03 NPO法人21世紀構想研究会

伊藤真先生が「憲法の価値を学ぼう」と熱く語った90分(第129回21世紀構想研究会報告)

路整然とした解説にたちまち日本国憲法の虜になりました

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憲法を学ぶいいチャンスである

 2015年9月19日の戦争法の強行採決から1年を迎える。伊藤先生は、あの暴挙を機会に憲法を学ぼうと呼びかけて講演が始まった。

 「私たちは誰もが政治や憲法に無関心ではいられても、無関係ではいられない」と言う名言を吐き、憲法を学ぶ意義を次のように整理した。

1 憲法を使いこなして自分らしく生きる力を身につけるため(自分が幸せになるために)

2 社会のメンバーとしての役割を果たすため(社会をよりよくするために)

3 憲法改正国民投票や選挙のときに、自分の考えでしっかりと判断できる力をつけるため(未来を灰色にしないために)

 続いて近代日本の歩みとして明治から先の太平洋戦争終結までの時代に憲法と国民はどのように移り変わったかを解説した。

終戦までの日本国民に人権はなく、すべて天皇ため国家のために自己犠牲することが価値あることと位置付けられていた。それは軍備拡張、富国強兵、経済発展、国家優先という思想を実現するため、国民を誘導して利用するためだった。

戦前のドイツと日本の共通点も解説した。ドイツではナチズムによって個人は民族の中に埋没し、個人と国家の区別、対立関係自体が消滅し、国家権力を制限する憲法も必要なくなった。

一方、日本では国体思想の下、世界恐慌後、軍部のプロパガンダに乗せられ、閉塞した政治や社会の変革者として軍部を圧倒的に支持したのは、貧困にあえぐ大衆であった。

国家から個人へ変わった戦後憲法

 戦後、明治憲法から日本国憲法へと変わり、国家・天皇を大切にすることから個人を大切にする憲法へと変わった。国民主権、戦争できない国、差別のない国、福祉を充実させる国、地方自治を保障する国、個人のための国家へと価値観を180度切った。

 日本国憲法は「人々が個人として尊重されるために、最高法規としての憲法が、国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤としている」

と語り、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義を基本原理としているとした。

そしてそれは、憲法前文に凝縮された文言として存在し、国民の行動規範も示されていると語った。

 ここで伊藤先生は、ドイツのナチス政権の台頭とヒットラーの思想戦略について具体的な例を挙げながら解説した。

聞いていて思ったことは、人間の心、考えていることをある恣意的な戦略によって簡単に変えて行くことができることに改めて驚いた。

と同時に、人間の心の強さと弱さが表裏一体の関係で存在することも知った。

伊藤先生は、憲法の必要性を次のように定義した。

多数意見が常に正しいわけではない。だから多数意見にも歯止めが必要である。多数意見でも奪えない価値があるはずだ。これを予め決めておくのが憲法であると。

そして政治家は人間なので誰でも自分勝手に権力を行使してしまう危険がある。だから、政治を憲法で縛っておかなければならない。これが立憲主義であると語った。

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戦争放棄を目的として立憲主義

憲法は文化・歴史・伝統・宗教からは中立であるべきという視点にも眼を開かされた。憲法とは、国家権力を制限して国民の権利・自由を守る法であり、近代国家の共通として「あくまでも人権保障が目的」となっているという。

さらに日本国憲法は、戦争放棄を目的としていることに日本の立憲主義の特長が出ている。安倍内閣は、勝手にそれを無視して自分の思うとおりの政治を進めようとしているのではないか。

また伊藤先生は、個人の尊重と幸福追求権として憲法13条にある「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」をあげた。

これは「誰にも価値があり、幸せになる権利を持つということだ。自分の幸せは自分で決める(自己決定権)ものであり、「自分が幸せになれる国づくりのために選挙に行く」と語った。

日本国憲法は誰もが知るように第9条で交戦権を認めていない。だから自衛隊には交戦権がなく、海外で敵の殺傷ができない部隊であり、法的には通常の軍隊とはいえない。

これに対し集団的自衛権は「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもって阻止する権利」としていた。(1981年5月29日,政府答弁)

ところが安倍政権は、閣議決定の解釈変更で「他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」として、自衛の措置として海外での武力行使容認のためにはときの政府が総合的に判断できるように変えてしまった。

さらに自民党の改憲草案をみると問題点が散見していることを指摘した。集団的自衛権を容認して国防軍を創設することにより日米同盟を強化し、米国の期待に応えたいという。これは軍事力による国際貢献をしたいということと同義語である。

「個人の尊重」よりも、軍事的経済的に「強い国」づくりをしようという思想は、戦前回帰・富国強兵政策への回帰である。

さらに問題なのは、第21条(表現の自由)である。

1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。

2項 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

第2項によって、事実上、表現の自由はなくなり、中国憲法と同じになる。

伊藤先生は「日本はどんな国に変わろうとしているのか。私たち自身が何をめざすかを考えなければならない」として「改憲の必要性が本当にあるのか。憲法は魔法の杖ではない。慎重すぎるくらいがちょうどいいのである。自分の生活がどう変わるかへの想像力を働かせることも重要だ。10年後、20年後への想像力、そして歴史を学ぶ勇気と誇りをもとう」と語りかけた。

そして最後に次のスライドを見せて私たちの行動力に期待をかけた。

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128回・21世紀構想研究会の講演と暑気払いパーティの報告

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 128回・21世紀構想研究会は、7月19日午後6時半から開催され、黒木登志夫先生の「研究不正」(中公新書で同名の著書を刊行)の講演のあと、暑気払いパーティで盛り上がりました。
 講演で黒木先生は、分析よりも事例の紹介に重きを置いて話ししてくれましたが、どれもこれも、どうしてこんなことが起こるのか、こんなことに騙されてしまうのかと、不思議な気がしました。

 ワースト1は、日本人研究者!

