世界一周の船旅の記録その1をアップします。1~30回です。
2024/11/25
2024年4月から7月まで、ピースボートのパシフィック・ワールド号(7万7千トン)に乗船して、世界一周をしてきました。
その様子を60回に渡って、ブログでアップします。
その①1~30回分のPDFファイルをアップします。
2024年4月から7月まで、ピースボートのパシフィック・ワールド号(7万7千トン)に乗船して、世界一周をしてきました。
その様子を60回に渡って、ブログでアップします。
その①1~30回分のPDFファイルをアップします。
このブログは、2015年6月28日にアップされたものです。いま、北朝鮮をめぐる情勢が急転回しています。
日本では、北朝鮮問題は偏った情報しか入っていないような気がしますが、すでに3年前から世界のジャーナリストの間には、南北統一を視野に入れた考えが広がっており、北朝鮮も国際化に舵を切ろうとしているように思いました。
上下2回にわたる情報を再アップしました。
World Conference of Science Journalist 2015に参加
先ごろSeoulで開催された「World Conference of Science Journalist 2015」に参加した。MERSの騒ぎのさなかの訪韓となったが、ソウルの医師に問い合わせたところ感染者は限定的であり、人ごみさえ避ければ心配ないというコメントを信じて訪韓した。
会議のセッションで特に興味を持ったものの一つが「Science diplomacy in North Korea」というセッションである。北朝鮮の科学技術の動向を知りたいというのは、知的財産のことで少々動きを聞いていたからである。
パネリストは、米、英、韓国の研究者であり、いずれも北朝鮮と学術交流を体験したか研究現場を知っている人である。全体の印象では、北朝鮮の科学技術の国際的な交流は非常に細く、PCの普及もインターネット接続もまだ遅れている。南北朝鮮の統一という視野を入れた発言が多かったのはびっくりした。世界はすでに朝鮮半島の南北統一を前提にして話が進んでいるのだろうか。
セッションの会場風景
韓国の科学技術評価計画研究所のパク所長の発表
韓国の科学技術評価計画研究所のPark,Youngah女性の所長の発表には驚いた。所長は宇宙から撮影した地球の写真を示しながら、北朝鮮がまっ黒になっている光景を示しながら、「北朝鮮がエネルギー不足に陥っているのは明らかである」との見解を示した。食糧不足の状況もいくつかの写真で示していた。
パク所長の発表によると、北朝鮮は1997年に金正日第1書記の時代になってから科学政策を始めた。それが現在も引き継がれており、2022年まで5回の5か年計画を策定している。
南北朝鮮の合同科学技術会議をしているそうで、97年に中国で開かれたのが第1回だった。北にも科学研究者がいるのは当然だが、これまでの脱北者が多数出ている。しかし研究レベルの南北差は歴然としており、北朝鮮で科学者であっても韓国に来て科学者になったのは30パーセント程度であるという。
南北は言葉は同じだが、科学の用語の違いがある。文法も違うところがある。南北統一ではまずこれを統一するところから始めたいという意見だった。さらに東西ドイツ統一までの経過を見ていると、1973年から80年まで東西で科学交流があったことを例に、南北朝鮮も将来を見ながら人材、文化の統一をしたいとの見解を示した。
これは南北統一を具体的な視野に入れた考えであると筆者は理解した。統一に向けては、互いに尊敬しあうこと、そして話し合うことであり、個人→機関→国家の順で協力しあうべきだ。北朝鮮の現状を考えると、農業、漁業、園芸、醸造学など科学が実生活に役立つことが多数あるので、その研究が重要になってくるという見解だった。
しかしこの発表よりも、北朝鮮に設立したアメリカ主導の科学技術専門大学の運営には度肝を抜かれた。
発表したのは、朝鮮系アメリカ人のPark教授だった。
その内容は次回に示したい。
アメリカ人になったPark教授の発表に仰天
北朝鮮の科学技術専門大学の話をすると聞いていたアメリカ人のChan-Mo Park教授とは、どのような先生なのか。期待を半分もって会場に向かった。セッションが始まる前に演壇まで行って名刺を出し、Park教授に「取材に来ました」と挨拶した。
筆者の名刺、表は日本語、裏は英語表記だが、それを日本語の方をしげしげと眺めてから、にっこり笑い握手を求めてきた。筆者は英語で簡単な自己紹介をし、筆者から写真を撮影してもいいかと尋ねた。するとPark教授は、「一緒に撮ろう」と言ってわざわざ正面のいい位置まで移動してその辺にいた人に依頼してシャッターを切ってもらった。その写真がこれである。
