2018年11月8日(木)
「ゲノム編集と未来:対話のためのコミュニケーション」
西澤真理子先生
このところ、ゲノム編集で受精卵の遺伝子を操作した中国の双子のニュース(真偽不明)で賑わっていましたが、技術が未熟な点や倫理観の違いなどにより、世界中から批判が噴出して収拾がつかない状態となっています。ではこのような状況に、どう向き合えばよかったのでしょうか?
今回の研究会では、その解決方法について西澤真理子先生をお招きし、
「ゲノム編集と未来:対話のためのコミュニケーション」
と題して、良い未来を作るためのコミュニケーションについて講演いただきました。
司会・進行は、当研究会会員で科学分野について見識の深い小出重孝氏です。
冒頭、小出氏によるゲノム編集の現状の問題点(社会と科学のコンフリクト)について簡単に説明があり、スムーズに西澤先生の話に入っていけました。
それでは、西澤先生の講演の報告をいたします。
1.なぜリスクコミュニケーションなのか
リスクコミュニケーションとはリスクを伝えることです。科学的な評価や安全評価の結果に基づく政策判断や経営判断などのリスクを、さまざまな人に伝えることがリスクコミュニケーションなのです。
日本ではマスコミの影響か、リスクという言葉を聞くと「危険!」と驚いてしまいがちですが、似た単語であるハザードとの違いはわかりますか?
リスクは危険の度合いのことで、地震で言えば震度1や震度2の地震の大きさを言っています。ハザードはこの例では”地震”にあたります。
太陽光線もお酒も発がんの危険がある(ことが証明されている)、これがハザード。どれくらいのお酒を飲めばがんになるのか、というのがリスク。
まとめると、「ハザード=質」の話、「リスク=量」の話となります。ハザードとリスクの違い、理解しておきましょう。
わかりやすく身近な例を挙げながら説明する西澤先生。快活かつ華麗でステキです。
さて、一般の方は”リスク”という言葉を聞くと一様に驚いてしまいますが、これは科学と技術の数値よりも感情や直感によって判断してしまうからなのです。
その仕組みを表すものとして、心理学や行動経済学では「人間の思考(無意識の脳のくせ)」というものがあります。
・システム1(直感)= 近道したい = 単純な情報が好き
・システム2(論理)= 面倒くさい = 理論や数値はさけたい
どうしても科学と技術側は論理(システム2)で説明してしまいますが、その話を受ける側は直感(システム1)で考えてしまう。説明する側と聞く側ですれ違ってしまっている。これではリスクコミュニケーションもうまくいきませんね。
他にも、さまざまな情報から脳に刷り込まれる利用可能性ヒューリスティック、都合のよい情報ばかり選択しがちな確証バイアス及びEcho-chamber共鳴作用について例を挙げながら、先生は説明してくれました。
ここで、コミュニケーションの3つのDについての説明です。
Debete 勝ち負けのあるディベート:弁論、批評
(福島はディベートになっていて長引いてる印象がある)
Discussion 議論 →ディベートに近い
Dialogue 対話 ★これをやっていかないと話が膠着してしまう
今日の本題はこのダイアログ(対話)、ダイアログを中心に話は進んでいきます。
2.技術・社会・対話、欧州で見てきたこと
参加型対話はリスクコミュニケーションのひとつで、市民が専門家の話を聞いて判断するもの。タウンホールミーティング、市民陪審員、コンセンサス会議、地域アドバイザリーパネル(CAC)などです。
ここで先生は、ドイツのコンセンサス会議(2001年遺伝子診断、2004年ヒト幹細胞研究で生命倫理を問うもの)に参加したときに感じたこと、進め方について説明してくれました。
また、日本での会議も欧州と同様で会議の進め方は、テーマ選定→市民パネル構成→準備のために2週間→3日間のオープン会議となっており、十分に時間をかけることの大切さを表しています。
欧州では、お互いに歩み寄っていくダイアログの伝統が根付いている。これは長い間戦争を繰り返してきたことが大きいとの見解も示してくれました。
3.ゲノム編集と未来
最近参加したものの報告としては、「2018/9/29 たねと食と人フォーラム」でしたがシンポジウムの1日だけだったため、あまり対話にはなってないかな、との感想。同じテーマについて時間をかけて対話(コミュニケーション)になるまでもっていく必要があると強く感じたそうです。
ここで、事例を2つ紹介しました。
1つ目は、最近よく話題となる、ゲノム編集については(デュアルユースと倫理)、
「わたし達は何になりたいかではなく、私たちは何を望みたいのか」(私たちはそもそも何をしたいのか?)という話に行き着きます。科学は”科学の発見”をどうするのかを決めることができません。ゲノム編集を医療に役立てたい一方で、スーパーヒューマン(遺伝子レベルですごい人)を作ろうとしている。これは科学者が決めてよいことなのでしょうか?
もうひとつの事例ですが、「日本の食料自給の問題=日本の農業の未来」 はすごく難しいテーマです。今後持続可能なものに転換していく必要がありますが、我々の食料自給はどうなっていくのか?
