田上・山下の強力コンビが体制を整えていざアピールを始める段になってハプニングが生じた。

 スピーカーを作動させると、なんと10メートルほど離れた辻立ちの議員の演説をもろに拾ってこちらのスピーカーからも発声することが分かった。何度か調整するも改善できず。仕方なく、田上・山下コンビの名アピールは中止して、ティッシュとカードの配布となった。

 一人一票実現運動の「一人一票」というスローガンンは、升永英俊弁護士が言い出した言葉である。これは本人に聞いてみると、英語で言う one person one vote  を翻訳したものだというが、名翻訳である。このスローガンを言うだけで、一票の格差という目的が大体伝わるからだ。

 そんなことを思い出しながら冷たい風を避けながら道行く人たちにカード配布を行った。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の15日目高田馬場駅の報告

 

 

 山手線一周、一人一票実現実現運動の15日目は高田馬場駅で行われ、 カード配布を行った。 高田馬場駅は、学生の街だけあって若い世代が多い。それだけにカード受け取りは「苦戦」を強いられると予想していたが、はやり非常に難しかった。

 朝の出勤、登校時は誰でも忙しい。人のことには構っていられない。そんな雰囲気が誰にも感じられる。そういう人たちにカードを受け取ってもらい、しかも一人一票実現運動を理解してもらうのは至難の業である。しかし升永英俊弁護士がタネをまいたこの運動を何としても浸透させて実現にこぎつけたい。

 そのような思いを込めてこの日もわずかな時間だったが同志の山下頼行さんとともに活動を行った。筆者はこの日、成人病検診があるために途中で戦列を離れた。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の14日目目白駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの14日目は目白駅で行われ、 予定していたティッシュカードをあっという間に配布し、カードに切り替えるほどだった。ティッシュの「売れ行き」はやはり上々である。カードだけでは、なかなか受け取られない。

 この日は、田上純さんが配布役、山下頼行さんがマイクを握ってのアピール役となり、それぞれ持ち味を出した活動だった。写真はバックの「目白駅」の文字を入れたつもりが、今見ると「目」が入っていなかった。残念。

 ところで、筆者は昨日朝早く、宮城県に向かい大震災で壊滅的な被害を受けた南三陸町とその周辺を視察した。惨状の見たままはこのブログで別途報告したが、その道々、関係者に一人一票実現運動のあらましを話した。

 聞いた人は理解を示し、この運動の本質が分かったという反応だった。また、折しも宮城県会議員選挙の当日であり、私の知人も支援としている候補者がいる。夜遅くの開票結果を聞くと見事に当選。さっそく一人一票実現運動に理解してくれるよう当選議員に働きかけた。

 国政選挙ではないものの、地方自治体選挙でも一票の格差は同じである。まず国政の是正が先だが、地方レベルの格差問題も残っていることになる。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の13日目池袋駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの13日目は池袋駅で行われ、田上純、山下頼行、田中さんが駆け付け、日曜日で賑わう大ターミナルの駅頭で多くの人たちに一人一票実現を訴えるティッシュカードを配ってこの理不尽な格差の是正を訴えた。

 この日は、新メンバーの田中さんが応援に駆け付けてくれた。田上さんのアピール演説とティッシュ配布を平行して行ったが、山下さんの感想では意外と若い女性が受け取ってくれたようで、うれしくなったとのこと。確かに若い世代は女性に限らず、受け取らない人が多い。

 たまに受け取ってもらえると、手応えらしいものを感じるから不思議である。ともかくも、多くの人々に関心を持ってもらうためには、この行動も無駄ではない。まだ、山手線駅伝は半分まで来ていないが、長丁場を一歩一歩踏みしめて行こう。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の12日目大塚駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの12日目は大塚駅で行われ、田上純、山下頼行、鶴本圭子さんが駆け付けて多くの人たちに一人一票実現を訴えるカードや新聞切り抜きを配った。

 この日は週末とあって鶴本さんも応援に駆け付け、いつものように新聞切り抜きとカードを丹念にクリップとめした資料を配布した。またこの日は産経新聞に意見広告が掲載されたので、その新聞も広げて道行く人々に話しかけた。

 マイクで呼びかける田上さんによると、この日は3人の人から「頑張ってください」という声を掛けられたという。「こんなことは、初めてです」と嬉しそうだった。筆者もティッシュカードと、「鶴本資料」の両方を配布したが、週末の通行人は余裕があるせいか、よく受け取ってくれるしまた関心も示す。

 大阪から来たという男女二人連れは、大阪だから関係ないのでは・・という反応だったが、これは日本全体の問題であり、大阪府民も同じ理不尽の中にあることを説明するとすぐに納得した。しばし雑談となったがいま大阪では熾烈な選挙戦を展開中。支持する候補は?と水を向けたら「橋下さん」とはっきりと答えていた。

 ウィークディの朝の出勤時間帯だと忙しい時間になるので、受け取るのもやや鈍くなるようだが、週末は雑談に応じてくれる人もいるので嬉しくなる。山手線はまだ半周にもなっていないが、このように行動を起こして訴える運動はやはり、生の反応を体験できるので今後の運動の展開に参考になる。

 13日の日曜日は、筆者は宮城県南三陸町へ大震災の被災者訪問で出かけるので、カード配布は月曜日から再び復帰する予定である。

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の11日目巣鴨駅の報告

 

 
 この日は本降りの雨なので、アーケードの下で活動をした。
このため巣鴨駅の看板が見える位置ではなく、このような写真となった。
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 山手線一周、一人一票実現アピールの11日目は巣鴨駅で行われ、田上純、山下頼行さんが駆け付けて多くの人たちに一人一票カードの入ったティッシュを配りながら実現を訴えた。

 この日はあいにくの雨。山手線一周う駅伝が始まって11日にして初の雨となった。朝の出勤や通学に急ぐ人々は、傘を手にしているので空いている手がない。ティッシュ配布も思うようには受け取ってもらえないという悩みもあった。しかし、受け取った人からは、「頑張ってください」と声をかけられることもあり、元気づけられながらキャンペーンを展開した。

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の10日目駒込駅の報告

 

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの10日目は駒込駅で行われ、多くの人たちに一人一票カードの入ったティッシュを配りながら実現を訴えた。

 筆者も午前8時から駆けつけてティッシュ配布を行ったが、山下頼行さんにはかなわない。よく見ていると配布にもコツがあって、実にタイミングよく受け取らせているように見える。田上純さんのアピール演説も、なかなか堂に入ったものであり、この運動が間違いなく広がっていくことを実感した。

 高校生か大学生かよくわからない自転車の男の子にティッシュを手渡して聞いてみると、まだ選挙権はないという。しかし一人一票実現運動を手短に説明すると、「はい、分かりました。勉強します」と言って一礼すると、変わった信号と同時に走り去った。今日も配布してよかったと思った。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の9日目田端駅の報告

 

山手線一周、一人一票実現アピールの9日目は、田上さんと山下さんが参加していつものように始まった。ところが、JR労組による駅前街頭活動が展開されていることから、彼らに配慮することになり、スピーチは途中で断念して一人一票実現ティッシュ配付だけに切り替えた。


 しかし、用意していた250個のティッシュは、瞬く間に配り切りって終了。ティッシュのはやはり少しは推進力がありそうだ。差し出したティッシュの手を出した中年の女性が一人一票実現運動のマスコットに気付いたのか、「あ、一人一票ね」と言って受け取ってくれたという。二人とも「大変嬉しかった」と連絡があった。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の8日目西日暮里駅の報告

 

  

 山手線一周、一人一票実現アピールの8日目は、田上さんと山下さんの仕事の都合から急遽「朝活」から「夜活」となり、午後7時から同8時まで活動を行った。

 この日は、二人とも勤務先から急行したためカードの持ち合わせがなく、交代で道行く人々に一人一票実現の運動の趣旨と現行の不条理な制度を訴えて、これを改正するアピールを行った。

 初の「夜活」であったが、帰途に向かう人が多いせいか、耳を傾けてくれる人の割合は高かったという印象だったようだ。立ち止まって聞いてくれる方もいたこともあって、二人とも改めて一人一票実現運動は草の根運動であることを実感したという。筆者は、広島出張で支援できなかった。

 写真は他人に依頼して撮影してもらったので、ややピンボケとなっているが、初の「夜活」のしかも貴重な足跡写真だから我慢して掲載した。

 

  

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の7日目日暮里駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの7日目は、日暮里駅で行われ、田上純さんと山下頼行さんの2人が、出勤、通学に急ぐ人たちに、一人一票実現を訴えるティッシュ付きカード配りを行った。

 ベテランの2人とあって配布するのも手際がいいようだ。筆者の経験でも、手際の良し悪しがある。この日はわずか30分で125部を配布したというのを聞いてびっくりした。ティッシュをもらった人の中には、「おっ、なんだこれは?」とでもいうようにじっと見つめてくれた人も多かったという。