それだけですっかり打ち解けてしまった次の瞬間「私も日本語を子供のころ習った。いまは忘れた」と日本語で言った。びっくりした筆者は、すぐに日本語に切り替えて日本語で問いかけると、「もう、日本語は難しいので英語にしよう」と言ってとてもわかりやすい英語で話を始めた。
聞けば、Park教授は朝鮮生まれの純粋な朝鮮人であり、日本が朝鮮半島を植民地支配していた当時、国民学校で日本語の教育を受けたという。だが、いまはアメリカに帰化してアメリカ人になっているので日本語は忘れてしまったという。戦後しばらく、北朝鮮と韓国で過ごしたが、1957年に当時の西ドイツに行ったとき声をかけられてアメリカに行った。それからアメリカに移住してコンピュータ科学の研究者になったという。
ピョンヤンにアメリカ主導の科学技術大学を設立
間もなく始まったセッションでのPark教授の発表は大略次のような内容だった。
北朝鮮の首都、平壌(Pyongyang)には、2010年から米国の各界がスポンサーになって電子、コンピュータ工学、農学、建築・土木、医学、生命科学など理系総合の私立大学(Pyongyang University of Science & Technology =PUST)が設立された。
その主役になったのがPark教授だったらしい(そうは言っていないが前後の内容からそのような、いきさつが分かった)。初代の学長には、もちろんPark教授がなった。
驚いたことに、教える言語は英語でだけ。教授は、世界の17か国から集まっているという。その国籍をパワーポイントで示した。
アメリカ、イギリス、カナダ、オランダ、中国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、フィンランド、ロシア、スウェーデン、スペイン、スイス、キューバ、カザフスタン、ノルウエー。
Park教授は「軍事技術に関連することは一切教えていない。学生は猛烈に勉強しており、この勢いでは韓国を追い抜いていきそうだ」と語っていた。
北朝鮮政府は敵視する米国政府とは裏腹に、このような私立大学、と言っても北朝鮮にとってこのような大学は認めないと言えばそれまでなのに、許しているところにしたたかな戦略が見えてくる。
2010年に最初の学期が始まった。授業は全部英語であり、17か国の教員が教壇に立った。2010年に入学した学生で卒業したのは100人だったのが、いま2015年の卒業生は426人になったという。そのうち女子が10人。すでにPhdを5人輩出している。
難しいのは医学の教育という。臨床医学ができないと一人前の医師として育っていかないが、幸いにも北朝鮮政府はピョンヤンの国立病院で、臨床研修を実施することを許可したのでやっているという。今年になって教授たちの協力で、大学院卒業生を米国、ヨーロッパなどへ留学させている。
PUSTの卒業生が世界の先進国に留学して学位を取得し、研究者として世界に貢献していくプログラムの将来構想をPark教授は語り、「科学にはボーダーはない。お互いに助け合い相互依存することが重要だ。それには忍耐が必要だ」と語って講演を終えた。
北朝鮮の科学技術研究がひどく遅れている現状は、他のパネリストの講演発表からもよくわかった。とりわけこのセッションでもっとも具体的なデータを元に発表した韓国の女性研究者の内容は説得力があった。北はひどく遅れている。
しかしこの研究者の講演内容は、南北統一を前提として思考した内容になっていた。ヨーロッパとアメリカのパネリストの内容も同じようなものだった。しかし北朝鮮は、主義信条、思想をがじがじにコントロールしながら、科学技術の大学と研究には国際的な価値観を入れていることに感心した。
ところで帰国後、Park教授のプレゼン内容をもう一度知りたくなり、「先生の発表内容を日本国民に知らせたいし、コラムなどでも書きたい。可能なら発表したパワーポイントの原稿を提供してもらえないか」というメールを送った。するとほとんどリアルタイムで、発表したパワーポイントのPDFを送ってきた。
日本でPark教授の講演内容を報告したいという筆者の思いに対して、Park教授は次のように返信してきた。
If you have any questions on the contents please don't hesitate to contact me at (メールアドレス)
Whenever I need your advice I will also contact you.
