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2015年12 月

ノーベル賞は日本の大学の家元制を突き崩すか

  前回、同じテーマで書きましたが、もう少しデータを入れて整理してみました。

京大・東大出身でないとノーベル賞に届かない?

 今年のノーベル賞は、物理学賞に梶田隆章さん、生理学・医学賞に大村智さんに授与されることが発表され、ひとしきり日本中を沸かせた。今年の2人の受賞者の出身大学が、梶田さんは埼玉大、大村さんは山梨大と地方大学出身者であり、この面でもノーベル賞を違った観点から検証するヒントを与えてくれた。

 大村さんは、学び直しの大学院が東京理科大学である。私大出の初のノーベル賞受賞者ということでも話題になった。

 物理、化学、生理学・医学の自然科学3分野の受賞者とその出身大学の一覧表を見ると、2010年からの直近受賞者8人の出身大学が、見事に8大学にばらけている。

 最初にノーベル賞受賞者となった湯川秀樹博士から9人目までの出身大学は、京大5人、東大2人、東工大、東北大各1人である。京大・東大に極端に偏っていることがわかる。

 そのような思いをいっそう抱かせたのは、人文系のノーベル賞受賞者の出身大学だった。文学賞と平和賞の日本人受賞者である川端康成(文学賞)、佐藤栄作(平和賞)、大江健三郎(文学賞)は、3人とも東大であった。

 ノーベル賞は、東大か京大出身でないと、遠い距離があって受賞まではなかなか届かないという印象を与えていた。

表1:自然科学系のノーベル賞受賞者の出身大学

 

受賞年

受賞者

部門

大学

1

1949

湯川秀樹

物理学

京大

2

1965

朝永振一郎

物理学

京大

3

1973

江崎玲於奈

物理学

東大

4

1981

福井謙一

化学

京大

5

1987

利根川進

生理学・医学

京大

6

2000

白川英樹

化学

東工大

7

2001

野依良治

化学

京大

8

2002

小柴昌俊

物理学

東大

9

田中耕一

化学

東北大

10

2008

南部陽一郎

物理学

東大

11

小林誠

名大

12

益川敏英

名大

13

下村脩

化学

長崎医大

14

2010

鈴木章

化学

北大

15

根岸英一

東大

16

2012

山中伸弥

生理学・医学

神戸大

17

2014

赤崎勇

物理学

京大

18

天野浩

名大

19

中村修二

徳島大

20

2015

大村智

生理学・医学

山梨大

21

梶田隆章

物理学

埼玉大

 

ばらけてきた出身大学

 これまで自然科学の日本のノーベル賞受賞者数は、21人である。この受賞者の出身大学の数を見ると表2の通りである。

表2;ノーベル賞受賞者の出身大学の数

 

卒業者数

京大

6

東大

4

名大

3

東工大

1

東北大

1

長崎医大(長崎大)

1

北大

1

神戸大

1

徳島大

1

山梨大

1

埼玉大

1

合計

21

 京大・東大が半数近くを占めているが、初期のころに稼いだ数が利いている。最近は先に書いたように地方大学にまで広がってばらけてきている。こうした傾向は、欧米のノーベル賞受賞者の出身大学を見ても、特定の大学に集中していることはあまりない。日本も欧米型になってきたのである。

 日本の受験戦争の最終目標は、東大・京大を代表とする旧帝大など有名国立・私立大学の合格である。偏差値を出すことで目標までの「射程距離」を受験生に自覚させ、目標に向かって学習意欲を引き出そうとしている。

  有名大学に合格する学生が優秀であることは、誰もが認めることだ。しかし優秀な学生が有能な研究者に育っていくかどうかは別問題である。優秀であっても有能であっても、そのどちらも「生産性が高い」人物を言う。

 本質的に違いはないが、個人的な見解をいえば、有能な人物とは優秀な人物を含むと思っている。もうすこし噛み砕いて言えば、有能な人物は優秀な人物よりも幅が広く柔軟性にも長けている人物―というのが筆者の解釈だ。研究を発展させるには、優秀であって有能でなければならない。