 筆者は、今日から3日間、広島市での学会に参加するために山手線駅伝カード配布は欠席となったが、帰京後はまた復帰する。

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の6日目鶯谷駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの6日目は、鶯谷駅で行われ、多くの人たちに一人一票の実現を訴えた。また、カードとチラシ配りを行い、関心を示した人への説明も行った。

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の5日目上野駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの5日目は、上野駅で行われた。この日は鶴本圭子さんもチラシを持参し意見広告ももって応援に駆け付け、田上純さんのアピール演説の横でカードとチラシ配布を行った。

 上野駅頭は週末とあって遠方から来訪した人も多く、切れ目なく人の流れがある。これまでの駅頭でのチラシとカード配布で感じているのは、若い人の関心がほとんどないことである。一人一票の本質的な問題は、これからの日本の民主主義の確立ということにあるだけに、実際には若い世代に課せられた課題であるはずだ。

 しかし、若者がほとんど関心を示さないのは残念だ。この日、筆者の配布に関心を見せて会話をしてくれた人は、いずれも年配の方だった。東京都東村山市から来たという男性は、「一人一票の実現は大事だよ。私は分かっている。頑張ってほしい」と笑顔で言ってくれるたで本当に嬉しくなる。

 また女性は、最高裁判事の国民審査の意味をだいたい理解しているが、×をつける基準が分からないという。一人一票についての最高裁裁判官の意見について説明すると「よくわかりました。×つけますよ」と言ってくれた。さらに愛知県から来たという年配のご夫婦とお嬢さん(20歳代と思われる)3人は、熱心に筆者の説明を聞いてくれ、チラシにも目を通してくれて賛意をしめしてくれた。

 筆者はこの日、大学での会議があるために最初の30分間だけの配布活動だったが、これまでに一番反響があった。ただ、若い人々と話し合う機会がないのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の4日目御徒町駅の報告

 

 山手線一周、一人一票実現アピールの4日目は、御徒町駅で行われ、出勤を急ぐ人々にカードとチラシ配布を行った。

 御徒町駅を降りてくる人々は、地下鉄・大江戸線に乗り換える人が多い。午前9時過ぎからオープンとなる商店が多いようで、8時前からの人の波は、乗り換え口に急ぐ人の波であわただしい動きだった。9時前あたりから、駅を取り囲むように広がる商店の関係者が出勤する姿が目立った。

 田上純さんの呼びかけは、8時過ぎから始まり間断なく続いていたが、やはり呼びかけは関心を呼ぶことが多く、立ち止まって様子を見たりのぼりを見ていく人もいた。意見広告の新聞切り抜きと同じように裁判官の名前のわきに「×」がついたカードは、一目見て関心を抱かせるらしく、覗き込んだ人は受け取ることが多かった。

 

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の3日目秋葉原駅の報告

 

 田上純さんが活動する、山手線一周、一人一票実現アピールの3日目は、秋葉原駅で行われ、山下頼行さんと筆者も応援に駆け付け、カードとチラシ配布を行った。

 この日は文化の日であり、駅頭は外国人も含めた買い物客で朝からにぎわっていた。田上さんと山下さんが交互に辻立ちアピールを行い、一人一票になっていない日本の現状についてその不条理を訴えた。電気街の広場には多くの若者たちが三々五々集まっていたが、訴えるスピーチに関心を示す人もいた。

 この日は、筆者も初めてチラシを配布してみた。このチラシはA4で一枚に簡潔にまとめた現状の一人一票のインチキさを訴え、国民全員が主権を行使するために考え直そうと呼び掛けるもので、これまでは講演会などで配布していた。

 カードと一緒に配布したが、両方をもらうとまずチラシを読み始める人が多く、この配布にはそれなりに意味があることが分かった。チラシはいくつか用意しているので、今後は内容を改良しながら、より成熟したものにしていきたい。

 明日は、御徒町であり、出張に出る山下さんは来れないので、田上さんと筆者の2人で頑張りたい。

「一人一票実現・山手線一周駅伝アピール」の2日目神田駅の報告

 

 田上純さんが活動する、山手線一周、一人一票実現アピールの2日目は、神田駅で行われた。田上さんの辻立ちスピーチをした神田駅北口は、銀座線との乗換経路ということもあってか、多くの通勤・通学者が行き交い、いつものことだがあわただしい朝の風景だった。

 田上さんは、「国民審査で一人一票は、必ず実現できます」とアピールすると、通りかかった高齢の男性が「具体的にどうすればよいのか?」と詳細を尋ねらきた。田上さんは、マイクを置き、「0.6票君カード」を示しながら説明したところ、相手の紳士も理解したようだった。

 再び、スピーチに入ったところ、援軍来る! 熱心なサポーターの一人である山下さんが到着。出勤前の二人でスピーチと「0.6票君カード」配布を行った。

 あっという間の1時間だったが、昨日の初日・東京駅で男性からもらった「twitterフォローしているよ。がんばって!」というエールに続き、この日は国民審査にまつわる質問もあるなど、「昨年10月時点と比べても、関心の高さを肌で感じることができた」と田上さんも満足そうだった。

 明日は秋葉原駅で10時からのスタート、「一人一票実現ティッシュ」配布の予定である。筆者はこの日から群馬県に出張中であるが、今後もこの活動を広報する立場でインターネット発信を続けたい。

 

 

一人一票実現活動の山手線一周「駅伝」を再開

 

  一人一票実現国民会議の活動の一つとして頑張っている、山手線一周の「駅伝」訴えが、11月1日から始まった。これまで合計3回決行しているので、今回は4度目の決行となった。

 この日は、田上純さんが拡声器、旗、配布カードの3点セットを持参し、午前8時から、東京駅丸の内南口の一角に立って、通勤を急ぐ人々に一票の格差の不条理と改善への熱意を訴えた。

 いま東京駅は大改築の最中で、駅構内付近は立ち入れない。田上さんは構内から出た路上の一角に「店」を広げて活動を行なった。全国各地の一票の格差を訴えながら、この格差を是正するのは国民一人一人の意識改革につながっているなどの主張を呼びかけた。

 通勤を急ぐ人々の中には、おやっと眼を転じて田上さんと国民会議の「のぼり」を見て、何となく支援する眼差しを感じることもあった。この日は初日であり、明日からは神田、秋葉原・・・・と順次、山手線を一周する予定である。

 筆者は、時間が許すときに参加してカード配りくらいしかできないが、このような草の根行動の支援に少しでも役立とうと気持ちだけは持ち続けている。いつも話題にしている学生諸君にも、いい影響が出てくることを期待している。

 

 

 

 

みんなの党が一人一票実現におおきな一歩

 みんなの党の渡辺喜美代表が、10月21日のメルマガで次のようなメッセージを党員らに伝えた。

 【一人一票比例代表制】

 政治の最終決定は選挙で行われる。選挙は、投票価値も含めて「一人一票」でなければならないのは当然だ。

 「一人一票実現国民会議」の発起人の一人である升永英俊弁護士は、「一票 の格差」問題に取り組んできた。
 升永弁護士は、「一票の格差が生じている現行選挙法の下では、有権者の多 数決ではなく、少数決となっている。
 これでは真の民主主義が実現しているとはいえない」、と語る。

 みんなの党は、今日、衆議院選挙制度改革案として、「一人一票比例代表制 (ブロック単位)」を正式に発表した。
 中西健治選挙制度改革本部長が中心となってまとめたもので、定数300(180 の大幅削減)とする新たな比例代表制だ。

 これは、政党名か現行衆議院比例地域ブロック毎に政党が示す非拘束名簿記 載の候補者名のいずれかを投票する仕組みである。
 政党票・候補者票を政党得票として全国で合算集計した得票に基づき政党毎 の議席を確定させるから、一人一票が実現する。

 これを早速、選挙制度改革協議会に提案した。
 しかし、民主党や自民党は、「一人一票」の実現にやる気なし。
 6増6減とか、0増5減の小幅是正で済ませてから抜本改革の議論をやろう という。
 自民党は、「2パット方式」と述べるが、1パットで決めた方が良いに
 決まっている。

 また、区割り変更があるから、抜本改革はムリという声もある。
 だが、みんなの党案であれば、区割り作業は必要ない。
 次の衆議院選挙から実施できるのだから、それは理由にならない。屁理屈だ。

 そもそも、1票の格差を2倍未満にすればよいという考え方が間違っている。1票対0.49票ではダメだが、1票対0.51票でいいと考えるのがおかしい。
 あくまで1票対1票を目指すべきだ。みんなの党は一人一票を徹底追求していく。

 これは政党としては素晴らしい決定である。 衆議院選挙制度改革案として、「一人一票比例代表制 (ブロック単位)」を正式に発表したもので、画期的な政党公約である。みんなの党が政権につけば、この公約が果たされることを考えると、国民審査で最高裁判事のうち一人一票に反対している判事に「×」を付ける運動と並行してみんなの党を支持する運動に発展させたい。  