 

氏名

撤回論文数

所属機関国

分野

藤井喜隆

183

日本(東邦大)

医学(麻酔科)

Joachim Boldt

94

ドイツ

医学(麻酔科)

Peter Chen

60

台湾

工学

Diedrik Stapel

55

オランダ

社会心理学

Adriam Maxim

48

アメリカ

物性物理学

Hua Zhong

41

中国

化学

加藤茂明

36

日本(東大)

分子生物学

Hendrik Schoen

36

アメリカ

物理学(超伝導)

Hyung-In Moon

35

韓国

薬学

10

James Hunton

32.5

アメリカ

経営学

 このランキングを見て驚かない人はいないと思います。捏造、不正などが発覚して論文を撤回したランキングです。ワースト1はなんと日本人研究者。しかも第7位に、日本では優れた人が集まると信じられている東大の教授です。

 個別の事例では、「リン酸化カスケード捏造のMark Spector(24)、Cornell大学大学院生、超電導のにせ伝道師のSchön、1998年Konstanz大からBell研・Batlogg研究室へ留学していた研究者の事例を詳細に報告しました。

  シェーンの不正については、NHKの村松秀さんが「論文捏造」(中公新書ラクレ)で詳細に書いています。続いて韓国を熱中させたヒト卵子核移植の黄禹錫 (Hwang Woo Suk)(韓国、2006年)についても、捏造と判明した後の韓国社会の反応なども入れて報告。いまは犬のクローニングでビジネスを展開しているというこ とにも驚きました。

  ペットの犬のクローンを作ると報酬が1千万円とのこと。これを毎月5匹生産しているようです。Novartis社(日本、2012年)の不正、さらに小説 を書くがごとくねつ造した藤井善隆(日本、2012年)なども報告しました。さらに18年に及ぶ画像捏造をしていた東大分生研教授・加藤茂明などは、発覚 が指摘される直前に教授を辞職しています。やはり確信犯だったとしか言いようがありません。

 虚構の細胞、STAP細胞小保方晴子(日本、2014)は、いまだにスタップ細胞の存在を気にしている人もいます。筆者は、当初から研究者にありがちな単なる思い込みではないかと思いましたが、黒木先生は彼女の学位論文時代からの取り組みと論文作成について詳細に分析して捏造としています。

 

Martinson,らが「Nature 2005」で発表したアンケート調査の結果が下の表です。これは、NIH R01 中堅研究者3600名、NIH postdoc 4160名へのアンケート調査ですが、研究者は常に不正の誘惑と闘っている様子が見えています。

不適切な行為分類

不適切な行為中、重要10項目

自己申告者%

データの操作

データの操作(クッキング)

 0.3

 

他人の不正の見逃し

12.5

アイデア/情報

他人のアイデアを許可なく使用

 1.4

 

関係する秘密情報を許可なく使用

 1.7

不都合なデータ

自分の不都合な先行研究を隠す

 6.0

ヒト対象研究

重大な条件無視

 0.3

 

マイナーな違反

 7.6

資金源

関係企業の不適切な開示

 0.3

 

資金源の圧力による研究デザイン、方法、結果などの変更

15.5

人間関係

学生、被験者、患者との不適切な関係

 1.4

以上の重要10項目

 

 33.0


 そして、ショックだったのは日本が研究不正大国であったことです。これまで誰も知らなかった事実ではないでしょうか。論文ねつ造のトップは、日本人研究者でしたが、国別に見ても、日本は明らかに途上国並みの不正大国でした。

 

 

論文撤回率

%)

撤回論文数*

2004-2014

発表論文数**

2008

1000

1

インド

0.0340

131

35

2

イラン

0.0323

39

11

3

韓国

0.0285

94

30

4

中国

0.0175

201

104

5

日本

0.0143

108

69

6

アメリカ

0.0081

245

276

7

ドイツ

0.0078

64

74

8

イタリー

0.0073

35

44

9

イギリス

0.0054

45

76

10

フランス

0.0047

28

54

 

世界平均

0.0239

2590

987

 黒木先生は、論文撤回はべき乗則に従っている事実を発見し、そのグラフも見せてくれました。また論文を撤回する確率は、撤回数が5回の著者は、5年後に26-37%が撤回、10年後には45-60%撤回している事実も指摘しました。

 これを撤回数が1回の著者は、5年後に3-5%、10年後は5-10%ですから、小保方晴子も名誉回復をかけて研究を続けることもできるでしょうか。


 日本に不正が多いのは、研究だけでなく、企業にも重大な不正が続いています。東芝不正会計、東洋ゴムの免震防振ゴムの不正、化血研のワクチン製造不正、三菱自動車の燃費不正など次々と有名大企業のあきれた不正事件が明るみに出ています。

 ワイロなど中国の不正をあげつらう風潮がありますが、振り込み詐欺を見ても企業不正を見ても、日本の方が悪質で根が深いと思いました。

 


第127回21世紀構想研究会の開催

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 第 127回・21世紀構想研究会は、6月21日(火)午後7時から開催され、黒川清先生(政策研究大学院大学アカデミックフェロー・教授、元日本学術会議会長)が「規制の虜」の演題で熱弁をふるい、講演後にはフロアと熱い討論、意見表明が展開された。

 会場には、荒井寿光さん、大村智先生、黒木登志夫先生、藤嶋昭先生、そして演者の黒川清先生と5人の21世紀構想研究会アドバイザーが顔を揃えた。

 時代認識を明確に持つ

 黒川先生はまず、1990年代の後半から今日まで、世界は目まぐるしく変転した状況を振り返った。

Wikiが始まり、グーグル、フェイスブックが出現し、MS,アップルが世界中を席巻する。一方でアメリカでの同時多発テロ事件、中東の紛争とアラブの春でアフリカが大混乱に陥った。その3か月後に日本を大地震が襲った。 