 日本で最大の競争的研究資金は、日本学術振興会が運営している科学研究費補助金(科研費)である。大学の多くの研究者は、科研費を使って研究に取り組んでいる。

 同振興会によると、「人文・社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる学術研究(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする競争的研究資金」としている。

 「ピア・レビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対する助成」を行うと宣言している。「あらゆる学術研究を格段に発展させる」とか「独創的・先駆的な研究への助成」とうたっている。

 

科研費配分を見るとすごいかたよりがある

 これまでのノーベル賞受賞者の出身大学の2015年度の科研費配分額を抜き出してみると表3になる。

トップの東大の216億1298万円と最下位の埼玉大の6億9654万円は、31倍の開きがある。大学の規模から見れば当然であり、単純に比較するのは難しい。しかしどの大学に国の研究資金が集まっているかをみる尺度にはなるだろう。

表3:科研費の配分額(単位:千円)

大学

採択件数

配分額

東大

3763

21,612,981

京大

2955

13,961,610

東北大

2478

9,791,119

名大

1765

7,525,440

北大

1643

5,518,110

東工大

924

4,702,750

神戸大

1100

2,906,488

長崎大

654

1,513,070

徳島大

541

1,252,160

山梨大

323

721,240

埼玉大

272

696,540

 この科研費の配分を見れば、配分額の上位の大学からもっとノーベル賞受賞者が出てもいいのではないか。まだノーベル賞受賞者を出していない阪大の配分額は85億3800万円、九州大は53億1000万円である。

このような現状を見てみると、有名大学に入らなくても才能と努力があれば、ノーベル賞に届くと理解することもできる。

 物理学賞を受賞した梶田さんのご両親をインタビューしているテレビ番組を見たが、お母さんは子供のころの梶田さんを「すごい集中力のある子だった」とほめていた。集中力という点では生理学・医学賞をもらった大村さんも同じことが言える。それは本人が語っている。

 大村博士は「私は東大でなくてよかった。東大ならノーベル賞はもらえなかった」と語っている。その理由を「私みたいに自由に動き回る研究者は、弾き出されていたでしょう」とも語っている。

 大村博士は、研究資金をどのようにして確保するか、いつも追い立てられてきた。自分で稼ぐしか道がない。企業が研究費を出すなら、それなりの業績や可能性がなければ出さない。

 何よりも世の中に役立つ研究をしない限り、企業は共同研究などするわけがない。と言っても企業の下請けになったら、企業も学界も評価しなくなる。学問の自由を確保しながら、学術的に評価される研究と世の中に役立つ研究。その両方をにらみながら大村博士は、必死で取り組んだ。

日本の大学は家元制から一歩も出ていない?

 与えられた資金で研究をやるのと、研究費を必死で取ってきてやるのでは天と地ほど違う。自ら取ってきた研究費で最善の努力をする。それこそ大村博士の信条であり、その評価は多くの国際的な価値ある学会賞や褒賞や叙勲が、あますところなく語っている。

 元日本学術会議会長を務めた黒川清さんは、日本の大学は「家元制度」で出来上がっていると語っている。実力勝負でなく家元制度。有名大学の名前と伝統だけで優劣を決めるような学術風土を端的に語ったものだ。

 誰が見ても優劣が分かるスポーツの世界では、家元制度は通じない。大相撲は、モンゴル勢に覇権を取られた。プロゴルフも男女とも韓国勢が元気だ。いいことである。プロ野球でもサッカーでも外国人の選手やコーチや監督が入ってきている。本音だけで勝負する世界だからだ。ここでは家元制は通用しない。

 日本の大学が家元制から脱却できるきっかけは、ノーベル賞受賞者を輩出する実績にかかっている。ノーベル賞がすべてではないという反論もあるだろう。しかしノーベル賞受賞者数は、間違いなく一つの指標になる。

 地方大学や私立大学からノーベル賞受賞者が切れ目なく出てくるようになれば、日本の大学の家元制度は一挙に崩壊するだろう。