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北朝鮮に設立されていた英語だけで授業する国際大学 (上)

 このブログは、2015年6月28日にアップされたものです。いま、北朝鮮をめぐる情勢が急転回しています。

 日本では、北朝鮮問題は偏った情報しか入っていないような気がしますが、すでに3年前から世界のジャーナリストの間には、南北統一を視野に入れた考えが広がっており、北朝鮮も国際化に舵を切ろうとしているように思いました。

 上下2回にわたる情報を再アップしました。

 World Conference of Science Journalist  2015に参加

先ごろSeoulで開催された「World Conference of Science Journalist 2015」に参加した。MERSの騒ぎのさなかの訪韓となったが、ソウルの医師に問い合わせたところ感染者は限定的であり、人ごみさえ避ければ心配ないというコメントを信じて訪韓した。

 会議のセッションで特に興味を持ったものの一つが「Science diplomacy in North Korea」というセッションである。北朝鮮の科学技術の動向を知りたいというのは、知的財産のことで少々動きを聞いていたからである。

パネリストは、米、英、韓国の研究者であり、いずれも北朝鮮と学術交流を体験したか研究現場を知っている人である。全体の印象では、北朝鮮の科学技術の国際的な交流は非常に細く、PCの普及もインターネット接続もまだ遅れている。南北朝鮮の統一という視野を入れた発言が多かったのはびっくりした。世界はすでに朝鮮半島の南北統一を前提にして話が進んでいるのだろうか。

  セッション

セッションの会場風景

韓国の科学技術評価計画研究所のパク所長の発表

韓国の科学技術評価計画研究所のPark,Youngah女性の所長の発表には驚いた。所長は宇宙から撮影した地球の写真を示しながら、北朝鮮がまっ黒になっている光景を示しながら、「北朝鮮がエネルギー不足に陥っているのは明らかである」との見解を示した。食糧不足の状況もいくつかの写真で示していた。

 パク所長の発表によると、北朝鮮は1997年に金正日第1書記の時代になってから科学政策を始めた。それが現在も引き継がれており、2022年まで5回の5か年計画を策定している。

パク教授
発表する韓国科学技術評価計画研究所所長のパク博士 

 南北朝鮮の合同科学技術会議をしているそうで、97年に中国で開かれたのが第1回だった。北にも科学研究者がいるのは当然だが、これまでの脱北者が多数出ている。しかし研究レベルの南北差は歴然としており、北朝鮮で科学者であっても韓国に来て科学者になったのは30パーセント程度であるという。

 南北は言葉は同じだが、科学の用語の違いがある。文法も違うところがある。南北統一ではまずこれを統一するところから始めたいという意見だった。さらに東西ドイツ統一までの経過を見ていると、1973年から80年まで東西で科学交流があったことを例に、南北朝鮮も将来を見ながら人材、文化の統一をしたいとの見解を示した。

 これは南北統一を具体的な視野に入れた考えであると筆者は理解した。統一に向けては、互いに尊敬しあうこと、そして話し合うことであり、個人→機関→国家の順で協力しあうべきだ。北朝鮮の現状を考えると、農業、漁業、園芸、醸造学など科学が実生活に役立つことが多数あるので、その研究が重要になってくるという見解だった。

  しかしこの発表よりも、北朝鮮に設立したアメリカ主導の科学技術専門大学の運営には度肝を抜かれた。

 発表したのは、朝鮮系アメリカ人のPark教授だった。

その内容は次回に示したい。

 


北朝鮮に設立されていた英語だけで授業する国際大学(下)

  アメリカ人になったPark教授の発表に仰天

 北朝鮮の科学技術専門大学の話をすると聞いていたアメリカ人のChan-Mo Park教授とは、どのような先生なのか。期待を半分もって会場に向かった。セッションが始まる前に演壇まで行って名刺を出し、Park教授に「取材に来ました」と挨拶した。

  筆者の名刺、表は日本語、裏は英語表記だが、それを日本語の方をしげしげと眺めてから、にっこり笑い握手を求めてきた。筆者は英語で簡単な自己紹介をし、筆者から写真を撮影してもいいかと尋ねた。するとPark教授は、「一緒に撮ろう」と言ってわざわざ正面のいい位置まで移動してその辺にいた人に依頼してシャッターを切ってもらった。その写真がこれである。

  1朴先生とDSCN0207

  それだけですっかり打ち解けてしまった次の瞬間「私も日本語を子供のころ習った。いまは忘れた」と日本語で言った。びっくりした筆者は、すぐに日本語に切り替えて日本語で問いかけると、「もう、日本語は難しいので英語にしよう」と言ってとてもわかりやすい英語で話を始めた。