 気候大変動、地球温暖化などの環境問題が大きな課題として浮上し、デング熱、難民がヨーロッパを中心に流動し、最近では2015年11月13日にパリ同時多発テロが発生した。

 黒川先生は、このように目まぐるしく変転する世界は不確かな時代の象徴であり、そのような時代背景の中で東日本大震災が勃発し、そして福島原発事故が発生したとの認識を示した。

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 国会事故調査委員会は憲政史上初

福島原発を巡る事故調は、政府事故調、東電事故調、民間事故調などが設置された。しかし政府事故調は、各省庁からの寄せ集めスタッフであり、出身省庁の動向を見ての調査であり、東電は自社の利害の中での事故調だった。

 立法府が設置した事故調は、国政調査権を背景にしたものであり、法的調査権を付与された民間人による調査委員会は憲政史上初めてのことだった。

 様々な専門分野から集まった国会事故調メンバーは、関係者から正確に聴き取りを行い、自分たちの判断や解釈を入れず事実関係だけの報告書を作り、政府に7つの提言を行った。

 6か月に20回の委員会を開催し、記者会見も行い公開原則の方針を貫いた。この報告書は英文に翻訳して発表した。

 2012年6月に国会に提出した報告書は、福島原発事故は地震と津波による自然災害ではなく「規制の虜」に陥った「人災」であると明確に結論付けた。

 「規制の虜」とは、規制する側である経産省原子力安全・保安院や原子力安全委員会などが、規制される側である東電など電力会社に取り込まれ、本来の役割を果たさなかったことを意味する。

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 原子力発電をめぐる日本の特異文化

 原発をいったん運転するとやめられない。地方自治体・住民が電力会社から金を出させて配分した。電力会社は予算制度に縛られ、結果として世界一高い電力料金として跳ね返った。

 そして原発には重大な事故は起こらないという「神話」がまかり通るようになった。日本がIAEA(国際原子力機関)の指摘する原子力施設の安全対策を多段階に設ける考え方(深層防護)を踏襲せず、いまなおそのような備えのない原発がいくつもある。

 経産省の官僚に「どうして深層防護をやらないか」と聞いたところ、「日本では原発事故は起こらないことになっている」と言われた。 

アカウンタビリティの真の意味を誤解する日本

 アカウンタビリティ(Accountability)という言葉の正しい定義は、与えられた責務・責任を果たすことが本来の意味だが、日本では「説明責任」という間違った意味と翻訳になった。

 誰も責任を取らない、なんとなく周囲の空気で判断して流れていく無責任体制が社会全体を支配するようになった。

 福島原発の発生によって、不十分な深層防護、組織的な知識とマネージメント伝達の欠如、安全意識の欠如、規制とアカデミックな判断にとらわれている現状が露見した。

  そして何事も疑ってかかるような学習する態度が欠如し、安全文化は不完全なままに放置された。固定観念に自己満足し、閉鎖された単一の教養が高いコミュニ ティーを作った。エリートが固まってグループで考えて行動する集団浅慮ともいうべき「Group Thinking」が、国を滅ぼすことになる。異論を言いにくい社会システムが固定していった。

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 日本の大学は「家元制」である

  黒川先生が国会事故調を担当して強く感じたことは、リーダーには歴史観、世界観、反骨精神が必要であることだったという。歴史的に振り返ってみると、山川 健次郎、朝河貫一という偉大な二人の巨人が、被災地になった福島県から出ている。二人の偉人がとった信念に裏打ちされた言動を忘れないようにしなければな らない。

  日本はいまだに江戸時代から続く鎖国体質から抜け出ていないように感じるという。日本の大学は家元制というのが黒川先生の主張だ。特定の研究室に所属する 人材が後を継いでいくだけであり、外部から見ると魅力がない。大学全体が研究のスキルを教えるだけで、歴史や哲学や学問の精神などを教えていない。

 見えないヒエラルキーの中にいるのではなく、出る杭を育てる教育が大事であり、世界に出て日本を見ることが大事だ。自分が変わらなければ社会は変わらない。若い人は海外留学するべきだ。

 講演後のフロアからの質問で「いま、黒川先生に教育する年代のお子さんがいたら、どういう教育をするか」との趣旨の発言があった。黒川先生は「まず海外へ出す」と答えていた。

 元官僚、実業家、企業人など多くの人からコメントが発せられ、実り多い講演と討論だった。

 

 

 

 

 

 

 

                                                           


第126回21世紀構想研究会の報告

 第126回・21世紀構想研究会は、平成28年度総会の後、脳出血で倒 れ、右半身不随となった中村明子理事(写真右)とリハビリ治療を行った小林健太郎・九段坂病院リハビリテーション科部長(主治医、写真左)が、最新療法で 健常状態に回復した「奇跡の生還」の講演を行い、会場の皆さんに感動を与えました。
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 中村先生の発症経過

  1月8日午前、自宅お風呂場で、脳出血で倒れました。右半身不随になり、救急車で荻窪病院に運ばれました。治療しましたが右半身不随の後遺症が残り、車椅子や歩行補助具で移動する日々でした。
 1月25日に、本格的なリハビリ療法を受けるために九段坂病院に転院しました。
 転院したその日の午後、小林健太郎部長が、マヒしている右半身の下肢の数か所に電極を貼り、トレッドミルでの歩行訓練を両手で支えながら行いました。一晩寝て朝目覚めたら、なんだか不随だった右半身が動く・・・ここから奇跡の生還が始まりました。

