物の品質では勝てなくなった日本
作曲家・古関裕而は天才だったのではないか

日常異変 コロナの私 

  同じタイトルで、特定非営利活動法人21世紀構想研究会HPで会員のコラムをリレーで連載している。そこへ本来なら書くべきことかも知れないが。私の場合はこちらのスペースを埋めることにした。

 日常的に、3本のコラム執筆、21世紀構想研究会、全国学校給食甲子園の雑多な仕事、それにいま、大げさに言うと生涯最後の、いや唯一の大作の原稿を書いている。これが下手すると800枚になるので、削り込みながらの執筆で時間がかかる。テーマは、沖縄返還である。

 1972年6月、アメリカの施政権から日本に帰った沖縄は、佐藤政権の最後の大仕事だった。佐藤栄作は、この返還を見届けて退陣し、直後の自民党総裁選で田中角栄が福田赳夫を破って新総裁に選出され、列島改造論へと突き進む。佐藤政権は、福田と田中という2人の実力者の運営で主流派をまとめ上げ、安定した党運営をしていたが、内実は福田・田中共に沖縄返還をめぐってそれぞれの思惑があり、それが結果的に佐藤政権を支えたものだった。

 さてコロナ禍で何がどう変わったか。原稿執筆が進んだかというとそうでもない。資料類を読みこなすだけでも精いっぱいであり、飽きると近隣の喫茶店へ行って気分を変えて資料類に眼を通す。コロナの影響で喫茶店に来る人も限られており、スカスカの空間でそれなりの快適さもある。

 これまで喫茶店でものを書いたり文献類を読むという習慣はなかった。それがコロナ禍でわざわざ外出してそういう行動に走ることは何だろうかと考えてみた。たいした理由はないが、どうやら自由に生活しているときは、わざわざ仕事を持って喫茶店に行くという発想がわかなかった。ところが行動を制限されると、家にいることが何となく苦痛になってきた。

 外出しても行くところがない。行きつけの銀座の寿司屋へ行ったら、カウンターに距離を取って座らされ、いつもなら満席の部屋がパラパラと言う感じである。注文して握ってもらってもすこぶる意気が上がらない。寿司職人に聞いてみたら同じような感想だった。握る方も客がまばらでは意気が上がらない。

 それで仕方なく喫茶店で時間をつぶすのだが、どうせなら一仕事いう発想が出てくるのではないか。ならば、家にいてやればいいのにそれが飽きてしまう。これは心理的な作用ではないかと思う。人は束縛されると反発する作用が働く。反抗期も同じ理屈ではないか。

 喫茶店で書く原稿は、集中力があるのか出来は悪くない。短時間で効率も上がる。日常異変が思わぬ発展につながったということを発見できたというのはちと大げさではあるが、生きて呼吸をしていた証拠にはなる。

2020・7・21

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