感激した。Park教授を日本に招待して講演をお願いし、政府と大学関係者に大いなる刺激を与えたいと思った。
最後に北朝鮮と知的財産についての情報をお届けしたい。中国の特許法律事務所の所長らの話によると、北にも特許庁のような機関があるそうで、産業財産権4権の出願・登録をしているという。外国の特許事務所も開設を許可されているが中国の事務所だけのようだ。
アメリカ企業は、こうした事務所を通して着々と知財登録しており、たとえばスターバックスの商標登録も北朝鮮でされているという。これは北朝鮮でいずれ出店するという目的があるからだが、南北統一を見越しての先行登録のようだ。
ちなみに北朝鮮特許庁に出願・登録でかかる費用の支払い通貨は、ユーロだけになっていると聞いた。ドルは受け取らないそうで、有り余るドル(理由はお分かりと思いますが・・・)があるかららしい。安全保障問題だけでなく、北の動きは様々な顔を見せてくれる。
人体にたかる寄生虫とは縁がなくなったと思っていたので
世界に広く生存する寄生虫たちの不思議な生態を、楽しく
第12回全国学校給食甲子園は、埼玉県越生町立越生小学校の栄養教諭、小林洋介先生と三好景一調理員が優勝した。男性ペアが優勝したのは史上初めてである。
学校給食の現場は、学校栄養士と調理員のほとんどは女性であり、女性の職場である。この数年、この女性の職場に男性が入り込んできた。全国学校給食甲子園の決勝大会でも、男性選手が増えてきている。男女のスタッフが入り混じって切磋琢磨する職場に向かおうとしているように見える。
日本の学校給食は、世界に例がない制度であり、世界に誇る制度である。人口1億人以上の国で、日本のように児童・生徒に学校給食を支給している国はない。育ち盛りで健康に一番配慮する年代に、栄養を管理された食事を提供することは、将来の健康を考えると非常に重要なものになっている。
筆者が、全国学校給食甲子園を思い立ったのは、2006年である。その前年に食育基本法が制定され、栄養教諭制度が発足した。それを受ける形で、学校給食現場で働く学校栄養士、調理員が脚光を浴びるイベントとして創設した。
文科省の学校給食の衛生管理の審議会の委員を1997年から委嘱されており、数多くの学校給食調理場に足を運び、学校給食の運営についてや実務を検分する機会があった。そこで学んだことが、学校給食の重要性だった。
学校給食は栄養素の中でも不足しがちのビタミン、ミネラルを補充し、過剰に摂取しがちのカロリー、脂肪分、塩分、たんぱく質などの上限を定める栄養管理を徹底し、成長期にある児童・生徒の健康管理をしているのが学校給食であることを知った。
成人病予防は、幼少期の栄養管理から始まるという報告がある。幼少期に埋め込まれた食べ物の嗜好は、生涯、付きまとってくる。学校給食には、郷土料理の伝承の場という面もある。母から子へと受け継がれていった郷土料理は、核家族化とともに影が薄くなり、スーパーで販売されているレトルト、インスタント料理へと急速に傾いていった。
そういう時代に、学校給食は伝統的な郷土料理を受け継ぎ、子どもたちに提供してきた。そのような役割も学校給食にはあることも強調しておきたい。
藤嶋昭先生が文化勲章を受章した。11月3日の親授式で若い世代の科学離れに歯止めをかけ、科学技術創造立国建設へ貢献していきたいとの抱負を語った。
藤嶋先生は、東京理科大学長の多忙な仕事を縫って、旺盛な執筆活動を続けている。その大半は、科学研究者に向けた啓発書か子どもや学生向けの科学啓発書である。筆者の手元にも藤嶋先生の本は何冊も積まれており、上梓されるたびに恵送されてくるので、多くの方に紹介している。
若い世代の科学離れを憂い、科学啓発の取り組みをしているのは、2015年にノーベル賞を受賞した大村智先生も同じである。ノーベル賞受賞後に殺到した講演依頼は、週1のペースでこなしており82歳の大村先生の年齢を考えるとハードワークである。講演をお断りするケースもかなりあるとのことだが、断る理由はスケジュール調整が難しい場合であり、若い世代に向けた講演依頼に対してはできるだけ対応するようにしているという。
大村先生は、ノーベル賞受賞と同時に文化勲章も受章した。2012年11月に文化功労章を受章しており、文化勲章もいずれ授与されるだろうと筆者は考えていたが、ノーベル賞とダブル授与という栄誉はしかし大村先生の実績を考えれば当然であった。