 

第10回YES!ナイト『一人一票YES!』の開催

 

 150人の若手企業家で発足したYoung Entrepreneur Society (YES!プロジェクト)の第10回イベントが、7月29日午後7時から、東京・麹町のグロービス経営大学院東京校で開かれ、約100人の参加者が出席して一人一票実現運動について考えた。

 パネリストは、この運動の火付け役である升永英俊弁護士のほかに、平将明・自民党衆院議員、三宅紳吾・日本経済新聞社編集委員、青木玲子・一橋大学教授、堀義人・YESプロジェクト発起人代表。ショートスピーカーとして武田薬品工業の長谷川閑史・代表取締役社長が加わり、モデレーターは佐藤大吾・YESプロジェクト発起人で展開された。

 最初にパネリストとショートスピーカーがそれぞれ自身の所見を述べて始まった。升永さんは、現行の選挙はデタラメ選挙区割りで選出された国会議員が多数決の原理で政治を行っている理不尽を訴え、一人一票を実現するには立法府は無理であり、最高裁裁判官を罷免する国民審査で実現する方法を訴えた。

 自民党議員の平さんは、国民が選んだ政治家と国民の間にギャップがあってはならないとし、その後の発言でも少数有権者に選ばれる地方選出の議員と多数の有権者から選ばれる都市部選出の議員の間では、政治的な判断にギャップが生じている現実を訴えた。

 長谷川さんは、一人一票が実現していない格差によって、地方にウエートが置かれ老齢者が優遇され、都市部の若い有権者が割を食っている。これからは個人認証して電子投票を取り入れ、24時間かけて投票するようなシステムを実現すべきだなど独自の見解を述べた。

 この運動はいま、来るべき総選挙の際に最高裁判事のうち、一人一票に反対している6人の裁判官を国民審査で×をつけ、罷免しようとする運動が先導している。実際に×を付けて罷免するには、投票総数の過半数を得なければならない。それには3000万人の投票者が×を付けないと成立しない。

 升永さんは、国民がいまこそ自覚して行動を起こし、日本に有史以来初めて民主主義を実現しようと呼びかけている。デタラメ選挙区割りは、まったくあきれた制度であるが、それに気が付かずに戦後60年間も認めてしまった国民にも相応の責任がある。

 今こそこの制度を打破して真の民主主義国家を作らねばならない。この日の発言で平さんが語った言葉に、100人の意向を動かすには10人の先導者がいればいい。1万人を動かすには100人の先導者、日本国民を動かすには1万人の先導者でいればいいという発言は非常に参考になった。

 一人一票実現運動に本気で取り組んでいく人が、全国で1万人いればいい。これはなんとなく実現可能な数字ではないか。それだけ気が付いただけでも、この日のイベントに参加したかいがあった。この運動には、頑張っていきたい。一人一票実現によって真の民主主義国家を築き、劣化してしまった日本の政治、行政、司法を立て直さなければ、今の子供たち若者の未来はない。

 

 

 

 

現行選挙は違憲状態とする歴史的判決

 
 

 一人一票実現運動を展開している人たちが起こしていた一票の格差は憲法違反とする選挙無効訴訟で、最高裁大法廷(竹崎博允長官)は2011年3月23日、法の下の平等に反して違憲状態にあるとする歴史的な判決を出した。

 判決では、現行制度の小選挙区の区割りを違憲状態としたもので、この選挙制度になってからは初めての最高裁判断である。人口比とは関係なく、各都道府県に1議席を配分していることが格差を生んでいるとしたもので、この方式の速やかな廃止を求めている。

 司法判断は、立法府の国会に是正を命じたものだが、もし国会がこの司法判決を無視するようなら、憲法も順守できない国会ということになり、日本の国の存立の根拠はなくなってしまう。

 この日の大法廷判決には、筆者も傍聴者の一人として入廷した。最高裁大法廷は、先の口頭弁論に続いて2回目の傍聴になる。司法判断の最高意思決定の言い渡しを最初に聞くだけに、それなりに緊張感がある。約130人が傍聴席を埋めていたが、15人の裁判官が入廷するとしわぶきひとつ聞こえない厳粛な雰囲気で主文読み上げを聴いた。

 

 

最高裁大法廷で上告審の口頭弁論行われる

 

 一人一票実現国民会議が中心になって取り組んでいる運動が、いよいよ大きなうねりになってきた。

 2011年2月23日には、これまで出ている9件の高裁判決に対する上告審弁論が最高裁大法廷で行われた。最高裁大法廷での傍聴は筆者にとっても初めてであり、日本の司法の最高の判断機関がどのような部屋と雰囲気にあるのか楽しみにして立ち会うことにした。

 大法廷での傍聴に先立ち、この日午前11時から、JR新橋駅前で一人一票実現を訴えるカード配布を行った。サポーター活動をしている約20人の人々が駆けつけ、それぞれカードの入ったティッシュを手にして駅周辺を行き交う人々に手渡して一人一票実現を訴えた。

 上の写真は、駅活が終了後に最高裁へ向かう直前に撮影した一コマである。この後、一行は地下鉄で最高裁に向かった。

 

 最高裁に到着すると、たちまちにして傍聴希望者の列ができ、約200人の定員をオーバーする人の列が最高裁の周辺を取り囲んだ(写真上)。原告側の弁護団、マスコミ関係者なども加わって、熱気をはらんだ行列となった。定員をオーバーしているとして抽選が行われたが、筆者は幸いにして傍聴券を引き当て、大法廷へ入る幸運を体験した。

 

 傍聴希望者の列に並んでいると、筆者のすぐ後ろにはなんとプロ野球の古田敦也氏も並んでいる。この運動には、旧知の升永英俊弁護士に聞いて関心を持ち、一人一票実現のために一市民として活動をはじめているという。写真は、一人一票実現運動を行っている学生とのツーショットである。 古田さんの手には傍聴券が握られていた。

 さて、長い列を作って大法廷へと進んでみると、確かにそのたたずまいは日本の司法を象徴する部屋らしく重厚な雰囲気を持っていた。約150人の傍聴席の椅子が、15人の最高裁判事が一列に並ぶその前に劇場の椅子席のように並んでいた、15人の裁判官が入廷と同時に傍聴人は一斉に起立して裁判官を迎えた。

 升永英俊弁護士、久保利英明弁護士、伊藤真弁護士の3人が国政選挙には一票の格差があり、憲法に違反しているとする主張を論理的に展開した。その中で特に印象に残ったのは「日本を正しい代議員民主主義国家にするため最高裁は正しい判断をすべきである」という趣旨を展開したことである。

 真の民主主義とはなんであるかを理路整然と説明した点で感銘を受ける弁論であった。3人の弁護士が論述している間、傍聴席はしわぶきひとつ発することなく、まさに水を打ったように静まり返り、厳粛な雰囲気の中で弁論は終始した。印象深い大法廷弁論であった。

 

 

 

 

 

 

一人一票実現全国一斉駅活を展開

 

 2011年2月6日。東京、福岡、名古屋のJRなどの駅頭で、一人一票実現を訴えるカードやティッシュ配りの活動が一斉に行われた。

 筆者は所要で午前10時からの開始には間に合わなかったが、少々の遅れで品川駅に到着すると、一票君のシャツを着こんだスタッフが、道行く人にカード&ティッシュを配布していた。さっそくその行動に加わったが、ティッシュを手渡す手が寒さでかじかんで思うようにいかない。他のスタッフは何事もないように配布しているのを見て、筆者は思わず熱意の足りなさではないかと感じてしまった。

 ところでこの日は、主要新聞に一人一票実現の1ページ意見広告が掲載された。一人一票の実現をするための方策として、国民審査で最高裁判所裁判官を罷免できる権利を行使しようという呼びかけである。憲法前文にあるように、国民が主権者であるから当然の権利として行使できる。

 前回の国民審査の結果も意見広告に掲載されているが、一人一票になっていないことでも合憲とした2人の裁判官への不信任票が突出して多い。これは総選挙の直前に、この運動の代表である升永英俊弁護士が意見広告で訴えた効果が数字となって出たものだ。

 一人一票実現に対する国民の関心は確実に広がっている。駅活もその流れを作る活動だが、それ以上に駅活に参加して行動している若い人たちのエネルギーにはいつも感銘を受ける。このエネルギーはやがて日本全体を動かす巨大なマグマに育つだろう。

 

 

一人一票実現の戦略ミーティングを開催

 

一人一票実現サインの一本指を突き立てて、これからの活動を誓い合った

  一人一票実現を推進しているグループのメンバーが、2011年2月4日、新宿に集合し、さる1月8日にプレスセンタービルで開催された「新成人・若手セミナー」の反省会と今後の推進戦略会議を行った。