 小林医師の講演と報告の要旨

 リハビリテーションは、戦後に負傷兵が帰郷する際に再起が必要との考えからリハビリテーションという専門分野が北米で公認されました。

 「障害を最小化および残存能力を最大化して、生活再建するための医学」であり、「障害を有する患者の能力を最大限に引き出し、可能な限り人間としての望ましい生活ができる」よにすることでした。

 日本では現在、脳血管疾患は死因の第4位であり、 脳血管疾患は要介護の原因疾患の第1位です。運動機能障害、認知機能障害などで苦しんでいる患者さんがいます。従来から反復経頭蓋磁気刺激法 rTMS(REPETITIVE  TRANSCRANIAL  MAGNETIC  STIMULATION)などの療法があり、それなりに改善も見られてきました。

 しかし小林部長は、感覚神経電気刺激SeNS(SENSORY  NERVE ELECTRICAL  STIMULATION)という治療方法を選択しました。この装置は外国製で2000万円もするということです。過去の治療例を紹介しました。

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 54歳 脳出血患者の例

 左片麻痺になっていました。九段坂病院に転院してリハビリ継続。それまでのリハ ビリで左片麻痺は改善したが、上肢の感覚障害が残り、巧緻動作障害が残っていました。「触っている感じがしないので、どう動かせばいいかわからない」とい うことでしたが、SeNS療法で改善しました。

 75歳 脳出血患者の例

 右片麻痺が残存。上下肢の感覚障害が残り、巧緻動作障害が残っていました。「力の入れ具合がわからなくて、紙パックややわらかいペットボトルだと潰してしまうことがある」ということでした。下肢に対するSeNS療法を行い改善しました。

 29歳 脊髄炎の患者の例

 脊髄炎を発症し、不全対麻痺が残存していました。感覚 障害が残って歩行が困難でしたが、小林部長のSeNS療法で改善しました。それまで「踏んでいる感じがわかりづらく、雲の上を歩いているみたい」だと訴えていました が、発症127日目についに一人で歩くまでに回復しました。この日の講演でこのときのビデオを見ていた会員の方が、感動で涙ぐんでいました。

 47歳 脳出血の患者の例

 左側の麻痺が残り、従前の病院のリハビリで屋外歩行も可能となって退院して復職しました。ところが、歩行バランス不良と下肢感覚障害を訴えて九段坂病院に来院しました。「満員電車で気づかずに他人の足を踏んでいました」ということでした。SeNS療法で改善しました。

 中村先生の例

 中村先生は、補助器なしでは病室も移動できず、院内を移動するのは車いすでした。転院後直ちに小林部長のSeNS治療が開始され、2日後にはなんと独力で立てるようになり、歩くことも可能になったのです。この様子もビデオで紹介されました。

 中村先生が健常人と同じように回復されたのは、小林先生に出会ったからです。奇跡の生還は、小林先生によると「奇跡の出会い」だったということです。主治医の先生がこのように言ってくれるとは、本当に奇跡以外の何物でもなかったのです。

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 小林先生に聞いたところ、こうした症例はいま学会で発表するために論文としてま とめており、詳しい療法の内容はまだ非公開になっているそうです。ただ、筆者が聴いた限りでは、マヒしている下肢部分に電極を装着して刺激し、その刺激を 運動野に伝えて脳細胞(神経細胞)の信号伝達機能を回復させているということのようです。

 講演後の討論の中で、このような医療機器を多くの患者に適用できるようにできな いかと言う意見が出ていました。これについて小林先生は、「物理療法を実施する壁として、高額な機器購入が必要だが、購入しても診療報酬に反映されない。 訓練単価は同じです」ということでした。

 これでは 従来の訓練のみになってしまう。これを「 従来の訓練+物理療法併用」というリハビリまで高めないと麻痺が残っている患者の改善は進みません。最新治療を導入できる医療機関は限定されるということ では不公平になり、中村先生のように「奇跡の出会い」があった患者だけ「奇跡の生還」になってしまう。

 そのような課題も浮き彫りにしました。

  小林先生の論文が受理されて学会誌に掲載されたときに、医学的な詳しい内容をお聞きしたいと思います。

 


黒木登志夫先生の傘寿・出版記念お祝いの会


 先ごろ「研究不正」(中公新書)を上梓した黒木先生の出版と傘寿をお祝いする会が、4月28日、東京・神田の学士会館で開かれました。山中伸弥先生もビデオで参加するなど黒木先生の幅広い人脈で集まった各界の人々が大いに語り合い、大変、盛況でした。


 お祝い会に先立ち、「知的好奇心の贈り物」とのタイトルでセミナーも開かれました。
「山岳スキーの醍醐味」 竜崇正(元千葉がんセンター長)
「地球と生命の起源」広瀬敬(東工大・WPI地球生命研拠点長)
「計算と科学ー計算尺から京コンピューターまで」 宇川彰(理研・計算科学研究機構副機構長)
「研究することについて語るときに僕の語ること」 黒木登志夫

 どれも魅力ある内容にあふれた素晴らしい講演でした。
 黒木先生の講演タイトルは、村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」 (文春文庫) をもじったもので、いかにも黒木先生のユーモアセンスを発揮したものであり、内容も多彩な活動を語っていました。


 黒木先生は、これが最後の出版と語っていますが、そんなことはないでしょう。テーマは次々と出てきますから、また次の出版お祝い会が来るでしょう。

 


腸内細菌と人類の共生関係を講演  21世紀構想研究会生命科学委員会の開催

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腸内細菌と共生する人類

 私たちの体内には、300種以上、数百兆個の腸内細菌が生息している。人間と共生する関係にあるので、これらの細菌なしに私たちは健康体で生きていくことは難しい。

 この腸内細菌は国、地域、民族によって生息している細菌の種、個数も違っている。日本人の腸内細菌は、欧米人や他のアジア人とは違っているという。

 服部正平・早大大学院新領域創成科学研究教授が、4月22日に開催された21世紀構想研究会・生命科学委員会で興味ある内容を多くのデータを駆使して講演した。講演要旨を報告する。

