馬場研第3期生の記録
2015/04/02
東京が記録的な大雪に見舞われた2月8日、馬場研3期生の清水至さんと東京・銀座であって楽しい懇談の時間を持った。
至さんは、ソニーの社内弁理士であり知財担当で様々な課題や処理に取り組んでいる。最近の知財をめぐる話題を出し合いながら、有益な懇談だった。その中でも印象に残ったのは、知財の権利取得にかかる経費は、日本のコストが高いので外国へ流れていることだ。
日本の大手企業は、韓国などの外国の特許事務所に委託する比重が高くなり、知財の空洞化に拍車がかかっている。中国の特許事務所が、多数、日本に上陸してきており、コストも安い。これからは仕事の品質が大きな課題になってくるだろう。
安かろう悪かろうでは知財にならない。品質の多くは翻訳にかかっている。しかしこれも年々品質が上がってきており、日本の特許事務所の競争力が問われるようになっている。そんな話題を話しながら、大雪で人出がほとんど途絶えた銀座のビルの中で、大いに話し込んだ。
3期生の渡辺健ちゃんと懇談
大阪工大で開催された今年の日本知財学会で、馬場研3期生の渡辺健君と再会した。健ちゃんとは、ともに研鑽した日々が懐かしい。日大駿河台で開催された知財学会では、3期生の諸君と発表した日を思い出しながら最近の活動などを聞くことができた。
健ちゃんは、京都のベンチャーの雄、半導体メーカー、ロームの知財スタッフとして着実に実績を積んでいるようである。その日頃の活動ぶりを聞いて嬉しかった。何よりも、研究室にいたかつての学生諸君が堅実に実績を積んでいる様子を聞くことは嬉しい。
短時間だったが、レストランで祝杯をあげてこれからの知財活動についての情報交換にもなった。
MIP3期生で馬場研に所属した岡本麻紀さんが、7月14日に研究室に来訪した。MIPを修了したあと二児の母親として家庭業に専念しているが、知財のことは頭から離れないようだ。いずれ、時間ができたときには、また知財の世界に参入してくるだろう。
岡本さんの院生時代で思い出すのは、知財学会で2本の発表を行ったことだ。
「PCML(Patent Claim Markup Language)化の課題について」と「中国の『ワハハ』ブランド紛争とライセンス契約の検証」というまったく違った分野の研究内容だった。
特に前者の研究テーマは、マークアップ言語(Markup Language)を活用した明細書の作成の可能性を追求するという意表を衝くテーマであり、研究者も日本では数人だけ、論文も実施例も限られている分野であり、よくこのテーマに取り組んだものだと今でも思う。
外部の研究者に指導をお願いしたのだが、その研究者らと今年の知財学会で出会う機会があり、岡本さんの噂話をしたばかりだった。
知財学会は今年から1人1演題の発表という制限が付けられたので、1人で2演題発表は出来なくなった。馬場研では、岡本さんが最後の複数演題発表者になる。
今でも新しいアイデアを考えることに取り組んでいるそうで、構想の一端を聞いたので期待したい。
第3期馬場研の記録
2008年度・第3期馬場研
共通認識で共に研鑽した日々の成果
論文テーマ
岡本 麻紀
「外国出願する特許明細書の品質向上と翻訳効率化に関する一考察~マークアップ言語の活用と 今後の開発可能性について~」
郭 煜
「日本と中国の特許侵害事件における均等論の比較」
清水 至
「中国における標準化戦略」
原田 雅章
「企業の商標戦略からみた商標の類否判断(「餃子の《王将》」と「王将」は類似するのか?)」
宮川 幸子
「中国の大学生における模倣品に対する意識と行動」
駱 玉蓉
「日本・中国・台湾の先使用権制度の分析~先使用権の主張によって起こる紛争事件を解析し、知財戦略における先使用権のあり方を検討する~」
渡辺 健
「実用新案出願件数の減少における問題点の検討と対策に関する研究」
論文講評
2008年度の馬場研メンバー7人は、MIPの中でも精鋭の集まりであり、修士論文のテーマ設定から調査研究・分析・執筆活動まで共通認識に立った学修の雰囲気を終始保持し、論文執筆に取り組むにふさわしい研究室であった。 この論文集は、その成果をまとめた諸君の努力の結晶であり、末永く諸君の机上に据えて往時を忘れず、今後の研鑽の糧とならんことを切に希望するものである。
岡本麻紀さんは、マークアップ言語(Markup Language)を活用した明細書の作成の可能性を追求するという意表を衝くテーマを掲げ、研究者も論文も実施例も限られている分野に切り込んでいった。