 この日集まったのは11人で、学生・社会人の混成部隊である。筆者が升永英俊弁護士との出会いから一人一票実現運動に至った経緯などを紹介し、この運動の広がりについて意見を交換した。この運動の特徴は、誰に訴えても賛意を得られることである。

 ところが全国的な展開となると必ずしも盛り上がってこない。この日集まった学生の中には、将来政治家を目指す人もおり、社会人からは日本の将来を背負う政治家として富を生み出す政策に取り組むようにと早くも期待を寄せる声も出た。

 2月6日の全国一斉駅活には、できるだけ支援に集まることを確認し、楽しくも有意義な時間だった。

 

 

 

一人一票実現運動運営会議

 一人一票実現運動をサポートする人々が集まって、毎月1回開催している運営会議が1月11日、渋谷の伊藤塾会議室で開かれ、今後の運動展開などで情報交換をしたり意見を述べ合った。

 この中で一番話題になったのは、ツイッターをもっと活性化するためのアイデアである。ツイッター参加者が増えることによって、この運動の理解者が広がることになるので、周辺にいる友人・知人たちに働きかけをしていこうという意見が多かった。

 またこの会議では、さる1月8日に日本記者クラブのホールで開催された一人一票実現学生・若手セミナーの報告を21世紀構想研究会から行った。

  開催日の1月8日は、会場の空きがこの日しかなかったために開催したもので、当初の目的の新成人への働きかけがなかなかできなかったが、それなりの目的は達成できたと思う。

 

  学生にできるだけ自主的に開催・運営するように任せた。約10人の学生たちが自主的に運営に取り組んだもので、開催当日は、いくつか反省点もあったがほぼ合格点がでたと思う。学生諸君の取り組みは素晴らしかった。

 セミナーは第1部と第2部に分け、第1部では3人の弁護士の講話と連帯の挨拶、サポーター活動の報告などを行い、第2部ではセミナーの盛り上げに「一人一票実現クイズ大会」を行った。多数の景品は、この運動に理解を示す企業と多くの個人からの提供でまかなった。

 これからも若い人々のエネルギーを元にこの運動の輪を広げていきたい。

 

 

  

一人一票実現若手セミナーを開催

 

 「一人一票実現新成人・若手セミナー」が、1月8日午後2時から、東京・内幸町のプレスセンタービル10階の大ホールで開催され、約100人の参加者が集まって熱心に運動推進で意見交換を行った。

 この日は、今年成人を迎えた若者たちを対象に開いたセミナーだが、成人式を明日に控えているためか様々な予定が入っているせいか新成人は少なかったが、学生、若手がかなり参加してくれた。セミナーではまず、参加者が全員、自分の住んでいる地域の一票の格差について確認。続いてこの運動の火付け役になった升永英俊弁護士が、運動の意味を考える講話を行った。

 さらに久保利英明弁護士、伊藤真弁護士ら、この運動を理論的に指導しているリーダーからの講話が相次ぎ、それから駅活、弁護士ドットコムなどサポーターの活動報告があった。第2部では、一人一票実現クイズが行われ、正解者には次々と景品が手渡され、勉強しながらの楽しい余興で大いに盛り上がった。

 この日のセミナーで、筆者が特に印象を受けたことは2点ある。第1は、サポーターの一人である横井さんが発言した中で、これからは60歳以上の熟年層と20歳代の若い人たちが連携してさまざまな活動をするべきという提起である。

 60歳代以上の熟年層は、時間的、経済的に比較的余裕があり社会経験も豊富である。その長所と若い人々の未熟な思考ながら大きな行動力をうまくかみ合わせると巨大な力になるのではないかという提起である。これは筆者も同感だ。この話を聞いて21世紀構想研究会の今後の活動のあり方で大きなヒントをもらったように感じた。

 第2点は、国民審査という憲法で保証されている国民の基本的権利を是非とも実行しようというこれからの運動方針である。最高裁裁判官を国民が一人一票を実行して、場合によっては罷免できるということは民主主義の権利を行使する最大の行動であろう。

 伊藤真弁護士が語ったように、「神はこの権利を残していた」と考えるべきである。いずれ最高裁大法廷が、一人一票格差問題で判決を出すことになる。早ければ今年中に出る可能性がある。合憲か違憲か。そのどちらになっても、判決内容によって私たちの一人一票実現運動は戦略を見直すことになるだろう。

 運動はまだ始まったばかりであり、これからも社会の動向を注意深く見ながら展開することになるだろう。

 

 

  セミナーは最後に、この日の決議文を満場一致で採択して、全員で読み上げた。読み上げる際に一人一票実現運動のシンボルになっている、一本ユビを高く掲げる行動で、全員の共通意思を確認した。決議文は次の通りである。

 

 私達は、民主主義国家の基本である一人一票を実現するために若い力を発揮し、日本を真の民主主義国家に変えるため、怒涛のごとく邁進することを誓います。         2011年1月8日

 

 

一人一票実現運動若手セミナー事務局会

 

一人一票実現への連帯のサインである1本ユビを立て1月8日の開催の成功を誓った。

一人一票実現新成人・若手セミナー開催の事務局会が、1月7日、プレスセンタービル9階のロビーで行われ、1月8日開催の段取りの最後の点検を行った。

 この日の点検では、セミナーの開催から終了までの進行について、司会者担当の学生諸君らがシナリオ案をもとに実践を予想しながらミーティングを行った。今回のセミナーは、新成人が選挙権をもらっても一人一票になっていない現状を知り、このおかしな日本の民主主義をただそうとする運動である。

 新成人だけでなく学生、熟年も一緒になってこの現状を検証し、今後の運動の展開を確認していくものだ。また、今回のセミナーの目玉は、一人一票実現を勉強しながら楽しむクイズ大会がある。そこで配布される景品の提供を企業や個人に呼びかけたところ、予想以上の景品が集まり、1月8日には参加者全員に景品が手渡される運びとなった。

 これからも楽しみながら升永先生がタネをまいた一人一票実現運動の輪を広げていこうということで学生諸君も燃えており、若い世代のエネルギーで日本を変えていきたい。

 

 

 

一人一票実現運動・1月8日イベント事務局会

 

 一人一票実現運動の新成人・学生への呼びかけを行う「一人一票実現運動 新成人・若手セミナー ~社会人・中堅・熟年のみなさん大歓迎~」の実行部隊のメンバーが、12月18日、東京・日比谷のプレスセンターに集まり、開催内容について具体的な打ち合わせを行った。

 この大会は、来年1月8日(土)、午後1時半から、プレスセンター10階の大ホールで開くもので、この日はこのイベントを運営する学生諸君が集まり、大会プログラムの細部について打ち合わせを行った。

 参加者は、こちら から申し込みができる。今年、成人式を迎え、有権者になった若い人々が中心になる。有権者になったものの、実際には1票の価値がなく、住んでいる場所によって格差が生じている。これは憲法違反であることは間違いなく、日本に真の民主主義をへ根付かせるための最も基本となる権利の主張である。

 是非とも若い人々の参加を募り、この運動の大きなうねりにしていきたい。

 

 

新成人・学生一人一票実現決起大会の事務局が発足

 

一人一票実現運動の連帯のサインは、このように1本の指を突きたてようと

いうことから、写真のポーズもご覧のようになった。

 来年1月8日に東京・内幸町の日本記者クラブの大ホールで開催される「一人一票実現運動新成人・学生決起大会」の事務局が12月11日に正式に発足した。事務局メンバーは、先に開催された慶応義塾大学の学生セミナーに参加した学生たち約10人が馳せ参じており、今後も参加を歓迎する。

 この日は、会場になる大ホールを検分し、その後に大会当日の進め方、今後の参加者勧誘の展開、一人一票実現運動クイズ大会のやり方などについて意見交換した。司会・進行や大会の運営はできるだけ学生主導で行う計画であり、この1週間でその内容を固めたい。

 また一人一票実現運動クイズ大会は、クイズに出題された質問を考えながら一人一票実現運動の主旨や憲法の条文の理解、投票価値などについてみんなで考えるような内容にする予定である。楽しみながら勉強にもなるという狙いだ。

 このクイズ大会では、正解者に景品をだす予定であり、一人一票実現運動に賛同する企業と個人から提供を受けた景品を進呈して当日を盛り上げる計画である。

 事務局に参加したい人は大歓迎であり、是非、参加希望者は、次のメールへ連絡をいただきたい。

 参加希望者の連絡は [email protected]

 

 

一人一票実現で慶應義塾大学の学生ゼミを開催

 

 慶応義塾大学の学生有志諸君が主催する一人一票実現の「学生一日ゼミ」が、12月5日、慶応義塾大学三田キャンパスの517教室で開催され、約100人の学生、社会人らが参加して講演と活発な討論が展開された。

 まず、一人一票実現国民会議の共同代表をしている升永英俊、久保利英明両弁護士が基調講演を行った。二人の法律家は、憲法で保証されている国民主権の平等が国政選挙では、ないがしろにされている現状を論理的に説明した。

