久慈直登「喧嘩の作法」(ウエッジ)
2015/07/06
知的財産の武器は知財の権利にある。特許、実用新案、商標、意匠、著作権、ノウハウ・・・。その権利をめぐる争いを著者の久慈氏は「喧嘩」と名付けた。いい名称である。
著者は、ホンダ(本田技研工業株式会社)知的財産部長を務め、日本知的財産協会(知財協)専務理事、日本知財学会副会長を務める知財の世界でのリーダーである。その著者が、ホンダの知財戦略や係争事件を織り込みながら知財現場の話を達者な語り口で語って聞かせてくれる。
日本の代表的な企業の知財専門家が、具体的な事例をもとに書いた知財本として優れた啓発書であり、知財活動を目指す若い世代の人たちは是非、これを読んでほしいと思った。
ホンダ育ちの著者が語るので、ホンダの知財戦略や研修の様子や創業者本田宗一郎氏が他人の知財権利を尊重するエピソードも出てくる。これを読んで筆者は、苦い経験を思い出した。
本田宗一郎氏にインタビューしたとき、本田社長はマン島でのオートバイレースで勝ったメーカーのオートバイ部品をばらして日本に持ち帰った話をした。若かった筆者は「そうして真似をするのですね」とうかつにも口走った。
すると本田社長の表情がみるみる険しくなった。「真似するんじゃねえよ!それ以上のものを作るために持ってきたんだ!」。
あの迫力に震えあがった筆者の苦い思い出がよみがえった。
示唆に富んだ話が満載であるが次作を期待したい
この本のタイトルにある「作法」とは、国際的に展開するときの国別、地域別、技術レベル別に、いかに取り組むべきかその戦略についてであり、示唆に富んだ話で埋まっている。韓国、中国の儒教思想や朱子学の行動原理との交渉術など著者ならではの話はためになる。
日本は知財訴訟が極端に少ない先進国だが、その原因は知財協などのネットワークを通じた人脈で、当事者間で話し合って解決するからだという。なるほどこれは「知財談合」とも言うべき日本の産業界に根付いた「悪しき伝統」ではないかと筆者は思った。
その一方で著者は、国際的に知財紛争が増えており、アメリカでホンダは原告となって訴訟を仕掛ける企業になっていることを語っている。さらに中国では、将来日本企業を巻き込んだ知財訴訟が増加するとの予測のもとに、法廷闘争を含めた訴訟スキルを磨くべきだとの主張も展開している。
世界同時訴訟や知財訴訟の勝率を上げるための戦略など「喧嘩の準備」にも踏み込んでおり、修羅場をくぐり抜けてきた内容は、たいへん参考になる。
ほかにもノウハウの戦略、パテントトロールの現況、ブランドマネジメント戦略、知財と税務の話など実務に即した内容は読みごたえがあり、知財部門のスタッフは参考になるだろう。
ただ、日本のすべての企業がホンダのようになれるわけではない。著者は日本の知財世界のリーダーとしてベンチャー企業、中小企業から大企業まで知財戦略を俯瞰する立場にいるはずだ。
日本が知財立国として国際的な存在感を出すためには、ホンダのような一部の大企業が勝てばそれでいいとはならないと筆者は思う。そのような視点で著者にはもう一度語ってほしいと思った。次の著作に大いに期待したい。
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