この写真は、2014年1月に東京理科大の新年祝賀会での二人の巨人である。このとき筆者は、巨人を並べて撮影しながら「どちらが先にストックホルムに行くのか・・」と冗談を言ったことに、二人の巨人は思わず破顔一笑した瞬間にシャッターを切ったものだった。
筆者は、2012年に大村先生の研究人生を語った「大村智 2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社)を上梓している。そのころから、大村先生がノーベル賞を受賞されるのは間違いないだろうと考え、内外でもそのように発言していた。例えば、2012年11月に発刊された文藝春秋ムック本「2013年の論点」の中で、次のノーベル賞受賞者を語るコーナーで「オンコセルカ症(河川盲目症)の特効薬の発見で、大村先生はノーベル生理学医学賞を受賞する可能性がある」との予想を書いている。それが3年後に実現した。
この写真を撮影した時に、お二人に語ったことは、筆者の見方で言えば先に大村先生がノーベル賞を受賞し、藤嶋先生はそのあとになるのではないかという「予想」だった。ついつい親しい集まりのパーティでの悪乗りした言い方だった。しかし本当のことを言うと、ノーベル賞はスウェーデンのノーベル賞選考委員会が選定するものであり、実際のところ予想通りにはなかなかいかないところがある。何よりもおびただしい候補者であふれている中から選定されるのは並大抵ではない。
それに比べると文化勲章は、日本の確かな選定基準と関係者の論議の中から選定されるので間違いがない。つまり赫々たる実績を蓄積されている研究者なら間違いなく選定される。そうしてみると文化勲章の価値はノーベル賞に匹敵するものだろう。
大村先生が文化功労章を受章したのは、2011年11月である。そして4年後にノーベル賞と文化勲章を授与された。藤嶋先生は、2010年11月に文化功労章を受章している。それから7年後に文化勲章を受章した。そろそろノーベル賞が実現してもおかしくない。毎年のように藤嶋先生の受賞が期待されているが、光化学・電気化学の研究貢献というくくり方をすれば、受賞するのはほぼ間違いない。要はノーベル賞の選考委員会が、このくくり方で授与するかどうかだけである。
2018年のノーベル賞受賞で藤島先生の実現がにわかに高まってきたように感じる。もしその受賞者3人の中に藤嶋先生のお弟子さんである中国人科学者が入ってくるなら最高のノーベル賞になる。その可能性はある。光化学プロセス(電荷移動励起状態など)の基礎研究で貢献している中国科学院院士の 姚建年博士と共同受賞となれば、師弟の受賞として日中だけでなく世界を沸かせることになるだろう。
藤嶋先生の中国人のお弟子さんには、姚建年博士だけでなく江雷博士や劉忠范博士など世界トップクラスに駆け上がった研究者が多数いる。そのような研究者もいずれ、ノーベル賞受賞という栄誉を手にする時代が来ていることだけは間違いない。
2017年11月1日の午後、アマゾンに、いつもスーパーで買っている食料品をネットで注文してみました。4千円以上購入すると送料無料なので、少々値のはるお肉を追加して無料にしました。
配達指定は、今朝、つまり翌日の2日8時からに指定しました。8時半にピンポーンと鳴って、若い女性が配達にきました。
購入したものは、ご覧のようにいつもスーパーで買っている飲むヨーグルト、納豆、豆腐、油揚げなど食料品ばかり。持ち運びに重い飲むヨーグルトとリンゴも買いました。これからは、スーパーにも行かなくなるでしょう。ということは消費者動向が、がらりと変わり、社会も変わるのでしょう。その変革は驚くほど速いでしょう。
ということは、スーパーやコンビニは縮小する方向に向かい、その分、アマゾンのような個人消費者に対応するビジネスに移行するのでしょう。産業構造の変革にもつながります。
アマゾンは、本のネット販売でスタートし、それをあらゆる商品に広げて巨大なネット販売に育てました。そこで得た利益をIT関連の産業につぎ込み、消費者産業から技術産業に革命を起こそうとしています。
宅配システムをいち早く確立した日本の大和運輸は、なぜアマゾンのような物品販売を手掛けなかったのでしょうか。宅配システムと連動させれば、あらゆる物品を販売するシステムも確立させたのではないでしょうか。