技術的思想とされる請求項の文言は、それ自体きわめて難解にして精確な意味・思想を持たせたものであり、様々な言語に翻訳するには明細書書式の基準の共通様式から始まって、原文に忠実な翻訳が要求されている。補正書作成、偽造防止、文書比較、整合性チェック、スペルチェックなどの機能をもったソフト開発は容易ではない。
マークアップ言語には、SGML、HTML、XMLなどが存在し、それぞれ独自の言語定義を持ったものであることも岡本さんの論文で初めて知った。この分野は未開拓の分野であり研究者も非常に少ない。もとより浅学の筆者の手に負えるテーマではなく、岡本さんは主として学外の専門研究者の門を叩き、積極的に教示を願って研究を進めた。学外で研究指導にあたった1人は「岡本さんがこの難しいテーマを短期間で見事にまとめられたことは、わがことのように大変嬉しい」(知財創造コンサルタント・片岡敏光先生)という賛辞をもらったほどである。
この分野はまだ「夜明け前」であり、この論文はその先端を開く論述の1つとしてこれからも参考に供されるだろう。
2児の母親として育児にも専念しなければならないハンデを乗り越え、最後まで論文完成へと邁進したひたむきな努力は特筆すべきものであった。
郭煜さんは、中国人弁理士として東京駐在事務所で多忙な日常業務に取り組んでおり、その合間をぬってMIPに通学し日中間の均等論の比較という興味深くも難しいテーマをよくまとめられ価値ある論文を完成した。
郭さんは、中国の名門大学である瀋陽薬科大学薬学部を卒業したあと技術開発企業に勤務した。その後、特許法律事務所へ転進し、間もなく弁理士資格を取得した。研究に取り上げた日中の均等論の判例と論文は、多くの判例を網羅したものであり、深く思索した論述は学術論文としても価値が高い。
中国での均等論判例は、日本のそれと比較して法解釈が日本よりも広く甘い。進歩性同一説をとる中国ではどうしても広くなる。日本の均等範囲は、特許発明の保護範囲と中国の均等範囲とのちょうど中間に位置するものとしており、近い将来、日中間の知財紛争の多発が想定されるだけに、日本企業にとっても中国での侵害訴訟の際に貴重な資料となるだろう。
実用新案による紛争も多発する中国では、均等論の解釈・知識は必定の時代になったと言えるだろう。日本と中国の均等論を判例から研究した中国語による均等比較論の文献は、ほとんどないと思われるだけに、今後、中国語での学術論文として記載することを期待したい。学術的な雰囲気を湛えた郭さんは、常に冷静にことを受け止め、控えめで短いコメントを発することがあるがその内容は正鵠を射たものが多く、口数は少ないが常に存在感を出す人であった。
清水至君は、修士1年で弁理士試験に合格した俊英であり、参考文献に乏しい中国の標準化戦略というテーマをよく研究してまとめた。特に2008年の秋には北京の徳琦知識産権代理有限公司、中国科学院理化技術研究所などに研修に行き、現場の知識を吸収すると共に中国という巨大な国の実情を見聞することによって視野を広げた点で、非常に有益な体験を得ることができた。
国際標準化戦略がにわかに注目されてきたのは1990年代からである。特に国際的な一種の談合で決まるとされるデジュール標準が、WTO発足と共にきわめて重要なテーマに浮上してきた。巨大な消費人口を要する中国の標準化は、まさに国家戦略そのものとなってきたが、清水君は情報量が少なく研究者も限られている分野によく踏み込み、研究者にインタビューしたり、関係機関に取材に出向くなど実学を重ねて論文をまとめあげた。
産業構造の激変によって世界の工場となった中国は、工業製品の標準化への過程では特許戦略も含めて大きな存在感を増していくだろう。その動向をいち早く察知して論文執筆のテーマに選んだところに清水君の将来の活動エネルギーを感じさせるものがあり、期待にたがわず非常に価値の高い出来栄えになっている。
高校時代に弓道で鍛えた集中力と物事を計画的に立案して実行する行動力は大変優れており、それは清水君の天賦の才能としてこれからの人生でも大きな原動力になるだろう。
原田雅章さんは、大阪の特許事務所の一線で活躍する弁理士という多忙の身でありながら、週末になるとMIPに通学して知財学を広く習熟するという弁理士としては他に例をみない自己研鑽と社会活動に取り組んだ人であった。また馬場研の級長として、他の院生に多くの示唆を与えた人としても歴代馬場研の中でも特筆される人であった。
