アメリカ人になったPark教授の発表に仰天
北朝鮮の科学技術専門大学の話をすると聞いていたアメリカ人のChan-Mo Park教授とは、どのような先生なのか。期待を半分もって会場に向かった。セッションが始まる前に演壇まで行って名刺を出し、Park教授に「取材に来ました」と挨拶した。
筆者の名刺、表は日本語、裏は英語表記だが、それを日本語の方をしげしげと眺めてから、にっこり笑い握手を求めてきた。筆者は英語で簡単な自己紹介をし、筆者から写真を撮影してもいいかと尋ねた。するとPark教授は、「一緒に撮ろう」と言ってわざわざ正面のいい位置まで移動してその辺にいた人に依頼してシャッターを切ってもらった。その写真がこれである。
それだけですっかり打ち解けてしまった次の瞬間「私も日本語を子供のころ習った。いまは忘れた」と日本語で言った。びっくりした筆者は、すぐに日本語に切り替えて日本語で問いかけると、「もう、日本語は難しいので英語にしよう」と言ってとてもわかりやすい英語で話を始めた。
聞けば、Park教授は朝鮮生まれの純粋な朝鮮人であり、日本が朝鮮半島を植民地支配していた当時、国民学校で日本語の教育を受けたという。だが、いまはアメリカに帰化してアメリカ人になっているので日本語は忘れてしまったという。戦後しばらく、北朝鮮と韓国で過ごしたが、1957年に当時の西ドイツに行ったとき声をかけられてアメリカに行った。それからアメリカに移住してコンピュータ科学の研究者になったという。
ピョンヤンにアメリカ主導の科学技術大学を設立
間もなく始まったセッションでのPark教授の発表は大略次のような内容だった。
北朝鮮の首都、平壌(Pyongyang)には、2010年から米国の各界がスポンサーになって電子、コンピュータ工学、農学、建築・土木、医学、生命科学など理系総合の私立大学(Pyongyang University of Science & Technology =PUST)が設立された。
その主役になったのがPark教授だったらしい(そうは言っていないが前後の内容からそのような、いきさつが分かった)。初代の学長には、もちろんPark教授がなった。
驚いたことに、教える言語は英語でだけ。教授は、世界の17か国から集まっているという。その国籍をパワーポイントで示した。
アメリカ、イギリス、カナダ、オランダ、中国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、フィンランド、ロシア、スウェーデン、スペイン、スイス、キューバ、カザフスタン、ノルウエー。
Park教授は「軍事技術に関連することは一切教えていない。学生は猛烈に勉強しており、この勢いでは韓国を追い抜いていきそうだ」と語っていた。
北朝鮮政府は敵視する米国政府とは裏腹に、このような私立大学、と言っても北朝鮮にとってこのような大学は認めないと言えばそれまでなのに、許しているところにしたたかな戦略が見えてくる。
熱弁をふるうPark教授
2010年に最初の学期が始まった。授業は全部英語であり、17か国の教員が教壇に立った。2010年に入学した学生で卒業したのは100人だったのが、いま2015年の卒業生は426人になったという。そのうち女子が10人。すでにPhdを5人輩出している。
難しいのは医学の教育という。臨床医学ができないと一人前の医師として育っていかないが、幸いにも北朝鮮政府はピョンヤンの国立病院で、臨床研修を実施することを許可したのでやっているという。今年になって教授たちの協力で、大学院卒業生を米国、ヨーロッパなどへ留学させている。
PUSTの卒業生が世界の先進国に留学して学位を取得し、研究者として世界に貢献していくプログラムの将来構想をPark教授は語り、「科学にはボーダーはない。お互いに助け合い相互依存することが重要だ。それには忍耐が必要だ」と語って講演を終えた。
北朝鮮の科学技術研究がひどく遅れている現状は、他のパネリストの講演発表からもよくわかった。とりわけこのセッションでもっとも具体的なデータを元に発表した韓国の女性研究者の内容は説得力があった。北はひどく遅れている。
しかしこの研究者の講演内容は、南北統一を前提として思考した内容になっていた。ヨーロッパとアメリカのパネリストの内容も同じようなものだった。しかし北朝鮮は、主義信条、思想をがじがじにコントロールしながら、科学技術の大学と研究には国際的な価値観を入れていることに感心した。
ところで帰国後、Park教授のプレゼン内容をもう一度知りたくなり、「先生の発表内容を日本国民に知らせたいし、コラムなどでも書きたい。可能なら発表したパワーポイントの原稿を提供してもらえないか」というメールを送った。するとほとんどリアルタイムで、発表したパワーポイントのPDFを送ってきた。
日本でPark教授の講演内容を報告したいという筆者の思いに対して、Park教授は次のように返信してきた。
If you have any questions on the contents please don't hesitate to contact me at (メールアドレス)
Whenever I need your advice I will also contact you.
感激した。Park教授を日本に招待して講演をお願いし、政府と大学関係者に大いなる刺激を与えたいと思った。
最後に北朝鮮と知的財産についての情報をお届けしたい。中国の特許法律事務所の所長らの話によると、北にも特許庁のような機関があるそうで、産業財産権4権の出願・登録をしているという。外国の特許事務所も開設を許可されているが中国の事務所だけのようだ。
アメリカ企業は、こうした事務所を通して着々と知財登録しており、たとえばスターバックスの商標登録も北朝鮮でされているという。これは北朝鮮でいずれ出店するという目的があるからだが、南北統一を見越しての先行登録のようだ。
ちなみに北朝鮮特許庁に出願・登録でかかる費用の支払い通貨は、ユーロだけになっていると聞いた。ドルは受け取らないそうで、有り余るドル(理由はお分かりと思いますが・・・)があるかららしい。安全保障問題だけでなく、北の動きは様々な顔を見せてくれる。