  聞けば、Park教授は朝鮮生まれの純粋な朝鮮人であり、日本が朝鮮半島を植民地支配していた当時、国民学校で日本語の教育を受けたという。だが、いまはアメリカに帰化してアメリカ人になっているので日本語は忘れてしまったという。戦後しばらく、北朝鮮と韓国で過ごしたが、1957年に当時の西ドイツに行ったとき声をかけられてアメリカに行った。それからアメリカに移住してコンピュータ科学の研究者になったという。

  ピョンヤンにアメリカ主導の科学技術大学を設立

 間もなく始まったセッションでのPark教授の発表は大略次のような内容だった。

 北朝鮮の首都、平壌(Pyongyang)には、2010年から米国の各界がスポンサーになって電子、コンピュータ工学、農学、建築・土木、医学、生命科学など理系総合の私立大学(Pyongyang University of Science & Technology =PUST)が設立された。

 その主役になったのがPark教授だったらしい(そうは言っていないが前後の内容からそのような、いきさつが分かった)。初代の学長には、もちろんPark教授がなった。

 驚いたことに、教える言語は英語でだけ。教授は、世界の17か国から集まっているという。その国籍をパワーポイントで示した。

  アメリカ、イギリス、カナダ、オランダ、中国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、フィンランド、ロシア、スウェーデン、スペイン、スイス、キューバ、カザフスタン、ノルウエー。

  Park教授は「軍事技術に関連することは一切教えていない。学生は猛烈に勉強しており、この勢いでは韓国を追い抜いていきそうだ」と語っていた。

 北朝鮮政府は敵視する米国政府とは裏腹に、このような私立大学、と言っても北朝鮮にとってこのような大学は認めないと言えばそれまでなのに、許しているところにしたたかな戦略が見えてくる。

馬場錬成写真1熱弁をふるうPark教授

  2010年に最初の学期が始まった。授業は全部英語であり、17か国の教員が教壇に立った。2010年に入学した学生で卒業したのは100人だったのが、いま2015年の卒業生は426人になったという。そのうち女子が10人。すでにPhdを5人輩出している。

  難しいのは医学の教育という。臨床医学ができないと一人前の医師として育っていかないが、幸いにも北朝鮮政府はピョンヤンの国立病院で、臨床研修を実施することを許可したのでやっているという。今年になって教授たちの協力で、大学院卒業生を米国、ヨーロッパなどへ留学させている。

  PUSTの卒業生が世界の先進国に留学して学位を取得し、研究者として世界に貢献していくプログラムの将来構想をPark教授は語り、「科学にはボーダーはない。お互いに助け合い相互依存することが重要だ。それには忍耐が必要だ」と語って講演を終えた。

 北朝鮮の科学技術研究がひどく遅れている現状は、他のパネリストの講演発表からもよくわかった。とりわけこのセッションでもっとも具体的なデータを元に発表した韓国の女性研究者の内容は説得力があった。北はひどく遅れている。

 しかしこの研究者の講演内容は、南北統一を前提として思考した内容になっていた。ヨーロッパとアメリカのパネリストの内容も同じようなものだった。しかし北朝鮮は、主義信条、思想をがじがじにコントロールしながら、科学技術の大学と研究には国際的な価値観を入れていることに感心した。

  ところで帰国後、Park教授のプレゼン内容をもう一度知りたくなり、「先生の発表内容を日本国民に知らせたいし、コラムなどでも書きたい。可能なら発表したパワーポイントの原稿を提供してもらえないか」というメールを送った。するとほとんどリアルタイムで、発表したパワーポイントのPDFを送ってきた。

  日本でPark教授の講演内容を報告したいという筆者の思いに対して、Park教授は次のように返信してきた。

  If you have any questions on the contents please don't hesitate to contact me at (メールアドレス)

 Whenever I need your advice I will also contact you.

  感激した。Park教授を日本に招待して講演をお願いし、政府と大学関係者に大いなる刺激を与えたいと思った。

  最後に北朝鮮と知的財産についての情報をお届けしたい。中国の特許法律事務所の所長らの話によると、北にも特許庁のような機関があるそうで、産業財産権4権の出願・登録をしているという。外国の特許事務所も開設を許可されているが中国の事務所だけのようだ。

 アメリカ企業は、こうした事務所を通して着々と知財登録しており、たとえばスターバックスの商標登録も北朝鮮でされているという。これは北朝鮮でいずれ出店するという目的があるからだが、南北統一を見越しての先行登録のようだ。

 ちなみに北朝鮮特許庁に出願・登録でかかる費用の支払い通貨は、ユーロだけになっていると聞いた。ドルは受け取らないそうで、有り余るドル(理由はお分かりと思いますが・・・)があるかららしい。安全保障問題だけでなく、北の動きは様々な顔を見せてくれる。