  最近の腸内細菌の研究は、遺伝子解析が主流になってきた。様々な国で研究された成果によると、年齢、男女、国・地域・民族によって細菌種の分布がみな違っており、食習慣、民族によって特徴が出ているという。

  腸内細菌といっても、皮膚、生殖器、鼻腔、口腔内などあらゆる場所に細菌は生息している。皮膚の常在菌を利用して化粧品を開発しているメーカーもある。アメリカでは、皮膚の常在菌を個人鑑定に利用する方法も研究されているという。

  日本人の腸内細菌叢で特徴的なものでユニークなのは、海苔、ワカメなど海洋性植物を分解する酵素を持っている腸内細菌がいることだ。アメリカ人には、このような腸内細菌は生息していない。

 日本人は海藻類を多く食べるが、消化されずに腸に降りていくので、これを餌にした腸内細菌がすみつき、繁殖しているのではないかと推測されている。また、日本人の腸内細菌叢で外国人と違うのは、ビフィズス菌が最も多い菌種になっていることだ。

 こうした菌種の分布は、国・民族によって多様になっており、日本人の中でも多様性があるという。

 病気や国別患者によっても違う腸内細菌叢

  また、糖尿病などに罹患している患者の腸内細菌叢の菌種分布は、国によって違いがある。それは食事内容にも大きく影響を受けているが、抗生物質の使用量と も関係がある。日本人はビフィズス菌が多く、ペルー、ベネズエラは少ない。このような民族間の相違もどこからくるのかまだ解明されていない。

 日本人はビフィズス菌が多いからと言ってサプリなどで補充することは効果があるのかどうか。菌数のことを考えると効果は疑問ではないかと筆者は思った。

 抗生物質の使用量が多い国と少ない国でも菌種の個数が変わってくる。家畜動物に抗生物質を使用する国もあり、残留抗生物質が食物を通して人間にも入ってくる。それが原因で腸内細菌叢も変わってくる。

 それが変われば体内の生理機能も変わってくるというから、やはり腸内細菌と人間は共生していることになるのだろう。

  また遺伝子解析によって分かってきたことは、人間の腸内細菌叢が持っているユニークな遺伝子数である。腸内細菌叢の遺伝子配列は、人間の遺伝子よりも桁違いに多様化しているという。今回の解析で106人の日本人の腸内から(フル)メタゲノム解析で約2.300万の遺伝子が同定され、このうち既存の遺伝子に見られないユニークな遺伝子は約500万であった。この結果から、一人当たりの腸内細菌の遺伝子数は平均22万遺伝子であることが判明した。人間のゲノムの遺伝子数は~2.5万と算定されているので、腸内細菌はゲノムの遺伝子の平均約10倍もあることになる。

  腸内細菌叢を調べていくと肥満、過敏性大腸炎、リウマチ、アレルギー、喘息、肝臓がんなど代謝系、免疫系、神経系などの15種の病気と密接な関係があるという報告は、非常に興味があった。もちろん、こうした病気との関係も国によって変わってくる。

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花粉症やアレルギー疾患とも関係あるのか

 近年、花粉症やアレルギーの患者が増えているのは、腸内細菌叢の変化と関係あるのではないかという説も出ている。免疫の機能も左右する腸内細菌叢の動物実験の研究から出ている推測だ。将来、このような免疫疾患の予防や治療薬の開発にも利用されるだろう。

  また体内の常在菌は、単独では機能しないようだという報告も興味をひいた。多くの感染症などは単独の細菌で病気を発症するが、腸内細菌叢はチームを作って活動しているのではないか。とすると人間との協働関係もあるのではないか。

 腸内細菌の研究はまだ入ったばかりのようにも思える。これからどのように発展するかとても興味を持たせる内容だった。


「知は海より来たる」   江戸時代に西洋の科学を日本に紹介した津山藩の科学者を取材

 岡山県津山市は、江戸時代津山藩として栄えた城下町である。その地には西洋の文化を日本に紹介し、日本の科学の黎明期に輝いていた先達がいたという。

 さる4月25日、白川英樹先生は21世紀構想研究会で「科学は日本語で考えることが重要」のタイトルで講演し「江戸時代の津山藩の宇田川家三代の科学者が日本の科学の扉を開いた」と紹介した。

 http://www.kosoken.org/2016/03/%E7%AC%AC%EF%BC%91%EF%BC%92%EF%BC%95%E5%9B%9E%EF%BC%92%EF%BC%91%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%A7%8B%E6%83%B3%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E3%81%AE%E5%A0%B1%E5%91%8A.html

 早速、岡山市から車で1時間ほどの津山市に行ってみた。目指した「津山洋学資料館」は、昔の街のたたずまいを残している古い住宅街の一角にあった。

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 門を入るとブロンズ像が多数並んでいる。それはすべて江戸時代末期から明治維新、明治・大正時代へとつながっていく偉大な津山の科学者たちだった。

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 宇田川玄随(げんずい)は、津山藩の江戸屋敷に生まれ、町医者だった父親の教えを受けて漢方医学を学んでいた。西洋医学には反発していたが、オランダ語で医学を学ぶ人たちと交友するうち西洋医学に興味を持ちオランダ語で書かれた医学書を読むようになる。そしてオランダのヨハネス・ゴルテルが書いた医学書を翻訳して、日本で初めての内科書の「西説内科撰要」18巻として出版した。