現在、日本では遺伝子組み換えしたものを輸入していますが、それは安全保障の問題になっているし、その一方で自給を考えると、生産者の高齢化などで農家が減っている現状もあります。
これらの解決方法として、自給を中心に考えると、
・ゲノム編集により、病気に強く手間がかからない作物が作れ、収量アップが期待できるとなるとどうか?
・日本では遺伝子組み換えを避ける感情が強いが、他の解決方法(IT活用による収量アップなど)を進めていくのか?
等々、1回きりのシンポジウムで終わらせず、じっくり他人の立場や価値観を理解しながら解決方法を探っていくコンセンサス会議のような対話(ダイアログ)が必要となってくるのです。
西澤先生は、日本の原子力発電についての対話(ダイアログ)を、静岡と東海村でも実施しました。
福島での原発事故以来、原子力は雇用の創出ができる一方、事故が起きるとどうなるかわかったので反対の声も大きくなってきています。
静岡の対話(ダイアログ)では、セシウム検出で風評被害を受けた掛川のお茶農家や原発で働いている関係者などが集まり、休日を数日間使い、手弁当でコンセンサス会議を開催。開催後、参加者は「大変ハードだったが、さまざまな人の意見や価値観を共有できて有意義だった」とほとんどの人が満足していたそうです。
静岡、東海村とも、対話(ダイアログ)で必要となるものはデザイン(準備)で、日本人はこの対話の場作りが下手だなぁ、と欧州も見てきた先生のご意見には、聴講者一同、納得でした。
最後に先生は以下のように締めくくられました。
・対話のプロセスをデザインする。
・人、情報、価値観は多様。
・みんなが同じ目線で対話のテーブルにつく。
これがダイアログ(対話)になるのです。
4.意見交換/QAコーナー
先生の熱弁冷めやらぬまま、意見交換/QAコーナーに入ります。
以下、便宜上、QとAに分けていますが、Qは質問もあれば意見もあり、それに対する先生の回答・ご意見をAとして記述しています。
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Q:
日本人は同意見の人同士が集まりやすい。一方、反対意見の人とは疎遠になる。
喧嘩をせず対話をして仲良く(相手を理解する)なるべきだが、よい方法は?
A:
これまでの経験から、接触時間が長いと反対意見の人でも理解できるようになります。一緒にごはんを食べる(食を囲む)などで時間を共有すると、その人の違う側面が見えてくる。
Q:
自己主張するのではなく、相手の話をよく聞くことということか?
A:
コミュニケーションは、聞くことが大切。
相手の話を聞くこと。これは福島の原発事故のときに現地で学んだことだが、いくら行政側から放射能汚染がどうのこうのと説明しても放射線の情報を何も知らないから、関心を持ってもらえなかった。直接、現地の人たちに理由を聞いてみたところ、現地の人たちは自分たちの話を聞いてほしかったという。そこでまず、一日中、話を聞くことに徹した。その結果、現地の人たちも心を開き、不安に思っていることを話してくれた。
話を聞いてもらうには、相手の話を聞いてから。このことを身をもって知った。
コミュニケーションは言葉のキャッチボールだ。
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Q:
先生はイギリスに行った後、なぜドイツへ渡ったのか?デンマークやスイスでもよかったのでは?また、事例紹介にあったドイツのヒト幹細胞研究はまだ規制中か?
A:
イギリスは環境技術センターに行ったが、そこで聞いたデンマーク人の研究者の話が面白く、科学コミュニケーションに興味を持った。ドイツに行ったのは、上智大でドイツ語を習得したこともあり、ドイツの研究支援公募が取れたので。
ドイツのヒト幹細胞研究に関してフォローをしていないので現状はわからないが、着床前診断はできるようなった。
Q:
ダイアログ(対話)を尽くすと、反対意見者もハッピーに終われるのか?
A:
ダイアログでは、声の大きい人や反対意見にひっぱられることも多い。ドイツでも、声の大きい元刑事さんに引っ張られてしまったと反対意見の女性から聞いたことがある。
だが、長い時間一緒にいるので、言い尽くせる、結果に納得いかないこともある。それでもこれらのプロセスを積み重ねることが大切なのだ。
Q:
原発の説明で、サクラを入れた事件があったが、先生の意見、回避方法は?
A:
オープン会議では、主催者(行政など)は「お金は出しても口は出さない」が大原則。
透明性を担保することが重要。主催側はそれを覚悟してやるものだ。ドイツでも主催者は一切ダイアログに関わらず、場を提供したのみだ。意見の操作なんてもっての他だ。
従って、サクラはまったく無意味、やる価値なし。
Q:
日本でリスクの説明はどのようにしているか?