 衆院選、参院選で有権者は清き1票として投票用紙をもらって候補者名を記名する。その時点では確かに清き1票の体裁をしているが、投票箱に投じた瞬間にその投票は実質的に有権者の住んでいる地域によって0.5票にも0.2票にも1票にもなる。

 有権者の住んでいる地域に依存している主権とは一体何なのか。誰にでも分かる理不尽で不条理な現状を訴える2人の法律家の話は、聴衆である学生諸君の意識の中にこれを是正すべきとする明確な理念を形成して吸い込まれていった。

 伊藤塾の塾長であり一人一票実現国民会議事務局長の伊藤真弁護士の一言がとどめを刺した。「血を流さずに民主主義を掴み取ろう」という言葉は、間違いなく聴衆の魂を揺るがせたように感じた。

 パネルディスカッションでは、弁護士ドットコムを立ち上げた元榮太一郎弁護士、企業コンサルタントの田上純氏、ivoted代表の原田謙介氏そして筆者が、この運動への取り組みと実践活動について報告・説明し、今後の展開について語った。

 筆者は、来年1月8日に日本記者クラブの大ホールで開催する「一人一票実現 新成人・学生決起大会」の主旨と参加呼びかけを行った。この呼びかけにはすぐに反応があった。この日の深夜までに数人からの学生諸君のボランティア活動参加が表明された。これはまさに 「日本は変わる」と筆者に確信させた。

 若いエネルギーの胎動が巨大なうねりになろうとしている。 

 

 

参院選の1票の格差提訴に違憲判決

 参院選の1票の格差は、違憲だとする判決が11月17日、東京高裁で出された。同日、同じ東京高裁で出た他の4件の参院選格差訴訟では合憲とする許し難い判決も出ており、これを現実的に是正するのは容易ではないことをうかがわせた。

 違憲判断を出した南敏文裁判長は「是正に向けた取り組みが停滞したまま長期にわたって格差が継続しており憲法上許されない」と述べている。住んでいる地域によって、1票の価値が0.2倍になっている現状は法の下の平等、国民主権を定めている憲法に違反しているとするものである。

 「清き1票」という言葉は、選挙実施のたびに国民の投票行動を促す標語として繰り返し掲げられてきた。しかし現実には、選挙民が住んでいる地域によって、1票を投じた瞬間に0.2票の価値しかないなどの格差を生んできた。

 国民が引越しをするたびに、1票の価値がくるくると動くというのは異常である。私たちは地域に依存して政治に参加しているのではないし、憲法の原理に反していることは明らかだ。誰が聞いてもおかしいと思う現状を「合憲」という裁判官がいることも異常だ。

 我々が持っている法の下の平等、国民主権の憲法の原理を、一裁判官がいとも簡単に合憲などとする司法判断は、格差を放置する立法府と同様に到底許されない事態である。

 米国の連邦最高裁は、1対0.993の格差でも憲法違反であり、選挙のやり直しを命じている。それに比べ日本は、1対0.2という格差である。外国人が「日本は途上国並みに選挙がゆがんでいる」との感想を漏らしたのは当然であり、国民として恥ずかしい限りである。

 これを是正するための国会での活動はおよそ期待できない。各党が利害関係者であり、議員もまたそれ以上に敏感に反応するテーマだからだ。先送りで消極的取り組みは明らかであり、3年後の参院選にいまの格差が是正されることは無理だという観測が出ている。

 この提訴はいずれも上告されるので、来年中には最高裁大法廷で合憲・違憲の判断が出るだろう。ここで合憲と判断する裁判官がいれば衆院選で行使できる最高裁裁判官の国民審査で「×」をつけることができる。この権利を行使し、最高裁裁判官を国民が罷免する権利を行使したい。

 昨年の衆院選でも1票の格差を訴える訴訟が行われ、これまで各地の高裁で7件が「違憲」もしくは「違憲状態」とする判決が出ている。先の参院選の格差に対する訴訟は、東京高裁以外でも7高裁と6支部で提訴されており、違憲判決がこれからも出るだろう。

 立法府の国会がこれを放置するようなら、日本は法治国家でもないし民主主義国家でもなくなる。直ちに是正に取り組む必要がある。その場合、衆参の制度そのもののあり方、各党が掲げる議員定数のあり方などはとりあえず先送りし、この格差是正だけに取り組むべきだ。そうでないと課題包括の論議などの理由で際限なく先送りされるだろう。

 

 

升永英俊弁護士が学生相手に一人一票実現の講演

 

 一人一票格差を理解してもらい、この運動の輪を学生たちに広げるため、一人一票実現国民会議の共同代表である升永英俊弁護士が、11月7日、東京・新宿歌舞伎町のロストプラスワンで、大学生約100人を前に講演を行った。 この講演は、一人一票実現国民会議のサポーター運営委員である慶応義塾大学法学部の松下英樹君らの活動によって実現したものだ。

 まず升永弁護士は、男性が1票、女性が0.9票という格差がある選挙があったとした場合、それを許すかどうか多数の人たちに聞いたところ、誰も賛成しなかったというエピソードを紹介しながら、現在、実施されている衆参の国政選挙の1票の格差問題を説明した。

 さらに米国の格差問題について話は進み、日本では1票対0.2票の格差が許されているが、米国では1票対0.993票でも違憲であり、選挙のやり直しを命じる連邦最高裁の判決があったことを引き合いに出した。この例によって、いかに日本の民主主義が、多数決の原理を歪めているかを語ったものである。

 そして、憲法で保障されている国民の主権は、このような1票の格差の歪によって多数決の原理は意味がないものにされており、このような状況を「合憲」としている最高裁判事はきわめて問題が多いと指摘した。日本の政治や社会に、真の民主主義が育たない根本的な原因がlここにあることを示唆した。

 升永弁護士は、このような最高裁判事を、実は私たち国民が罷免する権利を持っていることを明確に認識しようと呼びかけた。来る総選挙のときに同時に実施される最高裁判事の国民審査を有効に活用することが日本の民主主義の確保に重要であるとの見解を示した。

 講演は、升永弁護士のとつとつと語るしゃべり口に会場全体が引き込まれ、しわぶき1つ聞こえず水を打ったように静まりかえっていた。筆者の感じでは、学生たちの頭脳に、砂の中に水が浸透するようにこのテーマの重大性が染み渡ったように感じた。

 若い学生諸君への一人一票実現運動は、来年2011年1月8日に、日本記者クラブの大会議室で「新成人+学生」の決起大会が予定されている。

 新宿で開催された升永弁護士の講演会の最後に、筆者から「新成人+学生決起大会」の開催概要を説明する機会が与えられ、大変、幸運だった。

 

 

 

山手線駅の一周キャンペーンから中央線駅へ

 

 10月1日から始まった「一人一票実現・山手線駅立ちキャンペーン」は、29日の有楽町駅で完結した。この欄で報告が遅れてしまったのは、カメラの故障から写真対応が出来ず、おまけに復帰したカメラに収納されていたのはご覧のような写真であり、報告としては残念なことになった。

 この山手線一周キャンペーンは、先にこの欄でも報告したが、一人一票実現国民会議のサポーターである田上純氏ら若い世代が中心になって、早朝の7時から8時までの1時間、山手線駅前で出勤に急ぐ人々に1票の格差を訴えながら、カードを配ってきた。

 最初の10月1日の東京駅をスタートに、神田、秋葉原・・・・と毎日、駅を1つづつ進めて最後の29駅目の有楽町で完結した。この行動は並大抵のことではない。

 田上氏らは、第2弾として中央線の新宿から東京駅へと移動する週末キャンペーンを展開しており、同時にメディアでも取り上げてもらえるように働きかけている。このような草の根運動によって徐々に国民に1票の格差問題が理解度を深めてきており、今後も様々な機会をとらえて運動を展開したい。

 

先の参院選挙無効訴訟の東京高裁弁論

 さる7月11日に実施された参院選挙は、一票の格差が大きく憲法に違反しているので無効であるとする訴えを東京高裁に提訴した第1回口頭弁論が、9月27日東京高裁で開かれた。

  傍聴人が多いことが事前に裁判所にも知られたらしく、当日の朝になって高裁では一番広い101法廷に変更して開かれた。傍聴人は古田敦也・元プロ野球ヤクルト監督らが詰めかけ、傍聴席はほぼ埋まるほどになった。  弁論ではまず、代理人になった升永英俊弁護士が、鳥取県民の1票は、北海道民にとっては0.2票しか価値がない。有権者は誰でも清き1票と思って投票しているが、このように住居によって大きな格差があることは、世間の常識に反している。