 二代目の玄真(げんしん)は、玄随の後を継いで、江戸時代末期のヨーロッパの最新情報だった医学書を次々と翻訳し「医範提鋼」、「和蘭薬鏡」、「遠西医方名物考」などを出版して、全国の医師を指導した。また津山藩の若い医師たちの箕作阮甫(みつくりげんぽ)、緒形洪庵らを指導し、「蘭学中期の大立者」と言われた。

 宇田川家三代目の榕菴(ようあん)は、さらに西洋から入ってきた学問を発展させ、植物学や化学を日本で初めて開拓していった。日本で初めての西洋植物学の解説書「植学啓原」、イギリスのウイリアム・ヘンリーの化学書「舎蜜開宗(せいみかいそう)」の翻訳など、最新の西洋化学を日本に紹介し、多くの若き科学者を育てた。

 津山から世界に目を向けさせ、そして多くの弟子を育て、日本の科学の黎明期に活躍した先達の一端を見て、本当に感動した。資料館には多数の資料が展示されており、宇田川家三代の科学者、箕作阮甫らの活動など興味あふれる内容だった。

 

 

 

 

 


「日本の知財は危機的状況にある」と警鐘を鳴らした中村嘉秀氏

知財部門の地位低下が進んでいる

 先ごろ開催された「東京理科大学IPフォーラム2016」は、内外のトップクラスの知財専門家が参加して知財制度に関する発表と討論が展開された。知財の法的問題と制度についての討論が多く、実務に役立つものは少なかった。

 しかしその中でも注目を集めたのは、「日本の知財は危機的状況にある 知財戦略は経営トップの仕事」のタイトルで発表したアルダージ株式会社代表取締役社長の中村嘉秀氏の講演だった。

                   

                                                       

 中村氏は、知的財産戦略は国家的課題になっており、その重要性に異論を唱える経営者はいないとしながらも、いま「知財部門の地位低下が進んでいる」として次のような現象をあげた。

•日本特許の出願件数は次第に減少傾向
•外国への出願は年々増加傾向
•特許訴訟の件数も日本は米国、中国に比べ極端に少ない
•判決で得られる賠償金も極めて些少
•日本で訴訟をすることに魅力がない
•知財のジャパンパッシング(Japan Passing)は今や明白
•経営者は日本の知財に価値を見出してない

 筆者は、特定非営利活動法人21世紀構想研究会の知財委員会で多くの会員と定期的に研究会を行っているが、そこで討論されている内容も中村氏が掲げた課題とまったく同じものであった。

 日本の知財現場は、間違いなく地盤沈下を起こしているという認識である。多くの大企業は、そのような認識は持っていないようだが、中小企業、ベンチャー企業などの知財停滞と上場企業にあっても中堅企業の知財意識は極めて沈滞しているという認識である。

 中村氏は、こうなった理由を次のようにあげている。企業の知財部門のスタッフは、「出願件数、収入金額のみを誇示し、 経営、事業に資する活動を怠ってないか?」という疑問である。さらに「事業あってこその知財なのに、知財のみに頼る方向に進んでいないか?」とする指摘で ある。

 そうなったのも知財スタッフは自らの存在意義を知財の様々な「手続きのプロ」に徹することに求めており、「どうせ経営陣は判ってくれないというあきらめの境地に入ってないか?」と問題を投げかけた。

何が知財に欠けているのか

 日本の経営者は、口を開けば経営の柱の一つに知財戦略をあげるが、その割に経営方針がともなっていない。いわゆる一流企業のトップにインタビューす ると、ほとんどの経営者は知財戦略の重要性を口にはするが、本心からそう思っているかどうか疑問である。中村氏も同じことをあげている。

 中村氏は「経営者は、短期的採算は気にするが長期的事業戦略や競争には気が回らない。開発、事業、知財の三位一体こそ競争力の源泉である」のだが、そのことの認識が薄いと指摘する。

 さらに「戦略構築を専門部署に丸投げし、経営トップのみがその構築が出来る立場ということを忘れている。社外への特許料の支払いの多さを嘆き特許料収入増加を期待する」と指摘した。

 中村氏は、ソニーの知財部門のトップを務めた方であり、知財の実務を知り尽くしている。

 世界を見渡せば、Apple、Google、Amazon、Microsoft、Qualcomm、Intelなど、知財戦略がそっくり事業戦略に なっていることをあげた。さらに日本でもかつては、ソニーのプレイステーションやCD事業、任天堂のファミコン、日本ビクターのVHS事業なども同じだっ たと振り返った。日本企業でも知財戦略があったのである。

知財戦略経営の必要十分条件とは何か

 知財戦略を企業で展開するには、どうしたらいいか。中村氏は次のような課題をあげている。

•経営者は真剣に時代の流れを読み事業戦略を考えているか。
•過去の延長線上に必死になって解を求めようとしているのではないか
•より良い技術さえあれば利益を生むはずだと考えている節はないか
•経営戦略を他人任せにしてどこかの後追いをしてリスクも利益も無い方ばかり選択していないか
•他社への特許料支払いの多さを嘆かれてないか
•発売前、発表前になって初めて知財に声がかかる状況ではないか
•専門用語、業界用語を駆使して話していないか
•会社の方向性、開発の動向を十分把握しているか
•業界の動き、競合他社の情報取得に努力し金を使っているか
 

経営者はどれもこれも、思い当たる節があるのではないか。

 日本の多くの企業は、戦後の高度経済成長期を経てIT産業革命へと突入して大きな変革に迫られている。日本型の終身雇用制度を維持しながら、技術革新と後進国も追いついてきた熾烈な競争の中で安定経営を維持するのは並大抵のことではない。

 しかし、現実はドラスティックに対応しなければ生き残れないことをシャープが鴻海精密工業に買収されたことでも明らかである。中村氏は、経営トップにどうすれば知財マインドを持たせることができるかについてもいくつかを提示した。