A:
リスクの説明は、リスクを比較して理解してもらう。
例えば、放射線被ばくのリスクを、CTスキャンや飛行機の飛行時間と比較してもだめ。
それよりも身近な、天然のカリウム40は牛肉に含まれているが、牛肉100グラム食べるのと、ポテトチップス〇〇袋を食べることと同じ、と表現するとわかりやすい。
ただし、強要されたものと自発的に食べたものでは倫理的に違う。
あえて、自分の身近なもので比較しないとわかりづらい。
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Q:
福島にいたことがあり、避難してきた方に対し、どのように話せば相手は安心・納得するかというと、「被ばく量が〇〇で発症リスクが〇〇%です」よりも、「あなたは子供を産んでも大丈夫ですよ」というほうが納得しやすい。
一方、科学者・技術者は未知へのあこがれが大きく、直感を実証しようと懸命になる。変わり者が多い。科学技術のスキルとツールボックスを持った職人と考えたほうがよい。基本的には夢や好奇心旺盛な人たちであるが、先生のご意見は?
A:
まったく同感だ。自分自身も研究者である。
「子供を産んでも大丈夫」とは、公式の場で100%大丈夫とは言えない。そうすると、一般の人は不安に感じる。一般の人は100%と言ってほしい。しかしオフィシャルだと確率論になるので言えなくなる。一般の方と科学者の間にはギャップがあり、悩ましい。
研究者は、夢がないと研究しないだろう。それで良いと思う。
Q:
今でも地元新聞には各地の放射線の値が掲載されているし、中国、台湾などは福島県産のものは輸入禁止になっている。新聞に掲載している=危ない から掲載していると勘違いされる。
A:
原子力規制庁の方の話では、現在、福島で放射線の情報がわかるスマホのアプリを開発しているそうだ。知りたい人はそのアプリを活用すればよい。新聞に掲載し続けるのは、不安を煽るようなものなので避けたほうがよいだろう。
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Q:
情報開示の問題があると思う。原発は廃炉と核廃棄のコストまで含めて説明が必要、構築とランニングだけではなく、核廃棄物処理までを含めたコストを開示していない。
東日本大震災後に放射能の様子を新聞で見たとき、北九州のほうが高かった事実がある。
台湾の輸入規制においても、また緊急時においても情報開示が重要だと思うがどうか?
A:
同感である。情報開示がきちんとされないと、隠しているのではと疑ってしまい、不信感が募る。
普段からモニタリングポストが必要。EU各国でも進められており、情報開示のしくみを作り上げている。
Q:
コミュニケーションの点で、技術、ファシリテーションのデザインの重要性などは、議論の本質とは違うと考えられ、それらが理解されていない、それを伝えられない上司、経営層が多いが、どのように伝えればよいものだろうか?
A:
最近、イノベーションのためには、デザインシンキングが必要と言われている。
マネジメントスクールでもデザインの考え方が流行っている。
マネジメント+アートのようなソフトな感覚が必要。
組織は膠着してしまうものなので、新しいものを入れるにはデザインシンキング。
例として、オフィスデザインにお金をかけている会社が増えている。マイクロソフトは
できるだけ社員に出会いがあるように導線を作ったりして、工夫している。
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Q:
コミュニケーションの基本は、相手に寄り添う気持ち、姿勢、マインドが大切と
感じたが、どうだろうか?
A:
相手にどう寄り添うか、どう話を聞くかが大切だ。
あるイベントで、科学者に一般向けに遺伝子組み換えの安全性について話をしてもらった。技術的には難しい話だったが、その研究者の情熱は伝わるので、この先生は信頼に値すると評価された。技術的なことはわからずとも、熱意は伝わるものだ。
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Q:
役人をやっていた頃、国民的コンセンサスを得る、1億人分の意見をひとつの施策にする等、想像を絶する大変さだった。
一つ、ケーススタディとしてあげるが、子宮頸がんのワクチン問題は、WHOからも日本政府批判があり、被害者団体がいて、厚労省も踏み切れない状態となっているが、どうすればよかったか?
A:
子宮頸がんワクチンの話は、どこまでが科学かそうでないのか、傍から見ていてわからなくなってしまっている。反対派の人もパネルディスカッションに出て、それを市民が聞いて判断するような対話が必要だ。
今日の話は草の根的、現場から上がる話が中心となったが、政策的にどうするのかトップ層からどうアプローチするかという話もある。しかし、ドイツの例でもコンセンサス会議は行政側が主催し、議会とパラレルに実施している。
今日の話では、結果をイチかゼロで終わらせるのではなく、いろんな意見があることをプロセスとして共有することが重要であるということを理解してほしい。
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以上ですが、非常に聴きごたえのある議論やQAが活発でした。上記はその半分も書き切れていません。ぜひ、またこのような場を設けて、議論したいものです。
残り時間も少なくなり、最後に馬場理事長から一言。
「とても多角的な意見やQAが飛び交い、大変有意義だったと思う。農業のゲノム編集についてもどんどんダイアログ(対話)を進めて食料自給問題を解決してほしい。余談ではあるが、政府は農家の保護政策を進めるばかりで、農業という施策・戦略がおろそかになっていることに苦言を呈したい。日本には農家政策はあるが農業政策はない」と締め、今回の研究会は終了となりました。
報告・21世紀構想研究会事務局 渡辺康洋