「日本の知財は危機的状況にある」と警鐘を鳴らした中村嘉秀氏
第5回日中女性科学者シンポジウム2016 in Japan

黒川清「規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす」(講談社)

  規制の虜 黒川清

 東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所事故の国会事故調査委員長を務めた黒川清先生が、渾身の力を込めて書き上げた「日本国の病巣」を告発した本である。まずイントロの書き出しを引用してみる。


 志が低く、責任感がない。
 自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事のようなことばかり言う。普段は威張っているのに、困難に遭うと我が身かわいさからすぐ逃げる。 
 これが日本の中枢にいる「リーダーたち」だ。

 

 黒川先生をトップにしたスタッフは、600ページの事故調査書(事故調)をまとめ上げ、その調査過程で原発と向き合い運用してきた日本の行政も企業も課題先送りの無責任体制がまかり通り、世界の非常識になっていたことを事実で示して報告した。

 本書は事故調が生まれた舞台裏を余すところなく書き込み、さらにこの事故調を通して黒川先生が確信した日本の病巣を論拠を示しながら書いた本である。

本書は2部で構成しており第1部は、事故調が完成するまでの7か月の奮闘ぶりがかかれている。事故調スタッフは、客観的な事実だけを積み上げる手法で関係者から膨大な聴き取りをして福島原発事故の全貌をあぶりだしていく。

 あの事故は人災であったと明確に結論を出した事故調の内容が、いかにして出来上がったかを報告しており、初めてその過程を知って感動を覚えた。半年の期間でよくあれだけの内容を調べ上げたと感心していたが、そこには血のにじむような努力と取り組みがあったのだ。

 本書を読んで改めて事故調の要約を読んでみたが、まったく違った印象を持った。あの人災事故が日本の病巣であると告発する黒川先生の主張が、明確な輪郭を持って突き付けられてきたのである。

 その確かな輪郭を書いたのが第2部の「3・11が浮かびあがらせた日本の病巣」である。「規制の虜」とは、原子力安全・保安院など規制する側が、東電など電力会社の規制される側に取り込まれて本来の役割を果たさなくなってしまった状況を語る言葉であるという。

 「日本では原発で重大事故は起こらない」という「神話」が生まれた状況を、歴史的な事実を積み上げながら明快に解き明かしている。新聞記者をしていた筆者もこの「神話」を信じてきたのである。その歴史とは江戸時代から明治維新当時までさかのぼっているが、黒川先生に指摘されてみると、多くのことは日本の知識人はうすうす感じていたことではないか。しかし明確な意識となって位置づけることはできなかった。

 それを黒川先生は、説得力ある史実と事実を展開しながら、日本の病巣であることを示してくれた。そして、憲政史上初めての国勢調査権を背景に法的調査権で報告された民間人による事故調であったが、その後、立法府は何も行動を起こさず、何も変わっていないと主張する。

 事故調では、具体的な「7つの提言」を出しており、国会がこの提言を徹底的に討議して実施計画を策定して、事故の教訓を生かさなければならないのに、ほとんど何も行われていないという。これはもはや、国家の体制を持っていない途上国以下の国家体制ではないか。

 さらに日本のメディア・ジャーナリズムの在り方にも鋭い視点で注文を付けている。自己責任を避け、他人に語らせてお茶を濁す日本のメディア・新聞業界の伝統的手法に大いなる疑問を突き付けている。特にメディア業界が、本来のジャーナリズムの役割を果たしていないことを舌鋒鋭く示した記述には、新聞記者出身の筆者は縮みあがってしまった。その通りである。

 このようになったのはIT産業革命以降、急速に情報通信現場があらゆる人々に普遍的に利用できるようになった技術革新によって、急速に経営が衰退していったことと無関係ではない。新聞・テレビなど巨大なジャーナリズムは、経営安泰があって初めて健全な主張が確保できるのだが、これはこの本とは別の問題であり、筆者のついでの言い訳である。

 ともあれ黒川先生は、世界が見ている日本を意識し1990年代から始まったIT産業革命の時代認識を自覚していない日本の病巣を明快に書いてくれた。本書は日本人にとって必読の書である。

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