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2017年5 月

知財立国の停滞要因を指摘した国会質問~三宅伸吾議員がえぐり出した実証的課題

 このコラムは、発明通信社のコラム「潮流」にも掲載されます。 http://www.hatsumei.co.jp/column/index.php?a=column_detail&id=235

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 停滞する知財現場を実証的に指摘した質疑

  さる5月18日に開かれた参議院・財政金融委員会で、自民党政務調査会副会長の三宅伸吾議員は、小泉政権時にスタートした知財立国政策が停滞している状況を様々な観点から指摘し、政府に早急な対応を迫った。

 議事録はまだ公表されていないが、後日、次のサイトから閲覧できる。   http://kokkai.ndl.go.jp/

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  日本経済新聞の編集委員として知財政策を長年カバーしていた三宅議員の質疑は実証的、体系的で、非常に中身の濃い内容だった。当日の質疑の模様を三宅議員に取材したので速報する。 

 三宅議員はまず金融庁に対し、企業の財務諸表において特許権がどのように取り扱われているのか質した。

 通常、企業が他の者から特許権を取得した場合には、取得した価格を貸借対照表に資産として計上する。また、企業が自ら研究開発を行い、特許権を取得した場合は、研究開発にかかった支出を費用として処理している。

 金融庁の答弁によると「我が国の上場企業の2015年4月から2016年3月までの連結財務諸表を見ると、特に特許権の計上額が多い企業は、住友化学が約45億円、船井電機が約33億円、デクセリアルズ社が約31億円などが計上されている」。

  特許権を担保にした融資総額の統計はない

 さらに三宅議員は、「特許権を担保にした融資がどの程度あるのか」質問した。これに対し金融庁は、「知財ビジネス評価書の作成支援、金融機関の職員を対象とした知財セミナーの開催などによる啓発運動」は展開しているとしながらも、

「特許権を担保とした融資の全体像は把握していない」と答弁した。

 特許権担保融資について金融庁はセミナー開催などの取組みの現状を説明するにとどまり、特許を担保にした融資総額の統計はないことが分かった。

 三宅議員はこうした実態に対し「民間企業が莫大な研究開発投資をして特許権になっても、実際どの程度アウトプットを生み出しているのか実はよく分からないというのが実態ではないか」と指摘した。

  日本の特許権侵害の賠償額はケタが小さすぎる

 そして「知財立国を標榜しながら、実は我が国では知的財産の資産、特に特許権の資産デフレが続いているのではないか」と問題提起したうえ、この10年間で特許権侵害訴訟の最高の損害賠償金額を麻生太郎金融担当大臣に聞いた。大臣からは「最高額は20億を行ったことはない、私の記憶では、何だ、こんなものかと思った記憶があります」との答弁。

 三宅議員は最高裁が調べたデータを引用し、この10年間の特許権侵害訴訟の最高損害賠償額が約18億円だったことを明らかにした。これはアメリカの侵害訴訟の損害賠償額に比較しても2ケタも低い金額であると指摘した。このような実態から日本の特許は資産デフレではないかとの見解を述べた。

 しかし、日本の知財裁判は和解が多いので一概に言えないという反論もあろう。こうした批判を想定してのことだろうか、「和解の交渉の判断の物差しは、万が一判決になったらどうなるんだろうということを双方の代理人弁護士は念頭に置いて、当然当事者も念頭に置いて和解交渉に臨む」。紛争になる前の任意の交渉でも、「交渉が決裂をして裁判になったらどうなるんだろうということを考えるわけで、判決の認容額は特許権資産評価の重要なバロメーター」であると三宅議員は述べた。

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 特許権侵害罪は絵に描いた餅であり罪にも問われない現状

 続いて、三宅議員は「特許権侵害で手錠を掛けられて裁判になり、刑務所に行った人がいるか」と法務省に質した。これに対し法務省は、「特許法196条(注)の特許権侵害の罪に限定した起訴人員等についての統計はない。特許法違反の罪全体の起訴人員は過去20年間2名である」と答弁した。

 (注)特許法196条(侵害の罪)=特許権又は専用実施権を侵害した者(第101条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

  それでは直近の起訴はいつだったかとの質問に、法務省は「平成14年に略式命令請求があった」と答弁。

 これを受け、三宅議員は、平成15年以降、特許権侵害で起訴された人がいない(正確には特許権侵害を含め、特許法違反での起訴例が一切無い)事実を確認した。著作権侵害については刑事司法が対応するときもあるが、特許権侵害については平成15年以降、刑事司法は機能していなかったこととなる。

 特許権の保護策は、その侵害行為に対し、民事の損害賠償と刑事罰の執行とが車の両輪となって機能することを本来、前提として制度設計されている。しかし現実には、刑事司法は絵に描いた餅状態。そのうえ、民事救済手続きも不十分であるなら、侵害のし得になりかねない。

