トヨタはなぜ特許開放も英断に踏み切ったのか

第117回21世紀構想研究会の報告

第117回21世紀構想研究会の報告

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 第117回・21世紀構想研究会は、2015年3月18日、プレスセンタービル9階宴会場で開催され、世界で初めて3Dプリンターの原理を発明した弁理士の小玉秀男先生が「3Dプリンターの創出顛末」のタイトルで発明の経緯と特許取得できなかった失敗などを語って会場の人々に感銘を与えた。

   また東京メイカーの毛利宣裕氏が「3Dプリンターの最新動向」として、実用化が本格化してくるまでの歴史と現在の実用化の状況と今後の展望を追加コメントとして発表し、参加者を驚かせた。

   小玉先生はまず、三次元CADで三次元設計ができることを知ってから、この電子情報をどのようにして立体形として出力できるか、ずっと考えていた。ある時、新聞印刷のデモを見学したとき、感光性樹脂に光を当てて文字部分を硬化させ、それを版下にして印刷する技術を知った。さらに名古屋市工業研究所で半導体加工技術のホトレジスト技術を知った。

   感光性樹脂を貰い受けて自分で実験することを思い立ち、自宅の設計図をもとに家のモデルをXYZプロッターで作った。これこそが3Dプリンターの原理の実現である。

    ここまでの過程を研究ノートの記載と時宜に応じての見直し、好奇心の持続と何度も反芻して考えることからついに立体物の製造を実現した道筋を語った。

    その後、特許出願し学会などや学術誌にも発表しているが、評価が余りたくないためこの技術開発の実用性などに自信を失い、弁理士試験に合格した後はすっかり忘れてしまい、アメリカに研修に行っていた。

    帰国後にアメリカでこの原理を利用した実用機、つまり3Dプリンターが世に出てきたことを知り、特許を取り損ねた失敗なども含めて率直に経過を語ってくれた。

    なお、この経過については、発明通信社のコラムで「3Dプリンターに見る技術革新と特許」のタイトルで6回に渡り報告している。

 第1回コラムから6回まで 

1回:http://www.hatsumei.co.jp/column/detail/2/52.html

6回: http://www.hatsumei.co.jp/column/detail/2/57.html

   小玉先生の後に東京メイカーの毛利宣裕氏が最新動向を豊富なビジュアルで報告し、産業現場だけでなく趣味や芸術の分野まで3Dプリンターは広がっていることを示した。

   いまや3Dプリンターでジェットエンジンの部品など少量多品種の生産や5日で電気自動車を生産した事例、人工臓器や住宅を作った事例、血管再生に応用した事例など燎原の火のように広がっている現実を語り、参加者に大きな衝撃を与えた。

 

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