  米国では1票対0.993でも違憲として選挙のやり直しの判決が出ている。日本の国民世論でも、インターネットによる投票を見ると圧倒的に一票の格差に異議を唱えており、現行の参院選のあり方は憲法の主旨に反したもので違法であるとの主旨を主張した。  また、久保利英明代理人、伊藤真代理人の両弁護士も、司法の力で一票の格差是正をするよりないこと、憲法の精神に則って判決をするべきとの主旨を主張して弁論を修了した。  

一人一票実現国民会議第2回サポーター大会

 





 
一人一票実現国民会議の第2回サポーター大会が、7月3日、東京・渋谷の伊藤塾東京校で開催され、260人のサポーターが集まり今後の運動の展開などについて討論した。

  この日はまず升永英俊、久保利英明両代表から、これまで全国の高裁で展開された選挙無効の訴訟の総括を報告し上告理由書の説明があった。これまで9つの判決があったが、違憲もしくは違憲状態としたものが7件、合憲としたものが2件であり、7勝2敗と言う結果だった。

  さらに代表から、今後の司法での闘いの方針について説明し、サポーターの増員、募金運動の展開など具体的な進め方で提起があった。 また、伊藤真事務局長は、一人一票は民主主義国家の生命線であるとして、多数決の原理を説きながらこの運動が国民にとっていかに重要であるかを説明した。

  この運動のリーダになっている3人のスピーチで特に印象に残ったのは、次のような言葉だった。 升永代表は「一人一票の格差があることの本当の意味に気がついたのは、1年前であった。法律家として誠に未熟であった」、そして久保利代表は「この運動に取り組んで法律家がいかに遅れていたかを知った」、さらに伊藤事務局長は「憲法教育者として一人一票の問題意識がなかった。間違って教えていた」という言葉である。

  3人はそれぞれ法曹界のリーダーとして活躍している弁護士であるが、その3人にしてこのような吐露をしなければならないほど、一人一票問題は置き去りにされていたことになる。  フロアの参加者とのディスカッションになったとき、元商社マンだったという年配の方から「本日の大会に参加して失望した。なぜなら弁護士など法曹界の人だけの発言であり、国民運動とは違ったものである」という大変、辛口のコメントがあった。

  確かに発言の多くは、地域で活動している弁護士が多かった。運動の端緒は、最高裁判事の国民審査を訴えた意見広告から始まり、先の総選挙の無効を訴える司法の闘いへと広がったために、どうしても弁護士先導にならざるを得なかった。  そのような背景だったのだが、この方のコメントを聞いてみれば、まさにその通りであり、これからの運動展開を考えるきっかけを与えてくれたという点で素晴らしいコメントだった。

  参院選が終了した後、全国の8高裁、6高裁支部の14裁判所で選挙無効の訴訟を起こす予定である。これは一人一票実現国民会議の運動とリンクした司法の闘いであり、いずれ3年後の総選挙時に行われる最高裁判事の国民審査で決着をつけることになるだろう。




一人一票実現国民会議の運動

 

 一人一票実現国民会議の街頭活動が、5月28日、JR新橋駅前で行われ、道行く人たちに一票の格差を認めてもらい、これを是正するキャンペーンを展開した。

 これまで衆院選の一票の格差をめぐる全国の高裁判決では、合憲としたものが3件、違憲状態としたものが3件、違憲としたものが4件となっている。高裁判断で、違憲もしくは違憲状態判決がこれだけ出たのは、初めてであり、これ自体異常なことである。

 私たちは「清き一票」というスローガンに慣らされてきたが、気がつけば一票どころか0.5票程度しかない。国の政治の仕組みが過半数を原則として行われているときに、自分の行使できる選挙権が半分というのでは納得できない。

 大体、最高裁が過去3回にわたって一票の格差を認めて合憲と判断しているが、国民の基本的人権、参政権の権利まで裁判所が決めることは僭越である。憲法の定めるところにしたがって判決を出すべきであり、その点で高裁判決で違憲と明確に判断した判事はまともである。

 「法の番人」を標榜するなら、最高裁は憲法の定めにしたがって判決を出してもらいたい。

 

福岡高裁は現行の一人一票の格差は違憲と判決

 東京高裁の合憲判断をたった1日で覆した。福岡高裁の1票の格差は違憲・違法として提訴されていた訴訟の判決が、3月12日に言い渡しがあり、同高裁は明確に「格差は違憲」とする判断をくだした。  これまでの高裁での判断は次の表のようになる。   

一人一票実現訴訟の経過

 判決日         高裁        裁判長      判断

2009年12月28日   大阪高裁       成田喜達      違憲

2010年1月25日    広島高裁       廣田聡        違憲

 2月24日        東京高裁       富越和厚      違憲状態

 3月9日      福岡高裁(那覇支部)  河辺義典      違憲状態

3月11日        東京高裁       稲田龍樹       合憲

 3月12日        福岡高裁       森野俊彦      違憲

3月18日        名古屋高裁

 4月8日          高松高裁

 4月27日          札幌高裁

 違憲判断が3件、違憲状態が2件、合憲が1件

 高裁の判断は圧倒的に、違憲もしくは違憲状態である。3月11日に言い渡しがあった東京高裁判決は合憲であったが、これまで合憲としていた最高裁のおひざ元であるため当初から、合憲判断が予想されていた。

 違憲か合憲かの判断は、法理論を根拠に裁判官の独立した判断に委ねられているが、実際にはそのようにきれいごとでいくわけではない。

  今後、名古屋、札幌、高松と続く判決で、どのような判断が出されるか。またこれまでの判決はすべて上告されているので、最高裁の判断が極めて注目される。

  国会議員の意識はどうか

 一人一票実現国民会議は、全国会議員722人に対し、国政選挙の格差に関するアンケート調査を実施した。3月12日までに回答を寄せた議員は28人にとどまっている。

  内訳をみると、違憲状態と見た議員は21人(75%)、合憲は3人(11%)だった。残り4人は、回答しなかった。  300の小選挙区の定数のうち、47都道府県に各1人ずつ配分し、残りを人口比例で割り振っている「一人別枠方式」については、21人(75%)が廃止を求め、4人(14%)が維持と回答している。

  これまでの高裁段階の判決では、立法府の不作為を指摘する判決内容も多かった。立法府が司法判断を重視して対応しない限り、国民はいつまでたっても真の民主主義とは無縁であり続けることになる。 司法判断だけでなく、立法府の対応も国民は注視していく必要がある。

1票の格差で「合憲」判断した東京高裁

 一人一票の格差は許されないとする訴訟が、全国の高裁で提訴されているが、3月11日、東京高裁は「格差は違憲とはいえない」と判断し、原告側の請求を棄却した。

  判決によると、まず不平等の最大の原因ともなっている1人別枠方式については「不平等状態の原因であり、問題ないとは言えない」との判断を示したものの「国会の裁量権の行使として合理性が認められる」と述べるにとどまった。

  今回の判決は、一人一票実現のための訴訟の5つ目である。過去の判断は次の通り。 選挙は違憲であるとしたものが大阪高裁、広島高裁 違憲状態としたものが、東京高裁の別の判決、福岡高裁那覇支部 合憲としたのは、今回が初めてである。

  高裁判決はいずれも上告されているので、いずれ最高裁で最終判断が出されるだろう。 ところで憲法で保障されている国民の平等の権利が、裁判官の判断で揺れ動くのはおかしい。

  我々国民は、裁判官に基本的人権のあり方を委ねているわけではない。一人一票が等しく平等に行使できないのは、誰が考えてもおかしい。 一人一票の選挙区区割りは不可能だーなどという人がいるが、馬鹿げている。やる気になれば、すぐにでも実現できるだろう。

  この日の判決で一人一票実現国民運動のメンバーは、筆者も含めて改めて闘志を燃やしており、実現するまで運動を広げていきたい。

一人一票実現国民会議 第1回サポーター大会を開催

 





 国会議員を選出する際に投票する1票の重さが、自分の住んでいる地域によって大きな格差があることを是正することが、日本の真の民主主義を実現することであるとする
「一人一票実現国民会議」の第1回サポーター会議が、2月13日、東京・日比谷のプレスセンタービルで開催され、全国から約150人が参加して熱のある討論が展開された。

  大会ではまず、サポーター大会の代表に、升永英俊弁護士、久保利英明弁護士が就任することを確認し、さらに事務局長に伊藤真弁護士の就任を確認した。 また、事務局の次長に筆者が、運営委員に古谷洋三氏、大久保勝彦氏を就任することで確認した。

  このあとで、升永弁護士が、「民主主義国家の実現方法」、久保利弁護士が「司法はこの国を民主国家にできるか」とのタイトルでキックオフスピーチを行った。 この中で2人の代表は、真の民主主義国家を実現することは、司法や立法府がやるのではなく、私たち国民がつかみ取るよりないことを主張し、フロアの聴衆からも同意見が多数出された。

  この運動は、升永弁護士が数年前から考えてきたテーマである。3年前に、筆者の東京理科大学知財専門職大学院のセミナーで講演した升永弁護士と筆者、学生ら5人は、講演が終わった後の打ち上げ会の席で、ビールを飲みながら知財に関する懇談を行った。