 金融商品取引法などの分野では、被害者の民事裁判による損害の回復の手続き、また東京地検特捜部等による刑事の執行、それに加えて行政上の課徴金という仕組みがある。民事・刑事・行政という3つの法制度から、投資家等を保護する仕組みができている。

 独禁法違反行為に対する措置でも課徴金制度があり、労働分野の賃金未払い問題では付加金の制度があるなど、様々な対応、救済制度が準備されている。このような実態を引き合いに出しながら三宅議員は、「特許権侵害については政策が総動員されていないのではないか」との見解を述べ、政府の施策が不十分であることを浮き彫りにした。

  特許の資産デフレから脱却すべき

 ベンチャー企業が銀行に融資を申し入れても、権利侵害された場合の損害賠償額が小さい現状では担保にとってくれないのは当然。特許を資産として経営に役立てる社会になっていないことを三宅議員は強調した。これでは有力なベンチャー企業は日本では育たないことになる。現に、アメリカ、中国に比べても我が国では産業の新陳代謝が遅れている。

 三宅議員は特許の資産デフレを脱却するには、最先端の技術分野を警察、検察官が理解するのがなかなか難しい現状を考えれば、「民事分野において、一般予防効果のあるように、積極的加害意思のある、いわゆる本当に悪質な侵害であることが立証できれば、そういう侵害者に対しては民事上、ガツンといくということが必要ではなかろうか」と民事救済制度の改革を求めた。

 最後に三宅議員は「我が国が本当に研究開発そしてその成果の知的財産権をうまく使って国を豊かにしよう、海外からどんどんロイヤリティー収入も得ましょう、それから技術開発の成果を権利で保護し、それをテコにしてベンチャー企業が多数出てきて、産業の新陳代謝を通じて元気に国をしましょうとするためには、特許権の侵害のし得だと言われるような悪評が我が国にずっと付いて回るのは甚だ遺憾である」と語り、この課題を政府や社会、企業が共有し、早急に解決に対応する必要性を説いた。

 

 三宅議員の質問は、知財立国と言われている日本で特許を取得しても、司法の民事、刑事で適正に守られず、行政でも具体的な知財保護は機能しているようには見えないという見解を強調した点で、これまでにない国会での論議となった。

 

 企業が莫大な開発費を投入し、特許権を取得してもそれを担保にして資金を調達できる制度も仕組みもなく、侵害されると救済する民事判決は期待できない。刑事摘発はゼロに近いとなれば、侵害し得であり、なんのために特許権を取得するのか意味がなくなってしまう。

 ベンチャー企業が生まれにくい仕組みが放置されているのではないか。そのような状況がこの10年ほどずっと続いていることを三宅議員は指摘したものであり、危機感を持って政府側に迫ったものだ。

 

 中国では知財訴訟が日本の約20倍の件数であり、損害賠償金額も日本を追い抜いて行き、近々、懲罰的損害賠償制度を導入することが決まっている。そのような世界の流れの中で日本が停滞している制度上の欠陥を三宅議員は、政府側の答弁から実証的に引き出し、早急な政府の対応を迫ったものであった。

 

 なお、本国会質疑に関連し、三宅議員が座長を務める、自民党政務調査会傘下の検討会が提言をまとめている。是非、一読をお薦めする。

提言「イノベーション促進のための知財司法改革 --特許資産デフレからの脱却を目指して-- 」2017425日 http://www.miyakeshingo.net/index.php

 


21世紀構想研究会2017年総会を報告します

 副理事長に塚本章人、永野博氏が就任

 岩本昭治、峯島朋子氏が理事に選出

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 21世紀構想研究会の2017年の総会が5月25日、プレスセンター9階会見場で開かれました。

 2016年の活動報告、決算報告と2017年の事業計画、予算発表のあと理事改選に入りました。

 副理事長に塚本氏と永野氏が就任し、岩本氏と峯島氏の理事就任が提案され、満場一致で承認されました。

 

 

副理事長に就任した永野博氏は、この日所用で欠席したためビデオメッセージで

あいさつしました。ビデオ制作は、事務局のアリシアさんです。

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新理事に選出された岩本昭治氏

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新理事(事務局長)に就任した峯島朋子氏

 また私から特にお願いをしました。

 学校給食甲子園は今年12回目を迎えます。このイベントは食育推進、学校給食の理解度を広げるという目標がありますが、イベントを実施する資金はすべてこの運動に賛同する企業と団体の浄財で成り立っています。

 これからも実りある学校給食甲子園にするために、協賛企業、団体の拡大に取り組むことが示され、会員の皆さんにも協力をお願いしました。

 21世紀構想研究会創設から20年の記念パーティ

 21世紀構想研究会は、1997年9月の創設から今年20年を迎えます。これを記念して10月13日(金)午後6時半から、プレスセンタービル10階大ホールで、記念イベントとパーティを開催することが発表されました。