 知財の専門家として日本の企業社会の最も弱い点を衝いたものであり、刺激的でありながら真実を語った発表だった。

                                

 東京理科大学のIPフォーラムの他のプログラム内容は以下の通りである。

「米国訴訟における NPEー継続する挑戦」米国連邦巡回区控訴裁判所 Randall Rader前主席判事

「米国におけるNPE訴訟の現状 -課題、機会、今後の展望」 Frommer Lawrence & Haug法律事務所 Porter F. Fleming弁護士、Eugene LeDonne弁護士

「ドイツにおけるNPE訴訟 -新たな挑戦あるいは通常の訴訟?」 Prof. Dr. Peter Meier-Beck(ドイツ連邦共和国最高裁判所民事第10部部統括判事)

「ドイツおよび欧州における対抗手段 -異議・無効化手続」 Christian W. Appelt弁理士(Boehmert & Boehmert法律事務所)

「欧州統一特許の展開を踏まえたNPE対抗特許訴訟戦略」 Prof. Dr. Heinz Goddar弁理士(Boehmert & Boehmert法律事務所)

「日本における知財訴訟 -標準必須特許とNPE」 知的財産高等裁判所 設樂 隆一 所長 

「日本企業にとっての課題と対策」 長澤 健一 氏(キヤノン株式会社 取締役・知的財産法務本部長)、中村 嘉秀 氏(アルダージ株式会社代表取締役社長)、(モデレーター:荻野 誠 東京理科大学教授)

「三極知財裁判官鼎談 -NPE訴訟」 設樂 隆一 所長、Prof. Dr. Peter Meier-Beck部統括判事、Randall Rader前主席判事


第125回・21世紀構想研究会の報告

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 第125回21世紀構想研究会は、筑波大学名誉教授で、2000年に導電性のポリマーの発見と開発でノーベル化学賞を受賞した白川英樹先生が「科学は日本語で考えることが重要」とのタイトルで講演しました。

 白川先生は、タイトルの「日本語」の部分を「母国語」に入れ替えて、これを一般化した形で話を進めました。

 最初にこのようなことを考えたのは、2000年10月にノーベル賞受賞が発表された直後、外資系の経済誌の記者から、アジアで日本人のノーベル賞受賞者が多い理由をきかれたことでした。

 なぜ日本人が多いのか。意表を突かれたこの質問に白川先生はとっさに「他のアジア諸国と違って、日本では理科や自然科学は母国語である日本語で書かれている教科書を使い、日本語で学んでいるからではないか」と答えました。

 しかしこの回答が正しかったかどうか長い間、白川先生の心に残っていました。 2000年までのアジア人のノーベル賞受賞者を調べてみると、11人の受賞者のうち自国で学び研究したのは、1930年に物理学賞を受賞したインドの Sir C. V. Ramanと湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈、福井謙一、利根川進そして自身の白川先生を含めて7人でした。

 それ以外の4人は、外国語で学び研究した受賞者でした。このようになったのは、「他のアジア諸国と違って、日本では理科や自然科学は母国語である日本語で書かれている教科書を使い、日本語で学んでいるからではないか」と考えていましたが自信が持てずにいました。

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 ところが作家の丸谷才一さんが、一つの道筋をつけてくれました。朝日新聞夕刊 2002年7月31日の文化欄に、「考えるための道具としての日本語」と題する論評を発表して掲載されたのを読んで、これだと思ったのです。丸谷さんは 「言語には伝達の道具という局面のほかに、思考の道具という性格がある。人間は言葉を使うことができるから、ものが考えられる。言葉が存在しなかったら、 思考はあり得ない」と主張していました。

 さらに最近になって山極寿一京都大学学長が、大学生活の4年間に日本語でしっかりと考えることが大事だという主張していました。(2015年10月21日付け、日本経済新聞朝刊)

 もちろん、英語は国際語になっており、コミュニケーションにも情報収集にも非常に大事であることを白川先生は主張しています。英語を軽視するということではないと、何度か語っていました。

 このように白川先生は、このテーマの趣旨を主張し、飛鳥・奈良・平安時代 遣隋 使・遣唐使などによって中国から仏教の経典等の収集、中国の先進的な技術を取得したのがまず歴史的な外国文化導入の端緒になったと説明。その後も諸外国の 文化や科学技術情報を翻訳して取り入れてきた歴史と、江戸時代の寺子屋が町人の子弟を対象とした読み書きやそろばんを習得させ、藩の子弟を教育する藩校な ど優れた教育システムが日本語を文化の中心に位置付けたと解説しました。

 また、松尾義之氏の「日本語の科学が世界を変える」(筑摩書房、2015年)を紹介し、日本語による素晴らしい発想や考え方や表現は、英語が持ちえない新しい世界観を開いていく可能性が高い、これこそが日本の科学だとの主張を紹介しました。

 そして科学を実践するために必須な「よく観察する、よく記録する、よく調べる、よく考えることを、日本語を思考の道具として使ってきた」とする主張に共鳴していることを紹介しました。

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 白川先生の日本語と科学の深い関連を歴史的に解き明かした主張は大変、刺激的でありフロアの皆さんに大きな感銘を与えました。 この後、フロアとの質疑応答、討論、意見表明などが活発に行われ、とても熱気ある講演会でした。

文責・馬場錬成

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沖村憲樹さんの中国の国際科学技術協力賞受賞の祝賀会

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 中国の「国家国際科学技術協力賞」を授与された沖村憲樹さん(JST特別顧問、さくらサイエンスプラン推進室長)をお祝いする会が、3月8日、東京・一橋の如水会館で開催された。