  そのとき升永弁護士は、唐突に「民主主義とは何か。1人づつ答えてほしい」との質問を発した。筆者はその質問を非常に奇異に感じたが、自分なりに何か意見を言ったように思う。多分ジャーナリストの立場から「言論の自由の確保」と言ったように思う。

  学生の1人は、「民主主義とは多数決の原理だと思う」と言ったとき、升永弁護士は深くうなずいた。このときの話と様子は一過性のものとして筆者の記憶からほとんど薄れかかっていた。

  それから2年半後の昨年夏、升永弁護士、久保利弁護士が世に提起した「一人一票実現国民運動」を知ったとき、筆者の記憶からまざまざとあの3年前にシーンがよみがえった。 2人の弁護士は、たまたま知財分野の双璧とされる法律家であったこともあって、支援者は知財関係者を中心に各界に広がっていった。

  この日開かれたサポーター会議でも、「この種の・・・運動というのは、政治的なものや消費者運動的なもの、イデオロギーの絡んだ運動が多いが、今回の運動は純粋な疑問から発したものであり、誰でも共感できるものである。真の国民運動として広げたい」という趣旨の発言が相次ぎ、盛会の中で終了した。

  今後もサポーターを増やしながら、インターネットによる投票も増加させることになっており、シンボルイラストをあしらったTシャツも披露されて、楽しくも実りある大会だった。

広島高裁が一票の格差で再び違憲判決

 昨年8月、民主党が大勝した総選挙で、一人一票の格差が最大2.3倍となったのは憲法違反であり選挙は無効である訴えていた広島市の男性に対し、広島高裁は1月25日、総選挙全体が違憲、違法性を帯びているとの画期的な判断を示した。

 さらに同高裁は、一人別枠方式による地域特性への配慮は、投票価値の平等に優越する憲法上の要請は考えがたく、この方式は合理性を失っているとしたうえで、「国会は是正に取り組むことを怠り、格差を放置している。憲法上許される限度を超えた不作為というほかない」と立法府の不作為にまで言及した判決であった。

  しかし、選挙を無効とすると公の利益の著しい障害にあたるとして選挙そのものは無効とはしなかった。この判決は、昨年12月に大阪高裁で出された違憲判決に次ぐものであり、今後、判決が予定されている他の5つの高裁判決もこの流れになることは決定的になった。

  一人一票実現国民運動は、升永英俊弁護士が提起した問題で、久保利英明弁護士らも加わって全国の6つの高裁と1つの高裁支部で同様の訴訟を行っている。

  升永弁護士は、国民が等しく持っている1票の価値が、住んでいる地域によって大きな格差が生じるのは民主主義の根幹にかかわることであり、日本の政治が民主主義の統治下で行われていないとして提訴に踏み切ったものだ。

  来る2月13日(土)には、東京・日比谷のプレスセンタービルの10階で、「一人一票実現国民会議・第1回サポーター大会」が行われる。今後、この趣旨を全国民に訴えて1票の格差を是正し、日本にも真の民主主義政治の土壌を醸成することを目的にこの運動を展開することにしている。

世論が後押しする1票格差違憲判決

 これまで憲法違反をたてにした裁判闘争は、多くがイデオロギー闘争であり特定の政党や労働組合などを背後にした原告が提訴することが多かった。

  「一人一票実現国民会議運動」は、知的財産分野の双璧とされる升永英俊、久保利英明両弁護士がリーダーになって進めている運動であり、超党派のノンセクトである。いわば純粋な市民運動であり、草の根運動である。  主張は極めて分かりやすい。国会議員を選出する1票の格差があるのは主権平等に反する憲法違反であり、民主主義の根幹をゆがめているものだ。これを是正せよという主張だ。これに反対する人はいない。

  2009年12月28日午前11時30分、御用納めの最後の時間帯に違憲判決を出すという大阪高裁の成田喜達裁判長もなかなか度胸のある判事である。 今回の判決に対するマスコミの論調は、すべて肯定的であり現在の選挙区割りの変更を求めている論調だった。

  これは当然だろう。立法府は、今度こそ区割り変更に着手することは確実である。もし民主党政権が現行制度の是正に何も着手しなければ、国民の怒りを買うだろう。

  今後、全国6つの高裁で判決がでるが、おそらく大阪高裁と同様、公共の利益に著しい障害を生じるため選挙は有効としながらも、現行の「1人別枠方式」という選挙区割りは憲法違反であるとする判決が相次いで出されるだろう。

  こうした判決によって、次のようなことが世論の中で形成されるだろう。1. 現行の1票の格差がある選挙は、憲法違反である。2. これの是正に対応するのは立法府である。3. 最高裁の判決がどう出るか非常に見ものである。4. 2010年の参院選は間にあわないとしても、3年後の衆院選がどうなるか注目である。

  今回の判決では、 ① 1票の格差が2倍に達する場合は原則として違憲 ② 2倍の格差を大多数の国民が耐え難い不平等と感じている とし、憲法の基本理念である「投票価値の平等」を厳格にとらえたという点で、原告が主張してきた論点と同じであり、画期的である。

  しかし、判決でも示したように「1人別枠方式」による定数配分の位置付けが今後の課題だろう。大阪高裁は、これは過渡期の制度と言う位置づけであり、「すでに役割を終えた」としている。「国会議員は地域代表と理解するものであり、全国民の代表とする憲法の趣旨に反する」としている。

  「1人別枠方式」では、格差是正は実質的に不可能であり、これを今後どのように対応するのか立法府の責任になる。民主党はすでにこの方式を廃止し、人口比例による議席配分と区割りの見直しの方針を示しているが、いつどのように実現するのか。現実を注視する必要がある。  来年は国勢調査の年である。その結果と共に区割りをどうするかが大きな話題になるだろう。

  投票価値の平等は、民主主義の根幹であり絶対に実現することだ。国民は1票の格差が何倍まで許されるなどということを、裁判所に決めてもらいたくないと思っている。これは裁判所の裁量の話ではない。 裁判所は「法の番人」に徹してもらいたい。

大阪高裁が1票の格差に歴史的な違憲判決

 本格的な政権交代を実現した2009年8月30日の衆院選の大阪9区の選挙で、1票の格差が2.05倍あるのは違憲であるとして選挙のやり直しを求めていた訴訟で、大阪高裁は「格差が2倍に達すのは大多数の国民の視点から見て耐え難い不平等である」として違憲であることを認める歴史的判決を言い渡した。府選管側は上告する見込み。

  しかし、選挙のやり直しは「公の利益に著しい障害が生じ、公共の福祉に適合しない」として原告が訴えた選挙やり直しの請求は棄却した。  1994年の小選挙区比例代表制度が導入されて以来、1票の格差の問題は折りに触れて提起されていたが、これを是正する唯一の機能を持っている立法府が動かず、最高裁も立法府に気兼ねして違憲立法審査権を持ちながら、憲法違反に踏み込む判断を示さなかった。

 今回の判決は、こうした流れを変えた初の判断となった。  不利益を被っている国民の是正要求を満たす機能が、司法、立法、行政のどこにもないのでは法治国家とは言えない。この日の判決でも「憲法は選挙権に関し、徹底した平等化を志向し、投票価値の平等をも要求すると解される」としており、「現在の選挙制度は憲法の趣旨に反するものである」と明確に断定した。

  同様の格差訴訟は、2010年1月14日が広島高裁で判決言い渡しがあるが、これまでの弁論の経過と訴訟指揮をみると今回と同様違憲判決が出る可能性が強い。

 さらに福岡高裁、同那覇支部、高松高裁、札幌高裁、東京高裁、名古屋高裁と6つの高裁で訴訟が起こされており、いずれも違憲判決になる可能性がある。

 上告審になるのは決定的であり、最高裁大法廷がどのような判断を示すのか。7つの高裁判断がすべて憲法違反となったとき、ひとり最高裁だけ合憲の範囲もしくは、立法府にすべてゆだねるような中途半端な判断を示せば、国民の怒りを買うだろう。

  こうした状況を予想すれば、今度こそ最高裁も違憲立法審査権を行使して、選挙無効を言い渡す可能性が高くなる。

 つまるところ4年後に想定されている総選挙までには、新しい選挙区割りが出ることになるだろう。  3権分立が実質的に機能することを示す画期的な訴訟であり、升永英俊弁護士がおこした「一人一票実現国民会議運動」は歴史に残る市民運動となるだろう。

  また、この運動を推進した升永英俊弁護士と久保利英明弁護士は、知的財産の分野では双璧とされる代表的な弁護士である。また、運動に共鳴した人々の中には、多数の知的財産分野で活動する大学人、研究者、弁護士らが大勢おり、知財の分野から変革を迫ったという点でもユニークな運動として記録に残るだろう。