論文のテーマは、自ら深く関与した商標紛争の特許庁判断と司法判断がまったく逆転したという具体例を取り上げて研究分析したものである。特許庁審決や司法判断を分析した結果として、「商標の類否判断に際しては、取引の実情を考慮すべきである」という論点を引き出し、「類否判断の結果が異なるのは、判断する側にあるのではなく判断してもらう側(商標出願人側)にある」とする結論は、一種、驚きの論述として受け止めた。
原田さんは、論文の最後にある企業の商標担当者への提言の中でこれを述べたものだが、商標の出願や係争の現場で体験した豊富な知識と実務から、過去の膨大な判例や審決を根気よく研究分析した成果の一端を披瀝したものであり、大変、価値の高い成果を書き残した。
原田さんは、意匠の出願とその戦略に関しても並々ならぬ知識・実務を身につけており、折々に聞いた意匠戦略の実際と課題はすべて体験から出た内容だけに非常にためになった。国際間の知財権利の紛争事件を取り扱う現場に興味を向けており、今後さらに大きく飛躍する弁理士として期待する。
宮川幸子さんは、中国の大学生の模倣品に対する意識を調べるという野心的なテーマを掲げ、煩雑なアンケート調査をよくまとめあげ、ユニークな論文として完成させた。中国の大連、上海、北京、広州という4都市で約450人の大学生、大学院生を対象に模倣品の意識を聞き取るという調査は、中国でも初めてだろう。
もちろん日本でも初めての報告であり、オリジナルな調査として今後もよく知られるものになるだろう。宮川さんの論文で特徴を出しているのは、中国の社会、文化を広く理解している視点が随所で発揮されている点である。これは自身が大連外国語学院で学んだ体験と中国語の語学力、そして現在勤務している企業で中国に関連するビジネスを実体験としているところから出てくるものであり、これは多分、宮川さんしかできないものだろう。
そうした恵まれた基盤に立って出てきたアンケート調査の研究分析であるので、中国の歴史、文化論まで広げた論述はなかなか面白く読み応えがある。模倣品問題は、戦後間もない日本でも出ていたものだが、当時は知財意識など皆無であり国際的な物流も日常品にまでは広がっていなかったのでニセモノ問題もまた皆無に等しいものであった。
中国の模倣品問題は、産業技術の発展から見れば一過性の問題であり、宮川さんが指摘するようにもの作りのツールと手段が簡単に入手できる時代に咲いたあだ花である。このテーマは、もう一回掘り進んで、中国文化論の視点でまとまった論文へと広がることを期待する。
駱玉蓉さんは、日本・中国・台湾の先使用権の制度と司法判断にどのような違いがあるかを膨大な判例をもとに研究分析したものであり、今年度の馬場研論文の中で最大ページ数をさいたものであった。先使用権とは、知的財産権の活用が重要視されてきた近年のテーマと思い込んでいたが、駱さんの論文によって日本ではいまから50年前に最高裁まで闘った「地球儀型ラジオ事件」が有名な判例として残っていることを知った。
論文の内容は、日本、中国、台湾だけでなく米国まで広範囲に先使用権の実例と判例を調べてあり、特に中国、台湾の判例をきめ細かく研究調査して論述したものとしては非常に価値があるだろう。判例の研究であるため、法律上の文言と論旨記述が何回も出てくるダブりが目立つが、しかし分かりにくい判例論述を解説する際にはむしろこの繰り返しが読者の理解度を高めるものと受け止められた。
特に裁判は一審、二審、三審(最高裁)と進むわけだが、原告・被告の関係が控訴になると逆転した関係になったり、上告審になるとまた逆転する。さらに先使用権の紛争には無効審判が付き物であるような状況にあるため、事案には多層的な理解が要求される。
駱さんは、そのような課題を根気よく文献で調べあげ、それをまた丹念に読み込み、国際性のある重層的な論文として仕上げた点で特筆できるものだろう。何事にも控え目に見える駱さんだが、学問に対する態度は常に真摯であり積極的である姿勢が、この論文に十分に反映されていた。
渡辺健君は、出願数の低迷する実用新案の現場に踏み込み、何がその問題点になっているのか主として実務上の課題を洗い出し、改善案を提言した点で価値ある論文を書き上げた。日本の戦後の実用新案出願数の歴史をたどってみると、高度経済成長期の1970年代までは、特許出願と軌を1つにして増加した。
それが1975年の多項制導入から87年の多項制改善まで安定的に推移したものの、多項制の改善から無審査導入まで大幅な減少時代に推移し、そして94年の無審査時代からは低迷する状況となった。渡辺君は、こうした時代的背景を分析した上で、特に現状の低迷する実用新案の状況には何が課題としてあげられるのか、膨大な特許庁文献や判例をもとに研究分析した。