 祝賀会の発起人は、尾身幸次(STSフォーラム理事長、元財務大臣)、高村正彦(衆議院議員、自由民主党副総裁)、有馬朗人(武蔵学園学園長、元文部大臣、元東京大学総長)、土屋定之(文部科学事務次官)、濵口道成(科学技術振興機構理事長、前名古屋大学総長)氏であり、沖村さんの広い人脈を物語るように、政官界、学界などから多くの人がお祝いに駆けつけ、行政官として異例の受勲を受けた沖村さんをお祝いした。

 今回の受賞はブログでも紹介してきたので、賞の内容や受賞の意味については繰り返さない。ここでは、出席者に配布された沖村さんのお礼の言葉と一緒に入っていた、中国の科学技術の動向について触れたい。

 というのも、沖村さんは早くから中国の発展を予想し、これからの日本は、中国の科学技術研究と協調してアジアや世界の発展に貢献することが重要であるとことあるごとに主張してきた。

 科学技術は、イデオロギーを超えて人類の福祉に貢献できるものであるから、中国と共生できるというのが沖村さんの考えである。

 その考えを出席者に伝えようと配布されたのが、この日の「引き出物」の文書であり、折りたたんだ大きさは内ポケットに入るように工夫されていた。そのさわりの部分を紹介したい。

急進的に拡充する中国の大学・研究現場

 2013年の日中の大学数を比較すると中国が4745校に対し日本は1141校である。大学生と大学院生の合計は、中国が1674万人に対し、日本は282万人であり、日本の約6倍である。当然ながら高等教育への投資額も27兆円以上であり、日本の8兆7000億円の3倍以上である。

 人口比は中国の方が10倍以上多いから、この程度の差は当然だという意見もあるかもしれないが、中国政府は重点大学を選択的に指定し、そこへ集中投資する戦略を展開している。

 1993年に指定した「211工程」は、世界的レベルの大学を目指すように112大学を指定し、重点的に投資してきた。

 1998年に当時の江沢民主席が提唱した「985工程」では、ハーバード大学、オックスフォード大学並みの世界一流の大学を目指すように39大学を指定している。最先端の研究設備や機器を備えた世界トップクラスの研究型大学の構築を目指したものだ。

 実際に中国の大学を訪問するとその規模の雄大さと勉強や研究に取り組む学生のエネルギーに圧倒されることが多い。中国から出ていく外国留学生は年々増えており、受け入れる留学生も急増している。

 次の表は、2011年の米国大学院博士取得者数である。世界中で優秀な中国人留学生が活躍している。

国名

博士号取得者数

1.中国

3978人(29%)

2.インド

2161人(15%)

3.韓国

1442人(10%)

8.日本

243人(2%)

 

 独特な中国のサイエンスパーク

 中国の大学にはサイエンスパークという独特の産学連携システムがある。主要94大学のサイエンスパークの総売り上げは7794億円である。中国を代表する清華大学のサイエンスパークには、世界中のトップ企業が集まっている。

 また大学が企業を経営しているのも中国流である。これを校弁企業と呼んでおり、北京大学の校弁企業の方正集団有限公司の売上高は、OECDの購買力平価計算によると1兆7703億円であり清華大学の同方股份有限公司は、9892億円である。

 中国の552の大学が5279のベンチャー企業を保有している。

 中国にはこのほかに世界に類をみないハイテクパーク政策があり、国家だけでなく地方政府や自治体の下で2000以上のハイテクパークが活動をしている。

 原子力、宇宙、海洋開発などビッグプロジェクトはすでに先進国に追いついており、きわめて高水準の観測衛星を多数打ち上げている。2012年には、「神舟」9号(3名の宇宙飛行士)は、「天宮1号」にドッキングすることに成功。2020年には、中国独自の宇宙ステーションを完成させるという。

 研究開発費も急激に伸びており、この13年間に6倍以上の伸びを示し、すでに日本の金額の2倍の開発費の総額になっている。

 

2000

2013

5.1兆円

35兆円

16.3兆円

18.1兆円

 論文数でもすでに日本を抜いて米国に次いで世界で2番目である。被引用トップ10パーセントの論文数も世界2位である。特許出願件数はすで米国を抜いて世界トップ。その急増ぶりは驚異的である。

 日中の科学技術投資金額の歳出割合を見ても、中国の大胆な戦略が見えてくる。

中国財政歳出(2013年 兆円)

 

日本財政歳出(2013年 兆円)

1.教育支出

65.1

18.0%

 

1.文教及び科学

5.4

5.8%

2.科学技術支出

15

4.1%

 

2.公共事業

5.3

5.7%

3.国防費

21.9

6.1%

 

3.防衛

4.8

5.1%

4.公共安全支出

23

6.4%

 

4.社会保障

29.1

31.4%

5.社会保障と就業費

42.9

11.9%

 

5.地方交付税交付金

16.4

17.7%

6.文化体育とメディア

7.5

2.1%

 

6.国債

22.2

24.0%

     ・

     ・

     ・

     

7.その他

9.4

10.2%

歳出総額

361.5

100.0%

 

歳出総額

92.6

100.0%

  この比較表でショッキングなのは、中国の教育支出割合が突出しているのに対し、日本が突出しているのは社会保障費である。

 安倍自民党・公明党の連立政権は、憲法改正を目指して躍起となっているが、日本の将来像を描く政治哲学は国民に見えない。大体、科学技術創造立国を国是としている日本が、未来の投資である科学技術予算に投与していないし、人材育成の教育に対する政策にも無関心のようだ。

 この日の祝賀会で祝辞に立った有馬朗人・元文部大臣・東大総長は「このままでは日本は滅びる。いまこそ国家の未来を考えなければならない」と声を張り上げて自説を訴えた。

 沖村さんは、中国の科学技術の実態を知ってもらうために客観的なデータを示して参加者に中国の重要性をアピールしたものである。同時に日本の中国に対する態度と方針を改める必要性を暗に示したものである。