アマゾンから届いた食料品を見ながら、日本も少し視点を変えれば世界をいち早く変えられるアイデアと実行力を持っていると思いました。ただし、つまらない規制がないことが大前提ですが、それができないところが日本の限界ではないかと思いました。
21世紀構想研究会の20年の歩みを映像記録として編纂し、公開しました。
これは本研究会・事務局の立木冬麗さんが編纂したもので素晴らしい出来です。
20年前の若き情熱に身を包んだ会員の皆さんの雄姿を是非、ご覧ください。
このご案内のトップ画面は、伊勢神宮公式参拝後のお清め宴会の写真です。
このトップ画面はシステムが勝手出しているもので、どうしても動かせません。
画面真ん中の指示マークを押していただけると、目的の映像に入ります。
第136回21世紀構想研究会は、創設から20年を祝う式典から始まりました。
創設から20年を迎えた節目に当たり、21世紀構想研究会を創設した馬場錬成理事長から挨拶がありました。
21世紀構想研究会という名称は、21世紀がまじかに迫った1997年当時を振り返りながら創設の目的を語りました。それによると来るべき世紀に、日本はどのような国として発展させるかそれを模索するために官僚、大学研究者、ベンチャー企業創業者、メディアの四極から有志を集め、問題提起と討論をする場として創設しました。
この機会に20年間の活動をまとめた「創設から20年の足跡」を発刊し、研究会の歴史と下部組織として活動している知的財産委員会、教育委員会、生命科学委員会そして特別活動などについて報告を行いました。
知的財産委員会は、荒井寿光委員長をリーダーに活発に知財改革への提言を行いまた、教育委員会は世界で初めての食育基本法の制定を受けて学校給食甲子園を創設しました。
研究会は今回を含めて136回を数え、時代認識を意識した会員の熱心な討論と問題意識の共有で、今後も活動を活発に展開することを誓いました。 最後に次の言葉で結びました。
私たちには権力も資金力もありません 会員の善意と協力で成り立っている研究会です
時代認識をしっかりと持ち社会の変革に立ちむかいます
理事長あいさつの後、引き続きノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生の記念講演がありました。
総合司会をした本研究会の外川智恵さん(大正大学表現学部准教授)
21世紀構想研究会の事務局を担当したスタッフ一同
多忙を理由にサボるブログ執筆
しばらくブログをサボっていました。毎日気になっていましたが、フェイスブックにアップするとそのままになり、こちらに戻ることをしなかったのが最大の原因です。と言っても、フェイスブックに投稿していることも少なかったのですが、ま、言い訳の一つです。
日本の政治は途上国並みではないか
先の総選挙は、自民・公明の圧勝で終わった。その限りでは、理由もなく「いまなら勝てる」と踏んで解散した安倍氏の不埒な戦略がまんまと当たったということになる。
つまり政策を国民に問うという解散ではなく、今なら勝てる、選挙の洗礼を受けた勝利の延長線上で憲法改正まで進めたいという思惑が見え見えであった。その戦略に図らずもはまったのが小池都知事の傲慢無礼な排除発言だった。その意味で、政治家は優位に立つとすぐに傲慢になるという浅薄言動がよく出ていた。安倍一強内閣の傲慢さと相通じる発言だった。
日本の政治家は成熟されていない。他の先進国の政治家のことはほとんど知らないが、筆者の目で見た今の政治家は、政治理念を体現する言動をする人はほとんど見当たらない。今の政治家は、議員という仕事に就職した人たちが多く、二世、三世議員がその最たるものだろう。
高い志で政治家を目指したものではなく、就職先としていい仕事だろうという価値観の中で選択したものだろう。そうでなければ、一族の中で政治家をたらいまわしにする現象は理解できない。とは言うものの、有権者が選んだ政治家であるから、政治家を悪くいっても仕方ない。選んだ有権者は、どういう価値観の中で選んだのかが問われることになるのだろう。
政党が公募して候補者を決めるというやり方も限界がある。どうしても付け焼刃で応募・選択されるので、ひと山当てようとする高学歴の人物が有利になるような気がする。そういう現象も成熟した政治風土ではないのではないかと思わざるを得ない。
一人一票も実現できない国にあっては、まだまだ遠い道のりが続くのだろう。