その成果として「私が考える実用新案制度」を提言した第五章は、渡辺君のこの制度に対する自分の意見をよくまとめあげたものであり、実務的にも役立つ論述となっている。いま中国では、日本の10倍以上の実用新案出願数があり、そのほとんどは内国人の出願である。しかも中国では実用新案と特許の出願を併願することが可能であり、1件の実用新案権侵害で約50億円の損害賠償金支払い判決が出ている。
隣国のこうした現状も指摘しながら、日本企業の実用新案戦略にまで言及した点でもいい論文であった。渡辺君は馬場研・研究室に最も長時間滞留した研究生であり、電話番をしたり雑用にも手を貸してくれた。
2009年3月19日 馬場錬成
原田さんは家族で東京に出てきたが都合でパーティには欠席。駱ちゃんと健ちゃんも欠席したのが寂しかったが、清水君はパーティの幹事として最後のお勤めを無事果たした。
馬場研メンバーの晴れ姿
日本武道館で修了式を終わった後、MIPで学位記の授与式が行われた。式の直前に研究室に集まったメンバーとの記念撮影。原田さんと健ちゃんが折悪しくいなかったのが残念だった。
MIPさよなら懇親会
2年前に入学してからあっという間に過ぎ去った。IT産業革命の中で最も戦略的に重要視されてきた知的財産権の研究をよく取り組んだメンバーの顔は、門出を迎えてとても輝いて見えた。 原田さんは家族で東京に出てきたが都合でパーティには欠席。駱ちゃんと健ちゃんも欠席したのが寂しかったが、清水君はパーティの幹事として最後のお勤めを無事果たした。 日本武道館で修了式を終わった後、MIPで学位記の授与式が行われた。式の直前に研究室に集まったメンバーとの記念撮影。原田さんと健ちゃんが折悪しくいなかったのが残念だった。
08年度の修士論文のうち優れた論文22編をCD化して各界などに配布するMIP叢書の選定結果が2009年4月に発表された。 馬場研からは5人の論文が選定された。研究室単位ではたぶん、トップと思われる。このような成果は、1年間の努力と研鑽の結果であり、大変素晴らしいことであった。
第3期生の修士論文のリニューアルが「パテント」誌に掲載
第3期生の修士論文は、知財学会で発表するなどその内容は非常にレベルが高く、卒業後もテーマをさらに掘り下げて加筆しながらリニューアルし、日本弁理士会の学術誌である「パテント」に投稿して掲載された。
発表論文タイトルなどは次の通り。
「中国の大学生における模倣品に対する意識と行動」
宮川 幸子(中国北京潤平知識産権代理有限公司)
「中国における標準化戦略」
清水 至(ソニー株式会社、弁理士)
「中国の均等論についての一考察」
郭 煜(中国専利代理有限公司、中国弁理士)
「日本・中国・台湾の先使用権制度の分析」
駱 玉蓉(億光電子社 知的財産部)
内容は、いずれも専門的で学術的な観点から問題点に切り込んでおり、高く評価されるだろう。
なお、同じ号には、筆者もたまたま別のテーマで論文を寄稿している。
「19年かかった非接触伝送装置特許の審査過程の検証と考察」
馬場錬成(東京理科大学知財専門職大学院教授)
2008年6月28日(土)、29日(日)に日大法学部で開催された日本知財学会では、馬場研のメンバーが学術発表を行い、大きな自信につながった。
原田雅章 |
日本国における商標の類否判断について、知財高等裁判所と特許庁との違いの考察 |
宮川幸子 |
中小企業活性化のための日中国際産学連携に関するシステムの提案 |
馬場錬成 |
非接触ICカード関連特許取得に関する審査のあり方についての一考察(その1およびその2) |
清水至 |
非接触ICカード関連特許取得に関する審査のあり方についての一考察(その1およびその2) |
岡本麻紀 |
PCML(Patent Claim Markup Language)化の課題について |
渡邉健 |
中国の実用新案戦略と侵害事件の検証 |
岡本麻紀 |
中国の「ワハハ」ブランド紛争とライセンス契約の検証 |
発表者は、2月ごろから準備を始めていたものだが、学会抄録原稿の作成から当日発表のパワーポイントの作成まで、非常にタイトなスケジュールの中で頑張った。
特に岡本さんは、2本の発表を無事にこなし、馬場研のメンバーの祝福を受けた。また、会場からの鋭い質問にもうまく対応し、大きな収穫があった。
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