 私からの20年の歩み報告と本研究会のアドバイザーで、ノーベル賞受賞者である大村智先生の記念講演が予定されています。

 

 


かわさき市民アカデミーの講演をアップ

画面

 NPO法人かわさき市民アカデミーは、シニアの受講生らが熱心に耳を傾ける講座・ワークショップを展開しています。2017年4月には、「いのちの科学」をテーマにした市民講座に呼ばれて、「独創性を発揮した日本人のノーベル生理学・医学賞」のタイトルで講演する機会をいただきました。昨年の大村智先生のノーベル賞受賞を記念する講演に続いて2年連続の要望に恐縮しました。

 会場ではいつも熱心な視線を浴びながらも、リラックスした気持ちで語ることができるのは有り難いことです。講演当日、21世紀構想研究会事務局のAlisiaさんがビデオ撮影し、編集して1部と2部として制作しました。

 このコンテンツをブログにアップするのは気恥ずかしい気持ちですが、これも発信体験の一つとして実現することにしました。

 この試みを快諾してくれたNPO法人かわさき市民アカデミーの皆様に、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 ありがとうございました。

 講演会実施要項

日 時 4月17日(月)午後13:00~14:30

会 場 武蔵小杉の川崎市生涯学習プラザの2階

 ビデオ制作者:Alisiaさん

第1部は、↓こちらから見ることができます。

https://youtu.be/gKmOXzLNnLg

 第2部は、↓こちらから見ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=kKI3twUgTRk

 

 


滝鼻卓雄「記者と権力」(早川書房)

記者と権力

 いま世間の耳目を集めている森友事件と加計学園問題。どちらも権力側にあるとされる文書の確認や権力側の恣意的な対応の有無をめぐって国会を舞台に激しい攻防戦が展開されている。メディアは、事の経過を報道するだけでなく、自身の調査報道の力量が問われていると思うのだが、決定的な特ダネも出てこない。

 そのような時代に新聞記者のたたずまい、行動力の在り方を示唆する本が上梓された。著者は元読売新聞東京本社社長、会長、そして日本記者クラブ理事長まで務めた人である。いわば新聞記者として栄達を極めた人であり、普通はこのような本は書かない。が、著者には記者魂がまだくすぶっていたようだ。

 書いてあることは、著者の手がけた事件の情報収集から原稿作成までの過程を振り返りながら、権力から情報を入手する際の行動規範、ありていに言えばニュースソースの秘匿であり取材手段のルールを踏みながら、真相に近づく有様を語っている。

 静岡県清水市で発生した猟銃射殺事件(金嬉老事件)を皮切りに、東大紛争、ロッキード事件、外務省秘密電信漏えい事件など現場の取材体験をもとに新聞記者の活動の在り方を示唆している点で、記者教育の教材にもなるだろう。

 著者は、記者時代の大半を司法記者として活動した。検察、裁判所など権力と立ち向かい権力の扉をこじ開けてネタを取ってくる記者魂が書かれているが、その行動を通じて権力側の人物との交流も語られている。つまり激越な取材活動の中にあっても、人間としての付き合い、信用度を築き上げなければ真相に近づくことはできないことを読み取ることができる。

 有名事件の裏面史的な性格もあるので楽しく読んだ。

 著者との偶然の出会い

   滝鼻卓雄 

 本の紹介にと言ってカメラを向けたら、往時と変わらぬ精悍な顔つきになった滝鼻さん

 この本を読み終える直前、所用があって日本記者クラブに行った。レストランで昼食を取っていたら、滝鼻さんが入ってきた。読売新聞社会部時代に同僚だった時期があった。と言っても滝鼻さんは花形の司法記者、筆者はサツ周り(警察回り)と警視庁記者クラブ、そしてぺいぺいの遊軍記者だった時代であり、ほどなく科学部へ転出した。

 さっそく著者へのインタビューという気持ちで滝鼻さんから話を聞いたが、どうしても往時の思い出話に近い話題になってしまった。しかし長沼ナイキ訴訟控訴審、スモン訴訟や環境権訴訟など一連の公害・薬害事件など筆者も札幌の司法記者として担当した体験もあるので、共通する話題もあった。

 そして小保方晴子氏のスタップ細胞をめぐる取材についても相当なる関心があったようで、関係者への取材を試みたが難航した「秘話」も聞かされ、滝鼻さんの行動力には脱帽した。

 滝鼻さんがこの本を書くにあたり、日比谷図書館に通って自身の執筆した記事を探し当ててコピーにとって苦労した話を聞きながら、やはり滝鼻さんは「生涯一記者」になる人だと思った。本の紹介のおまけとして書いた。