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黒木登志夫「研究不正 科学者の捏造、改竄、盗用」(中公新書)

研究不正黒木登志夫

 

 本邦初出の資料やデータを駆使して、これだけ研究不正を検証し、予防策まで示した初めての本である。

 この本は研究者と文筆者の両方の顔を持った著者・黒木登志夫先生でないと書けないものであり、これからもこれだけの内容を吟味した同じテーマの本は出てこないだろう。一般の読者を対象とした内容だが、それは学術論文と同じだけの価値を持っている。

 読み始めて間もない第2章で、一挙に不正事例を21例も出されて度肝を抜かれた。日本が世界の研究不正大国になっていたとは知らなかったし、ワーストナンバーに堂々と名を連ねている何人かの研究者事例も初めて知って、本当にびっくりした。

 また2000年以降、不正が急激に増えていったという現象に非常に興味を持った。本格的なインターネット時代を迎え、距離感と時間差がほぼなくなり、リアルタイムで情報を共有する時代になった時代背景と、無関係ではないだろう。

 電子情報を繰る技術が進展したので不正もやりやすくなったのではないか。

 第3章から、重大な研究不正として、ねつ造、改ざん、盗用、生命倫理違反など具体的な不正内容を態様別に切り分け、そのテーマに合致した不正事例を検証している手法も見事だ。読者は迷わず、その重要な事例が頭の中に入ってくる。

 3章の画像改ざんのところで、著者の写真を改ざんしていく図・写真は秀逸である。こういう「小道具」を適宜入れて読者を楽しませかつ理解させるのがこの著者の優れた文筆者としての手腕である。

 

黒木先生画像捏造の例

 第5章で研究不正をする動機について「場合分け」で解説しているが、なるほどと思った。これを読んでいて、中小企業の特許権を侵害する大企業の技術者の動機と重なる部分があると思って感心した(あくまで私見だが)。

 特許を取得するのも、論文を書くのも世界で初めての内容でないと価値がないので、重なるのは必然かもしれない。研究不正は、特許侵害事件を整理して考える際に非常に役に立った。

 また、第6章に出てくる「なりすまし審査」も驚いた。人の商標をこっそりと先に登録して「なりすまし商標」を取得する中国の手法を思い出させる。

 読売・朝日・毎日という3大紙の理不尽な報道についてもきちっと総括している。こういう論評が、メディアには必要であり、良かったと思う。これを書かれてまずかったと反省する新聞記者も多数いるだろう。 ただ、毎日新聞については「神の手」の正体を暴いている功績も紹介している。

 また、現代のようにインターネット検索と情報共有時代を迎えて、研究不正がたちまち摘発されてくる現場の解説もためになった。

 第7章の「論文撤回はべき乗」になることを提起し、「20:80」の法則を見出したのは、黒木先生ならではのオリジナルであり秀逸だった。

 最後に研究不正をなくすためいくつかの行動と制度を提示している。これもこの本の価値を高めている。研究開発型の企業の経営にも役立つ提起ではないか。

 ところどころに著者の研究活動で接点のあった研究者やテーマなどが語られており、筆者は感心しながら安心して読み進めた。このような内容を盛り込めるのも黒木先生だからできることであり、この本の厚みを出していた。

 スタップ細胞事件については、科学者らしく明快に捏造の根拠を論理的に示しており、筆者もようやく納得した。捏造と言うよりも小保方氏の強い思い込みではないかという思いがまだ少し残っていたが、この本を読んで吹っ切れた。あれは捏造だったのだ。

 

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