歴史的な違憲判決が出る日

 知財弁護士として日本を代表する升永英俊先生が主導する一人一票実現運動が、年末になって一気に緊張感が高まってきた。

  さる8月30日に実施された衆院選挙は、地域(選挙区)によって一人一票の格差が大きくあるので「選挙は無効である」との訴えを出していた大阪高裁で、12月28日午前11時半から判決言い渡しの期日が入った。

  仕事納めの日の最後の時刻に重要な裁判の判決言い渡し。これはただ事ではない。これまでの口頭弁論の流れからいって、判決は違憲による選挙無効になる可能性が高くなっている。

 歴史的な政権交代が実現したこの夏の総選挙は、憲法違反で無効であるという判断が出れば、これまた歴史的な判決になる。

  升永先生の主張は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動(する)」(憲法前文第1段第1文冒頭)。詳しく言えば、主権者たる日本国民は、「正当(な)選挙」によって「国会における代表者」を選出し、当該選出された「国会における代表者」を通じて、両院での「多数決ルール」に従って、司法、行政、立法から成る国政(両院での議事の可決・否決という行為)に参加する(憲法前文第1段、第1文、15条、56条、96条1項、79条3項)ものであるとしている。

  この論旨に従って大阪高裁の判決を予想すれば、「一人一票は憲法によって保障されている。よって、今回の選挙は無効」という判決を出すのではないかと予想される。  裁判は「水もの」と言われるように判決言い渡しまでは予断を許さないものであるが、今回の訴訟の準備書面、原告側の論旨を読む限り、これを退ける判断は難しいだろう。 それだけ精緻な論旨で組みあがっている説得力のある弁論である。

  明日12月15日午前10時からは、東京高裁の817号法廷でやはり違憲による無効選挙を訴えている訴訟の最終弁論がある。これは、東京1区の選挙無効の訴えである。 訴訟代理人である升永先生は「人生を注ぎ込んだ陳述をします」と明言しており、時間の許す人は是非、傍聴してほしい。

 1票の格差で一歩前進の大法廷判決

 1票の格差で一歩前進の大法廷判決

  1票の格差が最大で4.86倍だった07年の参院選は、違憲であり選挙は無効であるとして訴えていた「1票の格差」訴訟の大法廷判決が、さる10月1日に言い渡された。公職選挙法の規定は合憲とし、原告の上告を棄却した。

 しかし判決で大法廷は、各選挙区の定数を振り換えるだけでは大幅な縮小(つまり是正)は困難であり、「現行選挙制度の仕組み自体の見直しが必要だ」として立法府に選挙制度の抜本改革を求めた。

 住む地域によって選挙民の投票する1票の重みが違うというのは不正義であるとして「一人一票実現国民会議」(代表・升永英俊弁護士)がキャンペーンを展開しているが、この判決はこの運動にも大きな追い風になった。 国会はこの判決を真摯に受け止め、早急に公職選挙法を改正する準備に入ることを強く求めたい。

 大法廷判決を読むと、神奈川県と鳥取県の選挙区の間に4.86倍の1票の格差があることを認めた。しかし06年参院選で「4増4減」の是正措置をとったことを考慮して「憲法に違反するほどではない」との判断を示した。そう言いながらも「大きな不平等が存する」とも判断している。これが多数意見である。

 一方で少数意見ではあるが中川了滋裁判官のように「国会の裁量権の行使として合理性を有すると言うことはできない。不平等状態は違憲と考える」と明確に違憲とした人や、田原睦夫裁判官のように「憲法に反する違法な選挙制度の下で施行されたものであり無効と言わざるを得ない。しかし選出された議員への影響などに鑑み、違法と宣言するにとどめるのが相当だ」とした人もいた。

 注目するべきは那須弘平裁判官の意見である。2007年の最高裁判決では一票の不平等を認めていた人だが、今回の判決では「06年の公選法改正以来、国会で真剣な努力が重ねられた形跡はない。大幅な格差が残されたまま実施された点で憲法違反である」とした。

 これは那須裁判官が「もう許さない」として見解を変えたと見ることができる。那須裁判官は、先の総選挙のときの最高裁裁判官国民審査で罷免とする票を涌井紀夫裁判官とともに突出して受けた裁判官である。つまり国民から罷免とする「×」を多数もらった裁判官2人のうちの1人である。 罷免までは至らなかったが、この結果が多少とも影響があったとしたら、一人一票実現国民会議の運動は大きな意味を持ったことになる。

  一人一票実現国民会議の運動展開を推進させたい

 今回の判決で、最高裁15人の裁判官の出身母体と意見を調べると、一つの大きな問題点が浮かび上がってくる。 判決の多数意見を述べた裁判官の出身母体は、職業裁判官6人、行政官2人、学者、検察官各1人の合計10人となっている。

 これに対し反対意見を述べた裁判官の出身母体は、弁護士4人、職業裁判官1人である。

 選挙区の区割りや定数を是正する制度を作るのは国会とはいえ、三権分立の建前からすると最高裁は違憲立法審査権を有している以上、立法府に配慮する余地を持たずに法の平等、国民の権利という観点で裁判に臨まなければならない。

 大体、裁判所とは「法の番人」を自ら任じていたのではないか。三権分立の建前からしても、国民の利益にならないことは厳しく是正するよう立法、行政にモノを言わなければ存在する意味がない。

 問題は、衆院選の選挙制度であり1票の格差問題である。升永英俊代表らに賛同する有志は、この8月に実施された衆院選の1票の格差が最大2.3倍あるのは違憲だとして、全国の6つの高裁・支部に選挙の無効を求める訴訟を起こしている。

 この運動と並行して、政治の世界にも一人一票実現を強く迫る必要がある。民主党は、2013年をめどに参院の選挙制度の抜本的改革を行うと公約している。しかしこれでは生ぬるい。

 二院生のあり方も含めて選挙制度のあり方を根本的に考える必要がある。民意が本当に反映される政治の場を実現するまでには、まだ相当の距離がある。その第一歩が一人一票実現国民会議の運動であり、これを前進させる必要がある。 

 

一人一票実現国民会議の立ち上げ

 青色発光ダイオードの職務発明をめぐる訴訟の代理人になった升永英俊弁護士が「一人一票実現国民会議」の運動を始めた。総選挙で民主党が地滑り的に大勝したが、日本国民が真に政治に参加し、政治を動かしていると感じたのは、今回の選挙が初めてだろう。

 しかしこの選挙結果とはまた違った次元で升永先生が問いかけているのは、1票の価値である。今回の選挙で多くの国民は、自ら投じた1票がそれぞれの結果につながり、政治に参加したという感慨を持っただろうが、しかしその1票の重みを見ると、自分が住んでいる地域によって、かなりの軽重がある。

 今回の選挙の直前に、総務省が発表した3月末現在の住民基本台帳によると、衆院300小選挙区の「1票の格差」は最大2・337倍となった。格差が2倍を超える選挙区は昨年より3つ増えて56選挙区となった。最大の格差となったのは、人口最少の高知3区(25万2840人、高知県四万十市など)と最多の千葉4区(59万943人、千葉県船橋市)である。

 同時に、参院選挙区ごとの議員1人当たり人口は、最多が神奈川県の147万4722人であり、最少は鳥取県の29万9243人だった。この格差は4・928倍である。格差が4倍を超えたのは、7都道府県であり、2倍を超えているのは29都道府県である。1票の重みが、住んでいる地域によって違う。

 これでは何のための投票なのかということになる。

 升永先生の主張は、次の通りである。

 日本人は、1400年の歴史上、一度として民主主義を自らの手で掴んだことがありません。1945年にお上が、今日から天皇主権を止めてアメリカのいうことを聞きなさいと命令され、国民は、お上の命令にしたがって、アメリカの押し付ける民主主義を受け入れた。


 即ち日本人は、一度も権力に抗して民主主義を自分の手で掴み取ったことがありません。アメリカ人は銃をもち、血を流してイギリス政府から独立し、民主主義国家をつくりました。1983年、米国連邦最高裁は、連邦下院議員選挙で、1票:0.993票の一票の不平等すら、違憲と判決しました。1票:0.5票の不平等を合憲とする、日本の最高裁と対照的です。


 これも日本人は憲法学者も含めて、民主主義を自分の手で掴み取ったことがないからでしょう。米国の下院議員選挙は、1票:0.993票の不平等を違憲としました。米国で、できる以上、日本でも出来ます。選挙区割を人口に応じてきめれば、1票:0.993票も日本でも実現できます。日本は、最高裁が、1:0.5票の不平等を合憲としています。


 国民が、国民審査権を行使して、合憲派の判事を罷免して、最高裁の判事の過半数が、一人一票派になるようにするのです。このように呼びかけ、意見広告を全国紙などに掲載して合憲とした最高裁判事の罷免を呼びかけましたが、罷免には至らなかった。

 この問題は継続的に取り上げたいと思う